イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

この1年を振り返る。

2022年12月31日 | Weblog
今年もあとわずか、この1年を振り返る。
思いつくトピックスをいくつか挙げてみるとこんな感じだ。
〇衝突事故に遭ってしまった。
〇土日しか釣りに行けなくなってしまった。
〇何匹かの大きな魚を釣った。
〇釣れるはずの魚が釣れなくなって釣れるはずもない魚が釣れるようになった。


事故に遭ったのは5月10日



正常性バイアスというのは人間の心理のひとつだが、僕なんかそう思っている人間の典型なのだ。船に乗っていて故障に見舞われるということはあっても事故に遭うなどということは全く思っていなかった。それが現実となったのが今回だ。それも正面衝突である。
相手はまったく前を見ていなかったというのには驚いた。僕も相当注意力散漫だが、船を動かしているときには絶対に前を見続けている。まさか衝突することはないだろうが、進路に何が浮かんでいるかわからない。当ててしまうとえらいことになるのだから当然だと思っている。とんでもない相手に出くわしてしまったと思うしかない。



示談金をもらって解決したが、そのおカネの半分を躊躇なく持って行ってしまった僕の奥さんのほうがよっぽど悪人なのではないかと恐れおののいてしまったというのがこの顛末である。
この爺さん、最初は平謝りで、慰謝料払うから許してくれと言っていたものの、翌日にはおカネがないと言い始めた。なんだか、しらを切って逃げられそうだったので逃げられないように海上保安庁に届を出してみたのだが、これもいい経験になった。海上保安庁は海の安全パトロールをしているだけかと思ったが、組織と仕事内容は陸上での警察とほぼ同じだということがわかった。あまりなめていたら痛い目に遭いそうだということを実感した次第だ。




9月になって会社から見限られ、まったく畑違いの企業に出向させられて休日が土日祝のみになってしまった。リストラされなかっただけ運がいいといえばそうなのかもしれないし、船の釣りだと釣り人がたくさんいても船の上はひとりだから平日と大して変わらんだろうと思うのが普通かもしれないが、その船の数は多い。釣れそうな海域はごった返している。自由に動き回れないし、それこそ密集した状態では事故に遭遇しかねない。
もともと、平日に休めるということだけでこの会社に就職したわけで、そう思って働いていた報いだろうか、役に立たなくなったらとっとと放り出されてしまったというのが結末だ。会社というところは全く冷たい組織だと痛感した。まあ、家庭もそういう意味ではあまり変わりはないが・・。しかし、それもよかったのかもしれない。前の職場は僕が出た後、少しの混乱が起こったそうだ。僕が放り出されたと同時に異動してきた職場のボスが直後から会社に来なくなってしまったということを聞いたのだ。きっと女帝の瘴気に毒されてしまったに違いない。もともと変な職場だと思っていたが間違いなく変な職場だったのだ。そんな混乱に巻き込まれなかったという意味では棄てられてよかったとも思ったりもするのである。小さな恨みを込めて残してきたトラップが踏まれる以前に自己崩壊ともいえるような状態に陥ってしまったらしいから笑うしかない。
これについてはもっといろいろ書きたいが愚痴はあまり書いても余計に気持ちが萎えるだけなのでよしておこうと思う。
せめて、春の田辺にだけは平日に行きたいものだと願っているのだが、うまくいくのか今から心配をしているのである・・。
そんなことがあったからか、9月以降は月以降は釣りに前向きな釣りへの心は萎えてきて友ヶ島の北側にはまったく行かなくなってしまった。燃料代が上がってしまったからというのもあるが、その手前でたくさんの船を見てしまうとそこから先に進んでいく気力もなくなってしまうのである・・。

少しは良いこともあった。
何匹かの大きな魚を釣った。最もうれしかったのはメタルジグで釣ったヤナギだ。




ルアーロッドで釣り上げた魚では久々の大物だった。それほど太くもない竿だったから根元から曲がる感触はスリルと面白さが同居していた。それもメタルジグ(それも100均の)釣ったということが驚きだった。
それ以外にも、ヤナギは禁断の仕掛けでも釣ったし、加太では糸を切られることなくメジロも釣り上げた。頭を落とさないとクーラーに入らないというのはなんともうれしくもあり困惑でもある。また、画像では出せないが、禁断の赤身の魚も美味しかった。

   

チヌも2年ぶりに年なしが釣れた。数も二けたとチヌ釣りとしては満足できるレベルであった。



あと2、3年は行きたいと思うが、体力と気力は続くだろうかと今も心配している。

釣れるはずの魚が釣れないというと、タチウオが筆頭だった。シーズンの初め、2匹とはいえかなりいい型が釣れ、その後も何度かはいい感じで、仕掛けを根こそぎ持っていかれるほどだったがその後は一気に下火になった。今年は鉤をたくさん失くしそうだと思い専用の鉤を買い込んだけれどもその後は1本も失くさずにシーズンを終えてしまった。加太や洲本のタチウオも当初は型が小さいという情報と肝心のイワシが手に入らなったので結局一度も行かずに終わってしまった。
落とし込みもせっかく新しいリールを買ったのに初島の沖では何の反応もなかった。言った日が悪かったのかもしれないが、まさにトロピカルブルーと思えるような海の色はそれはそれで感動的であった。



ただ、それは海水にまったく栄養素が無いということなのだから魚が釣れるという望みはなかったのである。海洋汚染は深刻な問題と言われているが、実は逆に綺麗になってきているのではないだろうかと思ったりしてくる。港の水質もここ数年でかなりきれいになってきた。

そういう意味では「変わってしまった。」というのがもうひとつのトピックスであったのだと思う。
もっと釣れるはずだったコウイカのことを考えるとそうなってくる。これはもうひとつの良い意味で変わってしまったという、水軒沖でやたらと大きな魚が釣れるようになったというのが関連しているのかもしれないと思っている。僕が今まで釣らなかっただけでこれまでもそこにいたのかもしれないのでこの仮説はまったくのお間違いかもしれないが、サワラクラスの大物や、ハマチ、メジロなんかが小魚を独占してしまってコウイカの獲物を奪ってしまった結果、成長できなくなってしまったのではないかと思っている。イカが成長できなくて次の世代につながらないというのがここ数年の傾向ではないのだろうか。そしてその大きな原因は新々波止の切れ目が塞がり、潮の流れが変わってしまったことではないのかと僕は思っている。

その水質の変化のせいなのか、それとも昔からずっとそこにいたのに誰も気がつかなかっただけなのか、突然のアマダイフィーバーには驚いた
あれよあれよという間に人口に膾炙し、あれよあれよという間に釣りつくされてしまった。今でも少しは釣れるそうだが、あれは一体何だったのかといまだによくわからない。
ここで初めて釣り人の漁獲圧というものを実感したのである。

      

そしてアマダイのおかげでチョクリ釣りとキス釣りに行く機会は激減してしまった。キス釣りに至っては1回だけであった。



大きな魚や今まで釣ったことのない魚が釣れるようになったというのはある意味ありがたいが、コウイカが釣れないというのも困ったものなのである。

加太のカワハギも小さくなってしまった。



これも明らかに釣り人の漁獲圧に違いない。僕もそのひとりだが、ここ数年で狙う人が多くなったように思う。この仕掛けは大きいものから喰ってくるという傾向があるようなので大きい魚が獲りつくされ、小さなものしか残っていないというのが今年になって顕著に表れてきたのではないだろうか。
洲本や加太のタチウオも同じ要因だろう。シーズン初めは本当に小さかったようだ。大物が釣れなければあんなに遠くまでいく必要はない。それに加えて、肝心のエサにするイワシが激安スーパーで手に入らなくなってしまったのだから仕方がない。不漁が続いて、イワシ自体が激安スーパーで販売できないほどか価格が上がってしまったのだろうと思うのだが、これも「変わってしまった」ひとつである。
これも国家レベルでの漁獲圧のようなものが関わっているのかもしれない。
まだある。
釣りに出るときに、家の道路から見える煙突の煙は貴重な判断材料だった。真横に煙が流されていると、今日は行くのをやめようとなるのだが、最近、その煙が見えなくなった。



ここには化学工場が密集していてその中に立っている煙突のひとつなのだが、不景気なのか、国際的な価格競争に負けてしまったのか、プラントが稼働しなくなってしまったようだ。
それに加えて、その工場群の一部はスーパーマーケットに売られてしまった。化粧品の原料やプラスチック樹脂の基礎材料を作っている工場が多いようだが、いわば、日本の工業の基盤である。それが無くなっていってはこの先、日本は工業国家としての歩みを放棄するつもりなのかと考えてしまう。
これからは港に行ってみないと風が吹いているのかどうかがわからないという日が多くなるのだろうが困ったものだ。
燃料代も上がったが、自販機のゴカイも値段が上がった。そして毎年ベーコンを作るために買っていた豚バラ肉の塊がいつものスーパーから消えてしまった。これなどはロシアのウクライナ侵攻が原因なのに違いない。
お酒の値段も上がり、国産のシングルモルトウイスキーはもう二度と僕の喉を流れることはない。これは中国人がものの価値もわからないのに買い占めをするからだ。
僕の小さな日常にも国際情勢の歪みが忍び寄ってくる。嫌な時代に変わってしまった。
これは魚とはまったく関係がないが、激辛ライフの根本であるトウガラシも不作であった。仕込むことができた柚子胡椒は1本だけ・・。来年は辛さに飢えそうだ。しかし、サツマイモは大豊作で僕は大晦日を迎えてもいまだにサツマイモを食べている。自然はまことに不思議だ。
「年々歳々花相似」とはいうが、それは自然が自然のままであるときに適応されるのであって、そこに人の手が加わるといとも簡単に変化しないはずの自然の均衡が崩れて行ってしまうということを実感した。

まあ、悪い方向に変わったものばかりではなかった。100均の釣り具の充実ぶりだ。貧乏人の僕にはうれしいことで、初めて買ったのはタコベイトだっただろうか。これをタチウオの仕掛けに使ってみたら見事に釣れてしまった。
その後買ったメタルジグはとうとうクーラーボックスに収まらないほどのヤナギを釣ってしまったのは先に書いたとおりだ。釣具屋では高価すぎて買う気にはならなかったメジャーも100円で手に入るようになったし、タナゴ鉤まで売っていたのには驚いた。タナゴ鉤やひとつテンヤというのはやりすぎだと思うが、これらの商品を企画している人たちはよほど釣りに精通していて、釣り人たちは何が高すぎるかということをよく理解しているのだと思う。

  

店内の放送では、300アイテムくらいの品揃えまでに増えているそうだ。同じ放送では、師の著作で有名になった「一生幸せになりたければ釣りを覚えなさい。」という箴言が紹介されていて、この会社で商品開発をしている人はただものではないと思った次第だ。僕の指向とよく似ているのかもしれない。
100均メーカーは既存メーカーのデザインをパクッて開発費を浮かせているのだからそれは商売としては卑怯だという人もいるが、それだけではないようにも思う。サプライチェーンの過程で誰がどこで暴利を貪っているのかということを理解するとこの値段で魚が釣れるようになるということなのだろうと思う。

そしてなんと、PEラインまで品揃えに加わっていた。試しに買ってみたが、普通に釣り具店で売っているものとまったく遜色がない。



タイラバも売っているし、次は一体何が出てくるのだろうか。


年末の最後の勝負と思っていた2週間、それまで週末ごとに天気がよかったにも関わらず荒天が続いた。クリスマスの25日はまったくクリスマスらしく、ないひと足早い出初式のようなことをしていた。



スパンカーの柱を倒すためのロープが切れかけており、それを取り替える作業をしていた。前日ほど風は強くないとはいえ船は揺れているので若干の怖さがある。ハシゴを取り付けるため、オーニングの支柱を取り外しているのでそっちに足をかけることもできず柱にしがみついて上るしかない。作業自体は10分ほどで終わったのだが、計算して買ったはずのロープが短い。今年1年を象徴するような最後の最後までなんとも締まりのない失態であった。



今年最後の釣行は大晦日の今日であったが、港から外に出たとたんに激しい波にさらされた。船体が前のめりに傾いてゆく。スロットルも上げられない。それでも加太まで行けないことはなさそうだが沖から帰ってくる船もある。風もないのにどうしてこんなに波があるのか・・。



おそらく、もう少し、日が昇ってからだと次第に波が弱くなって沖にまで行けたかもしれない。しかし、きっと僕は何者かに歓迎されていないのだと思うと嫌になってきて港に戻ってきた。事実、港ではあの波は一体何だったのだと思えるほど穏やかだ。しかし、もう一度沖に出ようという意欲も湧いてこない。
急いては事を仕損じる。毒蛇は急がない。ということだ。
最後の作業として、2隻の船に松飾を取り付けて今年のすべてを終了。なんだか今年のすべてを象徴しているような大晦日だ。

 

それほどワクワクすることもなく、嫌なことのほうが多かったような気がする1年であったが、来年はどんな年になるだろう。残り1枚になった潮時表と潮流表を捨ててしまうとまた新しい年がやってくる。期待を膨らませてもむなしくなるだけなのであるが、魚釣りだけは小さな希望を持ちながら続けたいと思うのである。


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2 コメント

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Unknown (warotekana)
2023-01-02 10:44:10
あけましておめでとうございます。
年末は毎年、超大作で読みごたえがありますね。
同じようなことをみんな思うもんですね。
いろんなことがあっても、
それでもイレグイ号さんは運がいいと感じました。
今年もよろしくお願いします。
Unknown (イレグイ号)
2023-01-03 09:53:41
warotekanaさん、
あけましておめでとうございます。そして、いつもコメントありがとうございます。

若い頃ならともかく、もう、この歳になって変化は好まないのですが、嫌が上でも変化は向こうからやってきてしまいます。
今年もなんとかそれを見なかったことにしてうっちゃっていこうと思っていますが・・。

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