私が持っているこの切符、何と金箔が張られているという。全国広しといえども、金箔入りの乗車券というのはなかなかお目にかかれるものではない。
やってきたのは、金沢の中心部から少し行ったところにある北陸鉄道石川線の野町駅。金沢の市街地にあって寺院の多い一角であるが、「こんなところに鉄道の起点があるなんて」と思わせるところである。
買い求めたのは、北陸鉄道の鉄道線の一日フリーきっぷ。この石川線と、金沢駅から内灘駅を結ぶ浅野川線の両方に乗れるというもの。ただし今回私が乗る予定にしているのはこちらの石川線(初乗車)であり、今年の11月1日をもって末端区間の鶴来~加賀一の宮間が廃止予定ということでやってきたのだ。
電車の発車まで時間があるので、ホテルのフロントで買い求めた地域紙の北國新聞を広げる。この日行われる総選挙の話題が目白押しで、石川県内各候補者の動向が伝えられていた。そしてスポーツ面。NPBプロ野球やJリーグの紙面と並んで、いやそれ以上に大きく伝えられているのが、BCリーグの話題。特に前日は地元・石川ミリオンスターズが平泉の代打逆転サヨナラ本塁打で勝利しており、紙面には平泉のスイングの写真が大きく飾られていた。
その下には「金沢経済同友会『企業市民宣言の会』の提供試合」ということで、その試合が同会の後援もあり、地元企業の社員などが数多く観戦に訪れた記事。スタンドの観客の写真がついていたのだが、その中に「どこかで見たことがあるような風貌の男性」がカメラを構えている後ろ姿が写っていた。・・・これはどう見ても私。ちょうどミリオンスターズの応援団が旗を振って気勢を上げているところに向けてカメラを構えており、まさか自分も撮られて地元新聞に載るとは思っていなかった。
それはさておき。
狭いホームギリギリのサイズで停まっているのは、次に出る途中の鶴来行き。とりあえずこちらに乗車してみよう。発車すると、民家が立ち並ぶそのすぐ裏を走る。よく「洗濯物に手が届きそうな距離」という表現があるが、下窓が開かないもののまさにそんな感じ。路地裏をガタゴト言いながら走る都市型の私鉄、悪くない雰囲気だ。車両が元京王電鉄のものということで、それなりに都会の雰囲気を持っている。
新西金沢でJR北陸線からの乗り換え客を拾い、進路を南東に向ける。少しずつ家のつくりもゆったりしてきたし、そのうちに広々とした加賀平野の田園地帯にさしかかる。今年の夏は日本海側・北日本を中心に冷夏と言われてきたが、素人が見た限りではそろそろ黄金色になりつつある稲が実っているように見える。コメの作柄はどうなのだろうか。こういう水田地帯を見ると「加賀百万石」という言葉が頭の中に浮かんでくる。先ほどの「ミリオンスターズ」のチーム名はこの「百万石」にも由来するという(ある人にこのことを話すと、「百万石なら『ミリオン・ストーンズ』やないの?」と言われたのだが・・・)。
広々とした田園風景だが、前方と進行左手に山並みが迫ってきた。急にローカル線らしい景色となる。野町を出てから28分で鶴来着。石川線で駅員のいる駅は野町とこの鶴来だけである。
ともかくこの電車の終点ということで、一度改札を出る。いかにも「汽車の駅」という感じの駅舎が乗客を出迎える。降り立った人の中には「その筋」と思われる客の姿も見られる。ここから先の加賀一の宮までが廃止予定区間である。かつては加賀エリアを広く走っていた北陸鉄道もだんだんと縮小傾向にあるようだ。
出迎えてくれたのは駅舎だけではなく、これらのポスター。鶴来駅は白山市というところに位置し、森元首相の選挙区に含まれているようだ(結構広いんやね)。ちょうどこの日行われた総選挙では、元首相が辛うじて議席を守ることになる。
さて次の電車まで時間があるのだが、実はこの日の予定ではそう北陸鉄道だけでゆっくりとはしておられず、約30分後に来る加賀一の宮行きの電車に乗り、終点で折り返して野町に戻り、金沢駅にとって返すということになっている。ただ、単に折り返すのももったいない。
駅前の案内図を見ると、鶴来から加賀一の宮間は約2キロあまり。ということであれば、ここで待つよりは歩いて加賀一の宮へ移動するのはどうだろうか。途中、鶴来の町の中心部を突き抜けることになるし、加賀一の宮駅から近い白山神社に参拝する時間もできるかもしれない。これも「運動療法」だ。
というわけで、鶴来の中心部に向かう。金沢に比べれば知名度はぐんと落ちる鶴来であるが、それでも山岳信仰で知られる白山神社の門前町、宿場町として栄えたところ。小ぶりな町並みの中にはところどころ昔ながらのつくりの家も見られる。今回は素通りとなるが、そうした家並みを目にするだけでも旅の楽しみは味わえる。
また、白山から流れる手取川の水を利用した酒造りもさかんで、現在は「萬歳楽」と「菊姫」が二大ブランドである。それらの蔵元も昔ながらの建物を残しており、見学もできるようだ。百万石のコメ、白山の水、冬の厳しい気候・・・酒造りにはもってこいだろう。
このところ「運動療法」で歩くようにしているからか、快調に歩を進めることができ、いつしか鶴来の町並みを過ぎたなと思うと、手取川の土手が現れ、「がんばれ石川線」の看板が見えるとそこが終点の加賀一の宮駅。
初め目にした時は、周りの民家に囲まれて駅とは気づかなかったくらい。神社の社殿風とも、民芸風ともいえる特徴的なつくりだ。神社の門前駅の雰囲気がよく出ている。
現在はここが終点だが、かつてはこの先さらに線路は伸びていたようだ。そういえば駅の雰囲気も「終着駅」という感じではなく「途中の駅」という感じを受けた。これまで神社参拝の足を考慮したのだろうが、現在では一日の平均利用者が100人にも満たないとかで(おそらく初詣の時くらいしか賑わうことがないのだろう)、町並みと車庫のある鶴来までの路線短縮ということになったのだろう。駅舎内には保存を求める有志の張り紙などしていたが、そういう状況であれば致し方ないところだろう。
さて、乗る予定の電車まで時間ができたので、白山神社に行くことにする。駅から少し歩いて鳥居をくぐり、石段を上っても10分とかからない距離にある。ちょうど神社の人が石段の落ち葉を掃いていたところで、すがすがしい感じの参道である。やはり、寺社参詣は朝の時間帯がよろしいですな。
白山信仰は少なくとも奈良時代にはあったといわれ、ここ白山比め神社は全国の白山神社の「総本宮」にあたるという。そして、加賀における一の宮の称号を得ている。現在の社殿は江戸時代から続くものだそうだ。
手を合わせていると、境内の一角から祝詞のようなものが聞こえてくる。そこには岩があり、一人の男性が祝詞のようなものを唱え、後ろには数人の参拝客。この方向にこの神社が祀る白山があり、要は「白山信仰」の一つの姿を見せてくれている。信仰とは何か。こうやって自然への畏敬からくる信仰もあれば、活動の一環として総選挙に何百人も立候補する信仰もある。ここでは「信仰にもいろいろあるもんやな」というにとどめておく。
参拝後、鳥居脇の茶屋をのぞく。ここで、鶴来の酒「萬歳楽」に「菊姫」があったので、DM患者のこととていつ口にするかはわからないがとりあえずということで、ワンカップを1本ずつ買い求める。そして、この後すぐに口にしたのが、「萬歳楽」の製造元が出している「白山新水」。歩いた後、電車に揺られながら美味い水を楽しむこととする。
往路は歩いたので、加賀一の宮からの復路が「初乗車」。とはいえ、ゆったりとしたカーブを曲がり、しばらく走るうちに鶴来の町並みが見えて通り抜けたかと思えば、もう鶴来到着である。廃止予定区間の乗車はあっさりしたもので、どうしても「このくらいなら、打ち切りになってもやむを得ないかな」との思いを重ねたものである。
このまま終点の野町まで行き、石川線の旅を終える。もちろん、金箔入りの乗車券は記念にお持ち帰りだ。
この後すぐ接続のバスで金沢に戻り、金沢からは息つく間もなく、特急「雷鳥」に乗車。青春18の旅にも関わらず特急にしたのは、「早晩、この国鉄特急型車両もなくなるから」というもの。日曜の昼前の列車ということで全体的にガラガラである。これで福井まで戻る。
さて昼食を福井で取るとして、ここは試みに食前のインシュリン注射を福井駅到着直前に行う。これまで「外出先でインシュリンを打つ場合」の場所として、食事する店の洗面所を拝借したり、駅やショッピングセンター等の公衆トイレを使ったことはあるのだが、ここは実験で「揺れる列車」を選択。幸い特急車両とあってカーテンで仕切られた洗面所があり、乗客が少ないのをいいことにこちらで「薬物療法」。揺れで注射針があさっての方向に刺さるということもなく、これで「こういう状況でもOK」ということになったが、何だかイケナイことをやっているような感じがして妙なものだ。
福井駅下車。これから昼の部の楽しみとなる・・・・。(まだ続く)