ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

日本の心43~武田流軍学の書、『甲陽軍鑑』

2021-12-27 08:48:27 | 日本精神
 武士道の本には、新渡戸稲造の『武士道』を元にするもの、『葉隠』を中心とするもの、武士個人を列記するものが多いようです。私は、どうもそういうとらえ方では、見方が狭くなると思っています。
 早雲・信玄・信長・秀吉・家康らは、戦国武将として描かれることが多いのですが、彼らを武士道の体現者・実践者として見ることによって、武士道のもつ深さ、豊かさを知ることが出来ます。
 武士には一兵卒・一剣士としての侍もいれば、指導者・為政者としての大将や将軍もいました。「もののふの道」とは、武士の倫理学でもあれば、軍事学でも政治経済学でもありました。その辺もよく掘り起こしたうえで、今日に生かすべき武士道を考えたい、というのが私の観点です。
 さて、徳川家康は、信玄を恐れ、また信玄に学びました。幕府は信玄の軍学を取り入れたので、武田流軍学は江戸時代の武士道の一要素となりました。
 武田流軍学を集大成した書が、『甲陽軍鑑』です。著者は信玄の家臣・高坂昌信と伝えられますが、実際の編著者は小幡景憲(1573-1663)と見られます。景憲は武田家滅亡の後、軍学を修め、徳川幕府に仕えて、軍学を講じました。幕府は景憲が完成した武田流軍学を、官許の学として公認しました。そして、『甲陽軍鑑』は「本邦第一の兵書」といわれ、武士の素養となっていたのです。本書を中心に武田流軍学の主な特質を挙げてみます。

(1)人材を尊重し活用せよ
 武田流軍学は何より、人材を大切にしました。大将には、三つの中心任務があるとし、その第一番に「人の目利(めきき)」をあげています。人材を尊重し、人それぞれの個性を生かして使うことが、一番重要だというのです。信玄は「渋柿も甘柿も、それぞれに役立たせるのが国持大名のつとめ」と言っています。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは見方、仇は敵なり」という名文句は、武田流軍学の特質をよく表わすものです。

(2)戦争の目的を忘れるな
 武田流軍学には、「後途の勝を肝要とする」ということがあります。すなわち、個々の戦闘は、あくまで次の、より大きな目標に近づくための手段に過ぎない。目先の現象に目を奪われず、将来の利害、大局の得失にもとづいて判断を下し、行動せよということです。『孫子』の一節にも、「明君名将は、つねに戦争の根本の目的を見失うことがない。だからこそ、かれらは慎重なのだ。有利、確実、かつやむを得ざる場合にのみ兵を動かして戦闘を交える」とあります。

(3)攻撃こそ最大の防御なり
 『甲陽軍鑑』には、「わが国ばかりが長久と思い、他国に攻撃をかけないでいると、他国から逆に攻め込まれてしまう」とあります。自分の国さえ安穏ならばよいと考えて、おとなしくしていれば、必ず他国の攻撃を受けて滅ぼされてしまう。内に蓄えた力によって打って出て、他国の力を弱め、あるいはこちらの領国とする以外に、自らの安全を確保する道はないというのです。

(4)組織を完全に統率せよ
 「疾(はや)きこと風のごとく、静かなること林のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとし」――『孫子』軍争篇にあるこの言葉を、信玄は戦術の基本としました。そして、事前の精密な作戦計画、首脳部の意志の統一、指揮命令系統の整備、全軍に対する訓練等を徹底的に行いました。その結果、全軍が信玄の采配の下に一糸乱れずに行動できたのです。

(5)内政を充実せよ
 もともと甲斐の国(現在の山梨県)は山岳部の僻地です。この甲州を基盤とした武田氏が勢力を振るったのは、信玄の精魂込めた富国強兵策によっているのです。
 信玄は、領国内の統治体制を整備するという点でも、当時の諸大名の中では先頭を切っていました。治山治水、鉱山の開発、商工業の保護育成など多面的な政策を進め、領国の経済力を強めるとともに、領民の心を引き付けました。
 「国の仕置が悪ければ、たとえ合戦に勝っても国を失う」というのが、信玄の警告でした。

 以上、武田流軍学の特質を挙げてみました。そして、その軍学を集大成した『甲陽軍鑑』は、自国の領土を治め、他国を従えるために必要な、政治・軍事・外交等の心得に満ちています。
 武田流軍学を集大成した小幡景憲の門弟に、『武教全書』等の著者・山鹿素行がいます。素行は赤穂浪士に武士の心得を説きました。素行の開いた山鹿流兵学の師範だったのが、吉田松陰でした。また、景憲・素行に師事した軍学者に、『武道初心集』の大道寺友山がいます。信玄の英知は、このように江戸時代の武士道に生かされていったのです。
 『甲陽軍鑑』や『武教全書』『武道初心集』を語らず、『葉隠』や『五輪書』のみで武士道を語るのは、武士道の見方を狭くし、武士道のもつ深さ、豊かさを見失ってしまうと思います。

参考資料
・吉田豊編訳『甲陽軍鑑』(徳間書店)

 次回に続く。

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