中国発の世界同時株安が起こっている。リーマン・ショック以上のものになる可能性がある。リーマン・ショックの時と比べて、国際情勢が変わっているのは、ロシアがクリミアを併合したことで、米欧と対立関係が生じていること。また中国が南シナ海で岩礁埋め立てによる軍事基地建設を進め、米中に緊張が高まっていること。特に本稿では後者に、注目したい。経済の問題は、安全保障の問題と合わせて考える必要があるからである。
シナ系日本人の評論家・石平氏は、最近の米中関係を「米中冷戦時代の幕開け」ととらえている。そうした状況が、今回のチャイナ・ショックへの国際的な対応における新たな環境となっている。
冷戦(the Cold War)とは、第2次世界大戦後の米ソ関係を表した言葉で、砲火は交えないが戦争を思わせるような国際関係の厳しい対立抗争の状況を言う。米ソ冷戦の時代は、二大超大国が核兵器を持ったことで、核による恐怖の均衡状況が生まれた。米ソは全面的な直接対決を避けつつ、一種の代理戦争ともいえる地域紛争を各地で繰り広げた。
本年4月以降、米中関係は、かつての米ソ関係のような厳しい対立抗争関係となってきた。中国は、軍事的には東シナ海で一方的に防空識別圏を設定し、南シナ海で岩礁を埋め立て軍事基地の建設を進めている。また経済的には、AIIBの設立で日米主導のアジア経済秩序を打ち壊し、中国によるアジアの経済支配を確立しようとしている。こうした中国に対し、米国は日米同盟の強化やTPP経済圏の推進を行っている。石氏は、これらは習近平が進めている戦略に対する「対抗手段の意味合いを持っている」と見る。米中とも一歩も譲らぬ構えである。石氏は「このままでは米中冷戦の本格化は避けられない。対立はますます激しくなる可能性もある」と言う。
石氏によれば、習近平政権は「トウ小平氏の老獪な『韜光養晦(とうこうようかい)戦略(能力を隠して力を蓄える)』から踏み外し」て暴走している。「アメリカとの対決を性急に早まった習政権の暴走は結局、中国を破滅の道へと導き始めることとなろう。あるいはそれこそがアメリカが望むシナリオかもしれない」と石氏は見る。この見方において、石氏は、中国経済の危機的状況を指摘する。
「ただでさえ中国経済が衰退し国の財政が悪くなっていく中で急速な軍備拡大は当然国の財政を圧迫して経済成長の足を引っ張ることとなろう。しかも、アメリカとの政治的・軍事的対立が長期化してゆくと、中国の重要な貿易相手国でもある日米両国との経済関係に悪い影響を与えることは必至である。米中抗争の激化によってアジア全体が不安定な地域となれば、中国が次の成長戦略として進めている『AIIB(アジアインフラ投資銀行)経済圏』の構築もうまくいくはずがない。そうすると、中国経済の行く末は暗澹(あんたん)たるものとなっていくだろう。経済がさらに傾いて国内の社会的不安が高まってくると、独裁政権の常として、国民の視線をそらすためにいっそうの対外強硬路線に走るしかない。それがまた米中関係のさらなる悪化を招き、アジアを不安定な状態に陥れ、中国経済をより沈没させてしまう」というのが、石氏の指摘である。
この石氏の発言は、6月4日の記事におけるものである。そのわずか1週間ほど後の6月12日以降、中国の株バブルが破裂した。8月11日から中国政府がなりふり構わず人民元の切り下げをすると、市場に不安が広がり、中国発の世界同時株安が起こっている。中国政府が打つ対応策は、ほとんど効果が見られず、習政権の威信は低下している。
ソ連の場合は、冷戦の下の軍事的・経済的な競争において、米国に敗れた。その結果、ソ連は核兵器を使用した侵攻戦争を行うことなく、連邦の解体に至った。中国共産党指導部は、このソ連の例をよく研究しているだろう。私は、中国経済が本格的な危機に陥ってきた今日において、米中冷戦は単なる冷戦にとどまらずに、限定的・地域的な戦争に至る可能性があると考える。その舞台に、南シナ海また東シナ海は、なり得る。だからこそ、わが国は安保法制の整備、さらには憲法改正によって戦争抑止力を高め、中国の冒険主義的な行動を抑止しなければならないと考える。
以下は、石氏の記事の全文。
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●産経新聞 平成27年5月21日
http://www.sankei.com/column/news/150521/clm1505210008-n1.html
2015.5.21 12:29更新
【石平のChina Watch】
習近平氏が招いた「米中冷戦」
先月末から今月中旬までの、日米中露の4カ国による一連の外交上の動きは、アジア太平洋地域における「新しい冷戦時代」の幕開けを予感させるものとなった。
まず注目すべきなのは、先月26日からの安倍晋三首相の米国訪問である。この訪問において、自衛隊と米軍との軍事連携の全面強化を意味する「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の歴史的再改定が実現し、日米主導のアジア太平洋経済圏構築を目指す、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の早期締結でも合意した。
政治、経済、軍事の多方面における日米の一体化は、これで一段と進むこととなろう。オバマ大統領の安倍首相に対する手厚い歓待も日米の親密ぶりを強く印象づけた。両国関係はこれで、文字通りの「希望の同盟関係」が佳境に入った。
日米関係強化の「裏の立役者」はやはり中国の習近平国家主席である。2012年11月の発足以来、習政権はアジアにおける中国の覇権樹立を目指して本格的に動き出した。13年11月の東シナ海上空での一方的な防空識別圏設定はその第一歩だったが、それ以来、南シナ海の島々での埋め立てや軍事基地の建設を着々と進めるなど、中国はアジアの平和と秩序を根底から脅かすような冒険的行動を次から次へと起こしている。
習主席はまた、「アジアの安全はアジア人自身が守る」という「アジア新安全観」を唱え、アメリカの軍事的影響力をアジアから締め出す考えを明確にした。そして今春、経済面での「アメリカ追い出し作戦」に取りかかった。アメリカの同盟国、イギリスなどを含む57カ国が創設に参加したAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立構想を一気に展開し始めた。
日米主導のアジア経済秩序を打ち壊し、中国によるアジアの経済支配を確立する戦略であるが、アメリカの経済的ヘゲモニーにまで触手を伸ばすことによって習政権は米国との対立をいっそう深めたことになる。
ここまで追い詰められると、さすがのオバマ政権も反転攻勢に出た。そうしなければ、アジア太平洋地域におけるアメリカのヘゲモニーが完全に崩壊してしまうからだ。日米同盟の強化はまさにその反転戦略の一環であろう。日米両国による軍事協力体制の強化とTPP経済圏の推進はすべて、「習近平戦略」に対する対抗手段の意味合いを持っている。
これを受け、習主席は5月初旬に主賓格としてロシアの対独戦勝70周年記念の軍事パレードに参加し、プーチン大統領との親密ぶりを演じてみせる一方、地中海におけるロシア軍との合同軍事演習にも踏み切った。習主席からすれば、日米同盟に対抗するためにはロシアとの「共闘体制」をつくるしかないのだろうが、これによって、かつての冷戦構造を「複製」させてしまった観がある。
その数日後、米軍は南シナ海での中国の軍事的拡張に対し、戦艦や偵察機を使っての具体的な対抗措置を検討し始めた。ようやくアメリカは本気になってきたようである。ケリー米国務長官は先の訪中で、南シナ海での「妄動」を中止するよう中国指導部に強く求めた。
それに対し、中国の王毅外相は「中国の決意は揺るぎないものだ」と拒否した一方、習主席は「広い太平洋は米中両国を収容できる空間がある」と応じた。要するに習政権は自らの拡張政策の継続を高らかに宣言しながら、アメリカに対しては太平洋の西側の覇権を中国に明け渡すよう迫ったのである。
これでアジア太平洋地域における米中の覇権争いはもはや決定的なものとなった。対立構造の鮮明化によって、新たな「米中冷戦」の時代が幕を開けようとしている。
●産経新聞 平成27年6月4日
http://www.sankei.com/column/news/150604/clm1506040007-n1.html
2015.6.4 11:11更新
【石平のChina Watch】
国を破滅へ導く習政権暴走
先月21日掲載の本欄で「米中冷戦の幕開け」と書いたところ、両国関係は、まさにその通りの展開となった。
まずは5月20日、中国が南シナ海で岩礁埋め立てを進める現場を偵察した米軍機は中国海軍から8回にわたって退去警告を受け、その衝撃的な映像が米CNNテレビによって公開された。翌日、ラッセル米国務次官補は人工島の周辺への米軍の「警戒・監視活動の継続」を強調し、国防総省のウォーレン報道部長はさらに一歩踏み込んで、中国が主張する人工島の「領海内」への米軍偵察機と艦船の進入を示唆した。
これに対し、中国外務省は同22日、「言葉を慎め」と猛反発したが、同じ日、バイデン米副大統領は中国の動きを強く批判した上で、「航行の自由のため、米国はたじろぐことなく立ち上がる」と高らかに宣した。そして、それを待っていたかのように、中国は26日に国防白書を公表し、「海上軍事闘争への準備」を訴え、米軍との軍事衝突も辞さぬ姿勢をあらわにした。
アメリカの方ももちろんひるまない。翌27日、カーター米国防長官が人工島付近で米軍の艦船や航空機の活動を続ける方針を改めて示したのと同時に、「米国は今後数十年間、アジア太平洋の安全保障の主導者であり続ける」と強調したのである。
この発言と、前述のバイデン副大統領の「立ち上がる発言」とあわせてみると、中国の過度な拡張を封じ込め、アジア太平洋地域における米国伝統のヘゲモニーを守り抜こうとする国家的意思が固まったことは明白である。実際、2020年までに海軍力の6割をアジア地域にもってくるという米軍の既成方針は、まさにそのためにある。
問題は中国がこれからどう対処するかだ。現在のところ、習政権がアメリカに配慮して譲歩する気配はまったくない。5月31日のアジア安全保障会議でも、中国軍の孫建国副総参謀長は「われわれはいかなる強権にも屈しない」と宣言した。このままでは米中冷戦の本格化は避けられない。対立はますます激しくなる可能性もある。
しかし中国にとって、今の時点でアメリカと対決ムードに入ることは果たして「吉」なのか。国力が以前より衰えたとはいえ、今のアメリカには依然、中国を圧倒する経済力と軍事力がある。今後、アジアで米国勢と全面対決していくためには、習政権はいっそうの軍備拡大を急がなければならない。4月2日掲載の本欄が指摘しているように、ただでさえ中国経済が衰退し国の財政が悪くなっていく中で急速な軍備拡大は当然国の財政を圧迫して経済成長の足を引っ張ることとなろう。
しかも、アメリカとの政治的・軍事的対立が長期化してゆくと、中国の重要な貿易相手国でもある日米両国との経済関係に悪い影響を与えることは必至である。米中抗争の激化によってアジア全体が不安定な地域となれば、中国が次の成長戦略として進めている「AIIB(アジアインフラ投資銀行)経済圏」の構築もうまくいくはずがない。
そうすると、中国経済の行く末は暗澹(あんたん)たるものとなっていくだろう。経済がさらに傾いて国内の社会的不安が高まってくると、独裁政権の常として、国民の視線をそらすためにいっそうの対外強硬路線に走るしかない。それがまた米中関係のさらなる悪化を招き、アジアを不安定な状態に陥れ、中国経済をより沈没させてしまう。
トウ小平氏の老獪(ろうかい)な「韜光養晦(とうこうようかい)戦略(能力を隠して力を蓄える)」から踏み外し、アメリカとの対決を性急に早まった習政権の暴走は結局、中国を破滅の道へと導き始めることとなろう。あるいはそれこそがアメリカが望むシナリオかもしれない。最後に笑うのはやはり、ワシントンの人々だろうか。
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文中で言及されている4月2日の石平氏の記事については、拙稿「AIIB創設の中国は、既に土台が崩れ始めている~石平氏」で紹介した。ご参考に願いたい。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/9eda2cfde0035dbb06b33bb1b1ce97c1
関連掲示
・拙稿「安全保障関連法制の整備を急げ」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion08p.htm
シナ系日本人の評論家・石平氏は、最近の米中関係を「米中冷戦時代の幕開け」ととらえている。そうした状況が、今回のチャイナ・ショックへの国際的な対応における新たな環境となっている。
冷戦(the Cold War)とは、第2次世界大戦後の米ソ関係を表した言葉で、砲火は交えないが戦争を思わせるような国際関係の厳しい対立抗争の状況を言う。米ソ冷戦の時代は、二大超大国が核兵器を持ったことで、核による恐怖の均衡状況が生まれた。米ソは全面的な直接対決を避けつつ、一種の代理戦争ともいえる地域紛争を各地で繰り広げた。
本年4月以降、米中関係は、かつての米ソ関係のような厳しい対立抗争関係となってきた。中国は、軍事的には東シナ海で一方的に防空識別圏を設定し、南シナ海で岩礁を埋め立て軍事基地の建設を進めている。また経済的には、AIIBの設立で日米主導のアジア経済秩序を打ち壊し、中国によるアジアの経済支配を確立しようとしている。こうした中国に対し、米国は日米同盟の強化やTPP経済圏の推進を行っている。石氏は、これらは習近平が進めている戦略に対する「対抗手段の意味合いを持っている」と見る。米中とも一歩も譲らぬ構えである。石氏は「このままでは米中冷戦の本格化は避けられない。対立はますます激しくなる可能性もある」と言う。
石氏によれば、習近平政権は「トウ小平氏の老獪な『韜光養晦(とうこうようかい)戦略(能力を隠して力を蓄える)』から踏み外し」て暴走している。「アメリカとの対決を性急に早まった習政権の暴走は結局、中国を破滅の道へと導き始めることとなろう。あるいはそれこそがアメリカが望むシナリオかもしれない」と石氏は見る。この見方において、石氏は、中国経済の危機的状況を指摘する。
「ただでさえ中国経済が衰退し国の財政が悪くなっていく中で急速な軍備拡大は当然国の財政を圧迫して経済成長の足を引っ張ることとなろう。しかも、アメリカとの政治的・軍事的対立が長期化してゆくと、中国の重要な貿易相手国でもある日米両国との経済関係に悪い影響を与えることは必至である。米中抗争の激化によってアジア全体が不安定な地域となれば、中国が次の成長戦略として進めている『AIIB(アジアインフラ投資銀行)経済圏』の構築もうまくいくはずがない。そうすると、中国経済の行く末は暗澹(あんたん)たるものとなっていくだろう。経済がさらに傾いて国内の社会的不安が高まってくると、独裁政権の常として、国民の視線をそらすためにいっそうの対外強硬路線に走るしかない。それがまた米中関係のさらなる悪化を招き、アジアを不安定な状態に陥れ、中国経済をより沈没させてしまう」というのが、石氏の指摘である。
この石氏の発言は、6月4日の記事におけるものである。そのわずか1週間ほど後の6月12日以降、中国の株バブルが破裂した。8月11日から中国政府がなりふり構わず人民元の切り下げをすると、市場に不安が広がり、中国発の世界同時株安が起こっている。中国政府が打つ対応策は、ほとんど効果が見られず、習政権の威信は低下している。
ソ連の場合は、冷戦の下の軍事的・経済的な競争において、米国に敗れた。その結果、ソ連は核兵器を使用した侵攻戦争を行うことなく、連邦の解体に至った。中国共産党指導部は、このソ連の例をよく研究しているだろう。私は、中国経済が本格的な危機に陥ってきた今日において、米中冷戦は単なる冷戦にとどまらずに、限定的・地域的な戦争に至る可能性があると考える。その舞台に、南シナ海また東シナ海は、なり得る。だからこそ、わが国は安保法制の整備、さらには憲法改正によって戦争抑止力を高め、中国の冒険主義的な行動を抑止しなければならないと考える。
以下は、石氏の記事の全文。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●産経新聞 平成27年5月21日
http://www.sankei.com/column/news/150521/clm1505210008-n1.html
2015.5.21 12:29更新
【石平のChina Watch】
習近平氏が招いた「米中冷戦」
先月末から今月中旬までの、日米中露の4カ国による一連の外交上の動きは、アジア太平洋地域における「新しい冷戦時代」の幕開けを予感させるものとなった。
まず注目すべきなのは、先月26日からの安倍晋三首相の米国訪問である。この訪問において、自衛隊と米軍との軍事連携の全面強化を意味する「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の歴史的再改定が実現し、日米主導のアジア太平洋経済圏構築を目指す、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の早期締結でも合意した。
政治、経済、軍事の多方面における日米の一体化は、これで一段と進むこととなろう。オバマ大統領の安倍首相に対する手厚い歓待も日米の親密ぶりを強く印象づけた。両国関係はこれで、文字通りの「希望の同盟関係」が佳境に入った。
日米関係強化の「裏の立役者」はやはり中国の習近平国家主席である。2012年11月の発足以来、習政権はアジアにおける中国の覇権樹立を目指して本格的に動き出した。13年11月の東シナ海上空での一方的な防空識別圏設定はその第一歩だったが、それ以来、南シナ海の島々での埋め立てや軍事基地の建設を着々と進めるなど、中国はアジアの平和と秩序を根底から脅かすような冒険的行動を次から次へと起こしている。
習主席はまた、「アジアの安全はアジア人自身が守る」という「アジア新安全観」を唱え、アメリカの軍事的影響力をアジアから締め出す考えを明確にした。そして今春、経済面での「アメリカ追い出し作戦」に取りかかった。アメリカの同盟国、イギリスなどを含む57カ国が創設に参加したAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立構想を一気に展開し始めた。
日米主導のアジア経済秩序を打ち壊し、中国によるアジアの経済支配を確立する戦略であるが、アメリカの経済的ヘゲモニーにまで触手を伸ばすことによって習政権は米国との対立をいっそう深めたことになる。
ここまで追い詰められると、さすがのオバマ政権も反転攻勢に出た。そうしなければ、アジア太平洋地域におけるアメリカのヘゲモニーが完全に崩壊してしまうからだ。日米同盟の強化はまさにその反転戦略の一環であろう。日米両国による軍事協力体制の強化とTPP経済圏の推進はすべて、「習近平戦略」に対する対抗手段の意味合いを持っている。
これを受け、習主席は5月初旬に主賓格としてロシアの対独戦勝70周年記念の軍事パレードに参加し、プーチン大統領との親密ぶりを演じてみせる一方、地中海におけるロシア軍との合同軍事演習にも踏み切った。習主席からすれば、日米同盟に対抗するためにはロシアとの「共闘体制」をつくるしかないのだろうが、これによって、かつての冷戦構造を「複製」させてしまった観がある。
その数日後、米軍は南シナ海での中国の軍事的拡張に対し、戦艦や偵察機を使っての具体的な対抗措置を検討し始めた。ようやくアメリカは本気になってきたようである。ケリー米国務長官は先の訪中で、南シナ海での「妄動」を中止するよう中国指導部に強く求めた。
それに対し、中国の王毅外相は「中国の決意は揺るぎないものだ」と拒否した一方、習主席は「広い太平洋は米中両国を収容できる空間がある」と応じた。要するに習政権は自らの拡張政策の継続を高らかに宣言しながら、アメリカに対しては太平洋の西側の覇権を中国に明け渡すよう迫ったのである。
これでアジア太平洋地域における米中の覇権争いはもはや決定的なものとなった。対立構造の鮮明化によって、新たな「米中冷戦」の時代が幕を開けようとしている。
●産経新聞 平成27年6月4日
http://www.sankei.com/column/news/150604/clm1506040007-n1.html
2015.6.4 11:11更新
【石平のChina Watch】
国を破滅へ導く習政権暴走
先月21日掲載の本欄で「米中冷戦の幕開け」と書いたところ、両国関係は、まさにその通りの展開となった。
まずは5月20日、中国が南シナ海で岩礁埋め立てを進める現場を偵察した米軍機は中国海軍から8回にわたって退去警告を受け、その衝撃的な映像が米CNNテレビによって公開された。翌日、ラッセル米国務次官補は人工島の周辺への米軍の「警戒・監視活動の継続」を強調し、国防総省のウォーレン報道部長はさらに一歩踏み込んで、中国が主張する人工島の「領海内」への米軍偵察機と艦船の進入を示唆した。
これに対し、中国外務省は同22日、「言葉を慎め」と猛反発したが、同じ日、バイデン米副大統領は中国の動きを強く批判した上で、「航行の自由のため、米国はたじろぐことなく立ち上がる」と高らかに宣した。そして、それを待っていたかのように、中国は26日に国防白書を公表し、「海上軍事闘争への準備」を訴え、米軍との軍事衝突も辞さぬ姿勢をあらわにした。
アメリカの方ももちろんひるまない。翌27日、カーター米国防長官が人工島付近で米軍の艦船や航空機の活動を続ける方針を改めて示したのと同時に、「米国は今後数十年間、アジア太平洋の安全保障の主導者であり続ける」と強調したのである。
この発言と、前述のバイデン副大統領の「立ち上がる発言」とあわせてみると、中国の過度な拡張を封じ込め、アジア太平洋地域における米国伝統のヘゲモニーを守り抜こうとする国家的意思が固まったことは明白である。実際、2020年までに海軍力の6割をアジア地域にもってくるという米軍の既成方針は、まさにそのためにある。
問題は中国がこれからどう対処するかだ。現在のところ、習政権がアメリカに配慮して譲歩する気配はまったくない。5月31日のアジア安全保障会議でも、中国軍の孫建国副総参謀長は「われわれはいかなる強権にも屈しない」と宣言した。このままでは米中冷戦の本格化は避けられない。対立はますます激しくなる可能性もある。
しかし中国にとって、今の時点でアメリカと対決ムードに入ることは果たして「吉」なのか。国力が以前より衰えたとはいえ、今のアメリカには依然、中国を圧倒する経済力と軍事力がある。今後、アジアで米国勢と全面対決していくためには、習政権はいっそうの軍備拡大を急がなければならない。4月2日掲載の本欄が指摘しているように、ただでさえ中国経済が衰退し国の財政が悪くなっていく中で急速な軍備拡大は当然国の財政を圧迫して経済成長の足を引っ張ることとなろう。
しかも、アメリカとの政治的・軍事的対立が長期化してゆくと、中国の重要な貿易相手国でもある日米両国との経済関係に悪い影響を与えることは必至である。米中抗争の激化によってアジア全体が不安定な地域となれば、中国が次の成長戦略として進めている「AIIB(アジアインフラ投資銀行)経済圏」の構築もうまくいくはずがない。
そうすると、中国経済の行く末は暗澹(あんたん)たるものとなっていくだろう。経済がさらに傾いて国内の社会的不安が高まってくると、独裁政権の常として、国民の視線をそらすためにいっそうの対外強硬路線に走るしかない。それがまた米中関係のさらなる悪化を招き、アジアを不安定な状態に陥れ、中国経済をより沈没させてしまう。
トウ小平氏の老獪(ろうかい)な「韜光養晦(とうこうようかい)戦略(能力を隠して力を蓄える)」から踏み外し、アメリカとの対決を性急に早まった習政権の暴走は結局、中国を破滅の道へと導き始めることとなろう。あるいはそれこそがアメリカが望むシナリオかもしれない。最後に笑うのはやはり、ワシントンの人々だろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
文中で言及されている4月2日の石平氏の記事については、拙稿「AIIB創設の中国は、既に土台が崩れ始めている~石平氏」で紹介した。ご参考に願いたい。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/9eda2cfde0035dbb06b33bb1b1ce97c1
関連掲示
・拙稿「安全保障関連法制の整備を急げ」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion08p.htm