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クラシック音楽オデュッセイア

2025年正月、ついに年賀状が1通も来なくなった“世捨て人”のブログ。クラシック音楽の他、日々のよしなし事をつれづれに。

ブゾーニの<ファウスト博士>

2005年01月13日 | 作品を語る
前回語ったオイストラフのフをしりとりして、今回はファウスト博士のご登場である。

ファウスト博士を題材にした歌劇作品と言えば、グノーの<ファウスト>とボーイトの<メフィストフェレ>がとりわけよく知られた人気作だが、今回はフェルッチョ・ブゾーニ作曲による知られざる(?)名作<ファウスト博士>について、ちょっと語ってみたいと思う。と言っても、ごく主だった特徴だけをご紹介するに過ぎないのだが・・。

〔 音楽的特徴 〕

グノーとボーイトの作では共通して、ファウスト博士がテノール、悪魔メフィストがバスによって歌われる。しかしブゾーニの作では、ファウストがバリトン、メフィストがテノールである。そのテノールも声質的には《指環》のローゲかミーメ、あるいは<ヴォツェック>の鼓手長といったあたりを思わせるものだ。キャラクター的には、狡猾なミーメが近いかも知れない。ファウスト役のバリトンも、リリックな声質の方が合う。

〔 ストーリー的特徴 〕

グノーやボーイトの作と違って、こちらではマルガレーテ(=マルゲリータ)は顔を出さず、かわりに公爵夫人が重要な女性として登場する。

悪魔との契約によって魔術師の能力を得たファウストが、公爵の結婚式に呼ばれる。ところがあろうことか、ファウストは花嫁である公爵夫人を魔術で篭絡し、略奪してしまう。やがて、ファウストに捨てられた公爵夫人が産み落とした赤ん坊の死体がファウストのもとに届けられ、ファウスト自身の死も近づく。この世ならぬ存在である三人の学生の予言通りにファウストは真夜中に死を迎えるが、その傍らにある赤ん坊の死体から裸身の青年が現れ、街中へと歩き去ってゆく。

〔 二つの終曲 〕

ブゾーニ自身は、この作品を完成し得ずに世を去った。作曲家自身が書けなかったファウストの死から幕切れまでの部分は、フィリップ・ヤルナッハによって補筆され完成。のちにアントニー・ボーモントという人も終曲部分を補筆完成させたので、現在この作品には二種類の終曲が存在する。

【ヤルナッハ版】

ファウストの最後の叫びに対して弦と管、そして打楽器も加わり、全曲中最も力強い音楽で劇的に死を描く。最後に夜警に扮した悪魔メフィストが現れ、足元に横たわる老ファウストの死体を見下ろす。「おや、これは不慮の死かいな」と、とぼけたようなセリフを悪魔が呟いたところで、力強い管弦楽の響きとともに幕が下りる。

【ボーモント版】

ファウストの最後の叫びに対して控えめな銅鑼(どら)の音がつけられ、遠くから真夜中を告げる鐘の音がかすかに聞こえてくる。場面描写を重視した編曲。悪魔の最後のセリフも、歌になっている。さらに、メフィストがファウストの死体を肩に担いで退場したあと、しめやかな合唱の声がファウストの最後のセリフを優しく繰り返して歌い、静かに幕となる。

ブゾーニの音楽的遺書とも言えるこの作品は、グノーの作のような感覚的陶酔もなく、またボーイトの作のように、壮大なクライマックスで聴き手を有頂天にさせるような劇的効果も持たない。それゆえ、今後ともこの作品が大衆的な人気を獲得するとは考えにくい。しかし、それは決してこの作品の価値が低いことを意味するものではないと、私ははっきりと申し上げることができる。アンチ・ワグナー派ともいえる古典的な響きの中にオカルト・ムードを充満させ、人気のある他の二作とはまた違った、独特の感銘を与えてくれるからである。

(PS) <ファウスト博士>の全曲盤CDについて

フェルディナンド・ライトナーの指揮、F=ディースカウ他の出演による全曲盤(G)が、日本国内盤でも昔出ていた。現在は残念ながら、外盤しかないようだ。昨年だったか、ネット・オークションにこの国内盤が出るや、たちまち凄い値段につり上がってしまったのを見たことがある。そのCDについては未聴なので内容はわからないが、多分慣習的なヤルナッハ版のみでの演奏ではないかと思う。歌手陣の顔ぶれを見ると、かなり良い物のような気がする。私が聴いたCDは、ケント・ナガノの指揮によるエラート盤。こちらは上に記した二種類の終曲を両方収めているので、資料的な価値という点でも貴重。ナガノの指揮も良かった。ただし歌手陣は(新しいオペラ録音にありがちなことだが)、ここでも例によって小粒である。これら二つ以外のディスクが他にもあるのかどうかについては、残念ながら不明。

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