クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

名脇役ジュール・バスタンの録音から(4)~獅子王リチャード、フラ・ディアヴォロ

2007年07月22日 | 演奏(家)を語る
いよいよ、ジュール・バスタンの録音を題材にしたオペラ談義の最終回。今回は、バスタン氏がチョイ役で出演しているマニアックな作品を二つ。

●グレトリー : 歌劇<獅子王リチャード>全曲

アンドレ・エルネスト・モデスト・グレトリーが1784年に書いたこの短編歌劇は、ベートーヴェンの<フィデリオ>に代表されるような、所謂「救出オペラ」なるものの典型を示した作品である。そのあたりについて述べた文章が、岡田暁生・著『オペラの運命』(中公新書)の76~77ページに掲載されている。以下、あらすじ紹介に先立ち、その一部を短く編集して書き出してみたい。

{ 18世紀末の革命期には、グルックやリュリのオペラは旧体制の象徴として追放された。代わって大流行したのが、「救出オペラ」と呼ばれるジャンルだった。ゴセック、グレトリー、メユールといった作曲家が、その代表的な顔ぶれである。・・・救出オペラは、ベートーヴェンに与えた影響の大きさでも注目される。<フィデリオ>だけでなく、彼の交響曲にしばしば現れる『苦悩を通して歓喜へ』というシナリオもまた、救出オペラがモデルなのだ。・・・愛国歌の挿入、太鼓の連打、軍楽隊を思わせる金管の多用、ラ・マルセイエーズ風の符点リズムの行進、これらもベートーヴェンに多大の影響を与えた。 }

〔 第1幕 〕

リンツの城の近く。獅子王リチャードの家来ブロンデルが、十字軍遠征から帰る途中で消息不明となった王を探している。彼は盲目の吟遊詩人に変装し、若者アントニオの導きで城への進入を図る。王はここに幽閉されているはずだ、と考えたからである。そこへ、ウィリアムズ卿と彼の娘ロレットが登場。父殺しの仇である貴族を殺害したウィリアムズ卿は、事件後国外脱出を果たしていた。ロレットは、この地の刑務所長であるフロレスタン(←おやっ?w)に恋をしている。

続いて、フランドルのマルグリット伯爵夫人が登場。リチャード王を愛している彼女もまた、行方不明の彼を探していた。吟遊詩人がヴァイオリンで奏でる旋律を耳にして、彼女はハッとする。それは、リチャードが彼女のために書いてくれた曲だったからである。マルグリットは、その吟遊詩人を自分のもとに保護する。

〔 第2幕 〕

城のテラス。獅子王はわが身に降りかかった不幸を呪っている。すると、塔のふもとからブロンデルの歌声が聞こえてくる。それが自分の書いた曲であると気づいた彼は、下からの歌声に応じる。そこへ兵士たちがやって来てブロンデルを捕えるが、彼は「ロレットからの伝言を、フロレスタン所長に持ってきたのだ」と答える。

〔 第3幕 〕

吟遊詩人に扮していたブロンデルは自分の正体をマルグリットに打ちあけ、リチャード王が近くの城に幽閉されていることを伝える。その後二人はウィリアムズ卿を説得し、彼の協力を得る。パーティが催される。ロレットと会う約束のためにやってきたフロレスタンは、そこで取り押さえられる。マルグリットの軍がブロンデルに率いられて要塞を取り囲み、ついにリチャードを解放。フロレスタンもそこで自由にされ、ロレットと結婚できる運びとなる。

―作品全体から受ける印象を言えば、書かれた年代を反映してか、どちらかと言えばのどかな音楽が支配的なオペラという感じである。第1幕でブロンデルが歌うアリア『リシャール(=リチャード)!我が王』などは内容相応に力強いものの、その前に聴かれるアントニオの歌、あるいはチャイコフスキーの歌劇<スペードの女王>に引用されたことで知られるロレットのアリアなど、全体的には牧歌風の曲が多いように感じられる。そう言えば、第2幕でブロンデルを捕まえに来る兵士たちの合唱にも、凄みや迫力といったものはない。しかし第3幕のエンディング、特にラストの約7分間は要注目だ。ファンファーレによる勝利の宣言と、それに続く堂々たる行進曲。開放されたリチャード王とマルグリットの二重唱、そして他のメンバーも加わってのアンサンブルと合唱。この幕切れまでの一連の盛り上がりには、まさに<フィデリオ>の原型を見る思いがする。

―バスタン氏が参加しているのは、エドガー・ドヌ指揮ベルギー放送室内管、他による1977年のEMI録音だ。と言っても、「第3幕のパーティで、ちょっとした歌を披露する農夫」というほんのチョイ役である。彼がソフトな美声を聞かせるのは僅か1分半ほどの短い歌なのだが、さすがにそれだけの出番であっても手を抜かない実直な仕事ぶりを見せている。

●オーベール : 歌劇<フラ・ディアヴォロ>全曲

最後は、“フランス・オペラ・コミックのプリンス”と称されたダニエル・フランソワ・エスプリ・オーベールが1830年に書いた作品。このオペラもまた相当マニアックなものと思われるので、まずは大雑把なあらすじから。

(※と、その前に雑学。歴史に名を残したオーベールという作曲家は、少なくとも3人いるようだ。今回登場したダニエルさんの他に、ジャック・オーベールとルイ=フランソワ=マリー・オーベールという名前が事典で見つかった。前者は「フランスで事実上最初のヴァイオリン協奏曲を書いた人」らしく、後者はパリ音楽院でフォーレに学んだ女流作曲家だそうである。タイユフェールと並ぶ作曲界の花だったとか。)

〔 第1幕 〕

場所は、イタリアのテラチナ。マッテオの宿屋。竜騎兵の隊長ロレンツォは、多額の賞金が懸けられている山賊フラ・ディアヴォロを捕まえてやろうと意気込んでいる。そのお金があれば、愛するツェルリーナとの結婚が実現できるからだ。ツェルリーナの方も彼を愛していたが、彼女は父親のマッテオから裕福なフランチェスコとの結婚を勧められていた。

イギリス人のお金持ちコックバーン卿と彼の妻パメラが、マッテオの宿にやってくる。「盗難に遭ってしまった」と二人が周りの人に語っていると、サン・マルコ侯爵を名乗る盗賊フラ・ディアヴォロが現れる。彼は言葉巧みにパメラをたぶらかし、宝石を盗み取る。しかしロレンツォがそれを見事に取り返し、夫妻からのお礼として結婚資金の援助をもらえる話になる。フラ・ディアヴォロは、夫妻の宝石類ともども、その大金も全部いただいてやろうと企む。

〔 第2幕 〕

フラ・ディアヴォロが仲間のジャーコモとベッペを連れ、ツェルリーナの部屋に隠れている。彼らの狙いは、隣の部屋で休んでいるコックバーン夫妻の金品だ。ツェルリーナが熟睡するのを見計らって彼らがコックバーンの部屋に忍び込もうとした時、非番となったロレンツォと彼の部下たちがやってくる。ロレンツォは愛する人の部屋にサン・マルコ侯爵(=フラ・ディアヴォロ)がいることに驚き、「ツェルリーナに手を出したな」と、彼に決闘を挑む。

〔 第3幕 〕

宿屋の主人マッテオは相変わらず、「娘のツェルリーナは、金持ちのフランチェスコと結婚するのだ」と主張して譲らず、ロレンツォを絶望させる。一方ツェルリーナは、ジャーコモとベッペの二人が前の晩に自分が部屋で口ずさんでいた歌詞を繰り返すのを耳にする。昨夜部屋にいたのは私ひとりだったはずなのに、と彼女は二人の犯行に気付く。そして逮捕された二人は、フラ・ディアヴォロの計画を暴露。ついに、フラ・ディアヴォロもお縄頂戴となる。ツェルリーナはめでたく、愛するロレンツォと結婚できることとなった。

―バスタン氏が参加しているのは、マルク・スーストロ&モンテカルロ・フィル、他による1983年のEMI・全曲盤。そこで彼は、宿屋の主人マッテオを演じている。特にこれといった聞かせ歌もないチョイ役だが、やはりバスタン氏が演じると、そこにしっかりした存在感が生まれてくるのがさすがという感じ。

―しかし音楽的に見れば、そのマッテオの娘であるツェルリーナが、この作品では一番おいしい役であろう。彼女が第1幕で歌うクプレは、浅草オペラの時代に日本でもさかんにもてはやされた有名曲だ。「岩~に も~たれ~た もの~すごーいひ~とは♪」と始まる『ディアヴォロの歌』。ちなみにこの名旋律はドラマの最後を締めくくる合唱でも歌われるので、言わばこのオペラのテーマ・メロディと言ってもよいものだ。

さて『ディアヴォロの歌』というと、私はまず、田谷力三(たや りきぞう)さんの歌声を思い出す。これは昭和40年代前半、小学生時代に観ていたTV番組を通しての思い出になる。あの頃はいくつかのチャンネルで、いわゆる「なつメロ番組」というのをよくやっていた。特に、コロムビア・トップ&ライトが司会をしていた『なつかしの歌声』は、今でも忘れがたいものである。そのような番組に時々出演しては、トンデモなくぶっ飛んだ声を聞かせていたのが、“浅草オペラの名テナー”田谷力三さんだった。

この人は、強烈だった。伊藤久男さんや織井茂子さんらの豪快な歌声にいつもわくわくしていた私だったが、田谷さんの歌唱にはかなり戸惑った。当時の私は、なかば「怖いもの見たさ」の好奇心で聞き入っていたように思う。スッペの<ボッカッチョ>に由来する『恋はやさし』と並んで、『ディアヴォロの歌』は、田谷さんが十八番にしていたレパートリー。しかしまあ、それも古い昔話になってしまったなあと、心なしか遠い目をしつつ、今回のシリーズはここで終了。

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