クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

<若き恋人たちへのエレジー>

2004年12月01日 | 作品を語る
詩の創作のみを人生の至上目的とする因業な詩人と、彼を取り巻く人々の人間模様を描いたハンス・ウェルナー・ヘンツェ作曲による20世紀無調オペラの傑作。作曲者自身の指揮でF=ディースカウが主演した抜粋盤を、私は昨年中古で入手した。

人物紹介や物語展開をあまり詳しく書くと長くなるので、話のポイントのみ、CDのトラック番号に準拠して追ってみたい。

トラック1.

ハンマーホルンの麓の山小屋。老女ヒルダは、「花を摘みに行く」と言って山へ行ったきり帰ってこない夫を40年も待ち続け、今は半ば正気を無くしている。そのため、彼女は時々あらぬ幻想を見て、妄想を口走る。詩人グレゴル・ミッテンホーファーは、その妄言から詩作の霊感を得られるので、よくこの小屋を訪れている。

(※このCDはいきなり、ヒルダがトランス状態に入って幻想を口走る場面から始まる。20世紀の無調音楽は、この種の狂気語りを表現するのに極めて好適なものである。いわく言い難い、妖しい美の世界が展開される。)

トラック4.

ヒルダの夫の遺体が雪山で発見される。詩人の情婦エリーザベトが、詩人の制止を振り切って老女に事実を伝える。現実を知って、正気を取り戻すヒルダ。しかし、詩人にとっては、これは大事な創作のタネヅルを失ったことを意味するわけで、極めて不快な展開である。

トラック6.

エリーザベトは医師の息子トニーと、愛し合うようになる。医師も詩人もそれを快く思わないのだが、正気になったヒルダの取りなしが功を奏し、若い二人はめでたく結ばれる運びとなる。

トラック8.

詩人の頼みを快く引き受けて、山へエーデルワイスの花を摘みに行く若い恋人たち。しばらくすると、山の案内人が深刻な表情をして小屋を訪れ、次のように言う。「ひどい嵐がくる。この小屋から山へ向かった者は、いないだろうか」。それに対して詩人は「さあ、知らないなあ」と答える。その場に居合わせて凍りつく秘書カロリーナ。

トラック9.

詩人の還暦を祝うパーティー会場。詩人は招待客の前でスピーチをした後、新作の詩の朗読を始める。「先日、若い恋人たちが雪山で遭難死しました。ここで、その二人に捧げる私の新作<若き恋人たちへのエレジー>をご披露致します」。

そして始まる詩の内容は具体的には語られず、ア~ア~ア~というヴォカリーズで表現される。ハープの爪弾きと弦のミニマル風の音型を伴奏とするこの終曲は、カプレの<赤死病の仮面>の音楽をふと想起させる。やがて、死んだ二人の声、そしてヒルダや医師といった、詩人と関わってきた人々の声がア~ア~ア~と詩人の声に絡みついてくる。

(※この終曲をどう解釈するかは聴き手に委ねられているが、私などは何だか憑依霊が集まってきたように感じてゾッとしてしまった。いずれにしても、不気味な終曲である。)

この作品も前回の<リア王>と同様に、オペラ歌手としてのF=ディースカウを語る上で絶対に欠かせないものである。<リア王>については、声質がもっと老人らしい歌手が後を引き継ぐ可能性も期待できるだろう。しかし、詩人ミッテンホーファーばかりは、この人以外の歌手というのがもう想像もつかないぐらいなのである。

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