●市場を統御しようとする統制主義的な政策の矛盾
田村秀男氏は、産経新聞平成27年7月12日の記事で、中国とギリシャを比較し、「双方ともに自国経済の非常時に対応できない通貨制度が根底にある」と指摘した。ギリシャの場合は、ユーロ相場を決定づける金融政策を欧州中央銀行(ECB)に委ねている。ユーロを使っている限り、独自に金融緩和をすることができない。中国の場合は、共産党中央が人民元をコントロールしている。だが、実態は変動を一定範囲に制限した「準固定相場制」となっている。そのため、両国とも不自由な通貨制度によって自国経済の非常時に対応ができないのである。
http://www.sankei.com/world/news/150712/wor1507120006-n1.html
田村氏は、上記の記事で中国株バブルの崩壊について、大意次のように書いている。
人民元のレートは「上昇基調」できたが、実体経済は「需要不足で供給過剰」になっている。景気の不振で「資金の流出」が増え、「外貨準備が急速に減っている」。AIIBも外貨準備が減り続けると信用力がそこなわれる。そこで、習政権は「株価引き上げ策」を取った。人民銀行は昨年11月から利下げを続け、「個人が借金して株を売買する信用資金の供給」を行った。株価は急上昇したが、実体経済との乖離が目立ち、突然バブルがはじけた。
田村氏は言う。「人民元を改革し、変動相場制にしていれば、機動的な金融緩和によって景気をテコ入れし、元安に誘導できる」。だが、上海株暴落で党中央は逆に「市場統制」の強化に走った、と。
これは、市場経済を取り入れていながら、あくまで政府が市場を統制しようとする中国共産党政権の矛盾した政策が生み出した事態である。中国は、昨年来の不動産バブルの深刻化に続いて、株バブルも破裂し始めた。株価下落は実体経済に悪影響を及ぼし、一段と同国の景気を冷やす。中国経済には「保八」という言葉があり、経済成長率8%を維持しないと、1億人規模に失業者が増え、1日に数百件発生している暴動がさらに増え、共産党政権の維持が難しくなると見られてきた。中国政府はその8%を維持できなくなっている。2015年の成長率目標は7%だが、株バブルの崩壊でその達成は困難となった。既に中国経済は、通貨高・物価下落によるデフレ不況の様相を呈している。市場を統制しようとする共産党政権の統制主義的な対応では、この危機を乗り越えるのは、難しいだろう。
●当面の予想
当面の動向に関する予測は、楽観を許さない。米大手ヘッジファンドの首脳らは、世界同時株安を招いたリーマン・ショック前より危険性が高まっていると指摘している。
報道によると、2006年から09年まで米財務長官を務めたヘンリー・ポールソン氏は、米大手銀ゴールドマン・サックスの最高経営責任者(CEO)時代に中国事業を拡大し、財務長官時代には米中戦略経済対話を切り盛りした実績がある。そのポールソン氏は、中国政府が不良債権の処理を先送りし、株価急落には買い上げをしたのは、「低採算の事業を破綻させないで救済するばかりで、資本市場の改革が遅れてしまう」と警鐘を鳴らしている。
「物言う株主」として著名なビル・アックマン氏は、7月15日に中国政府が発表した4~6月期の実質国内総生産(GDP)について「正しい数字だと自信が持てる人はいるのだろうか」と疑念を投げかけ、「中国はギリシャよりもはるかに脅威である」と語る。エリオット・マネジメントを率いるポール・シンガー氏は、市場の熱狂は「世界恐慌が起きた1920年代後半の米国に似ている」と述べている。ペリー・キャピタル代表のリチャード・ペリー氏は「(中国市場は)だんだん賭博の場と化してきている」と懸念を表明している、などと伝えられる。
今後、不動産バブルの崩壊は一層深刻化する。株バブルの崩壊も、さらに続くかもしれない。これらは中国の銀行の不良債権を増やす。一部の国有銀行や「影の銀行」が破綻する。その規模が大きくなれば、中国の国家経済そのものが、深刻な危機に陥る可能性が高くなる。また、国際的には、中国企業の海外投資や国際企業の中国向け販売が減少するから、世界経済にも長期的に負の影響を及ぼすことになる可能性がある。
●短期的課題~IMFによる人民元の国際準備通貨認定を許すな
ところで、先に、中国政府が株価引き上げ策を取った要因の一つに、IMFに対して人民元を国際準備通貨に認定させようとしていることがあると書いた。この点について補足したい。
田村氏は、7月12日の記事で、「北京は人民元を国際通貨基金(IMF)に対し、国際準備通貨として認定させようとするが、そんな資格はないはずだ」と言う。まったくそのとおりなのだが、7月24日IMFのライス報道官は、中国政府が株価急落を食い止めるため市場に介入して一連の措置を講じたことに関し、「人民元の年内の準備通貨入りを目指す同国の取り組みには影響しない」と述べた。IMFは、依然として人民元を国際準備通貨として認定する方向に進もうとしている。
IMFが元を自由利用可能通貨として認定した場合、元はIMFが持つ合成通貨「SDR(特別引き出し権)」を構成する主要国際通貨の一角に組み込まれることになる。この点について、田村氏は本年2月8日の記事で、「元にSDR通貨の資格はあるのか」と問うた。
http://www.sankei.com/economy/news/150208/ecn1502080008-n1.html
田村氏は、その資格はないと断じる。不適格である第一の理由は、「人民元の正体とはしょせんドルのコピーである」「中国人民銀行はドルの増量に合わせて元を発行している」「コピー通貨が、変動相場制であるユーロ、円やポンドと対等の国際準備・決済用通貨であるはずがない」という。また、第二の理由は「中国は管理変動相場を堅持するために、上海などの金融市場への外からの資本流入を厳しく規制している」「ロンドン市場などでの元取引は中国系銀行が介在し、元マネーの大部分を本国に還流させるようにしている」「国際的に自由に流通する元建ての金融資産の規模も種類も限られる。そんな通貨が『国際利用可能通貨』と定義されるなら、他の国だって通貨の自由変動相場を見直し、金融市場を規制してもよい、ということになる」という。
そこで田村氏は、IMF最大のスポンサーである日本は、人民元の国際準備通貨認定という中国の野望を阻止すべきだと主張している。この主張は、今回の上海株の暴落による株バブルの崩壊によって、一層重みのある意見となっている。
私は、人民元を国際準備通貨に認定することは、中国経済危機の世界的な波及を拡大する恐れが高いので、やめるべきだと思う。通貨はその国の経済の実力を表す。中国経済は、土台が既に崩れ始めている。土台の崩壊はまだ始まったばかりである。そういう国の通貨を国際準備通貨に加えることは、世界経済を大いに不安定にすることになるだろう。IMF及びIMFを金融による世界支配の手段としている巨大国際金融資本家たちは、共産中国への幻想から目覚め、シナを舞台とした強欲のギャンブルを止めるべきである。
以下は、田村氏の記事。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●産経新聞 平成27年2月8日
http://www.sankei.com/economy/news/150208/ecn1502080008-n1.html
2015.2.8 13:30更新
【日曜経済講座】
人民元は「国際通貨」にあらず 財務官僚はIMF認定阻止を
お金を刷って外国で自由に使える。夢物語のようでも、一定の条件を満たせば、可能というのが現代の金融である。その条件とは、その通貨を外国人が額面通りの値打ちありと信用し、支払いやその準備用に利用できることだ。では、世界第2位の経済超大国・中国の通貨、人民元はどうか。ドル、ユーロ、円に並ぶ国際通貨だろうか。中国人旅行者は東京・銀座やパリ・シャンゼリゼ通りで元決済のカードを使える。今や元建て貿易決済額は円建て貿易決済をしのぐ。
国際金融社会の総本山、国際通貨基金(IMF)が5年前、人民元を「自由利用可能通貨」として認めなかった。中国は以来、まさに臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、2012年秋に習近平氏が党総書記に就任するや、全力を挙げてワシントンにあるIMFでのロビイング活動に取り組む一方で、党の影響下にある大手国有商業銀行を東南アジアからロンドンなど欧州の主要な国際金融市場に進出させて、人民元金融と貿易決済規模を拡大させている。
東南アジアと韓国は人民元建て貿易決済が急速に普及し、「元経済圏」と化しつつある。ロシアのプーチン大統領も人民元による石油代金決済受け入れを表明済みだ。日本の銀行や商社業界も人民元建てのビジネス取引を競い合うありさまだ。
IMFは今、日本を含む理事会で元を自由利用可能通貨として認定するか、検討中だ。5年前に比べて、情勢は大きく変わった。IMFの重鎮、英国はロンドン金融市場での元取引をビジネス・チャンスとし、チベットなどの人権問題での中国批判を差し控えるほどだから、人民元支持に回る公算が大きい。
自由利用可能通貨となれば、元はIMFが持つ合成通貨「SDR(特別引き出し権)」を構成する主要国際通貨の一角に組み込まれる。SDRは現実には流通していないが各国の外貨準備用として使われているだけに、政治的意義を持つ。
現在、SDRはドル、ユーロ、円、ポンドの4大自由利用可能通貨で構成され、保有国はSDRをこれらの通貨と交換できる。中国の元が加わると、世界各国の通貨当局や中央銀行は人民元を外貨準備として持つようになるので、元は国際決済用として一挙にグローバルに普及する道が開ける。しかも、元はSDR構成通貨中、円に代わってドル、ユーロに次ぐ第3位にランク付けられる見通しが、英金融筋から聞こえてくる。だが、ちょっと待て。元にSDR通貨の資格はあるのか。
第1に、人民元の正体とはしょせんドルのコピーである。グラフは、リーマン後の中国と米国の中央銀行による資金供給量(マネタリーベース)の増加額の推移を追っている。一目瞭然(りょうぜん)、中国人民銀行はドルの増量に合わせて元を発行している。人民銀行は「管理変動相場制」のもと、人為的にほぼ固定した相場で流入する外貨をことごとく買い上げ、資金供給する。元は姿と表記を変えたドルもどきである。コピー通貨が、変動相場制であるユーロ、円やポンドと対等の国際準備・決済用通貨であるはずがない。
第2に、中国は管理変動相場を堅持するために、上海などの金融市場への外からの資本流入を厳しく規制している。巨額の外貨が出入りすると、人為的な相場では対応できなくなるからだ。ロンドン市場などでの元取引は中国系銀行が介在し、元マネーの大部分を本国に還流させるようにしている。円建ての証券のように、国際的に自由に流通する元建ての金融資産の規模も種類も限られる。そんな通貨が「国際利用可能通貨」と定義されるなら、他の国だって通貨の自由変動相場を見直し、金融市場を規制してもよい、ということになる。
たまる外貨の大半は外貨準備となって膨張している。習指導部はその外貨を使って、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)など中国主導の国際金融機関を創設準備中だ。投融資先への政治的影響力を高める元が国際準備通貨に認定されれば、今度元を刷っては垂れ流す。そうなると、国際金融市場の秩序は不安定になるだろう。
日本はIMF最大のスポンサーである。リーマン・ショック直後に、当時の麻生太郎政権はポンと1千億ドルの外貨をIMFに緊急融資した。財務官僚は日本国の影響力をテコにIMFに消費税増税を対日勧告させてきた。増税デフレで日本経済は今年度マイナス成長に舞い戻る。財務官僚は日本国を背負うエリートと自負するなら、せめて不当な中国の野望阻止に邁進(まいしん)すべきだ。(編集委員・田村秀男)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本稿「中国株バブルが破裂した」は、これで一応連載を終える。今後の上海株式市場の動きを見て、必要があれば、改めて書く。(了)
関連掲示
・拙稿「中国AIIBの野望と自滅に加わるな」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12X.htm
田村秀男氏は、産経新聞平成27年7月12日の記事で、中国とギリシャを比較し、「双方ともに自国経済の非常時に対応できない通貨制度が根底にある」と指摘した。ギリシャの場合は、ユーロ相場を決定づける金融政策を欧州中央銀行(ECB)に委ねている。ユーロを使っている限り、独自に金融緩和をすることができない。中国の場合は、共産党中央が人民元をコントロールしている。だが、実態は変動を一定範囲に制限した「準固定相場制」となっている。そのため、両国とも不自由な通貨制度によって自国経済の非常時に対応ができないのである。
http://www.sankei.com/world/news/150712/wor1507120006-n1.html
田村氏は、上記の記事で中国株バブルの崩壊について、大意次のように書いている。
人民元のレートは「上昇基調」できたが、実体経済は「需要不足で供給過剰」になっている。景気の不振で「資金の流出」が増え、「外貨準備が急速に減っている」。AIIBも外貨準備が減り続けると信用力がそこなわれる。そこで、習政権は「株価引き上げ策」を取った。人民銀行は昨年11月から利下げを続け、「個人が借金して株を売買する信用資金の供給」を行った。株価は急上昇したが、実体経済との乖離が目立ち、突然バブルがはじけた。
田村氏は言う。「人民元を改革し、変動相場制にしていれば、機動的な金融緩和によって景気をテコ入れし、元安に誘導できる」。だが、上海株暴落で党中央は逆に「市場統制」の強化に走った、と。
これは、市場経済を取り入れていながら、あくまで政府が市場を統制しようとする中国共産党政権の矛盾した政策が生み出した事態である。中国は、昨年来の不動産バブルの深刻化に続いて、株バブルも破裂し始めた。株価下落は実体経済に悪影響を及ぼし、一段と同国の景気を冷やす。中国経済には「保八」という言葉があり、経済成長率8%を維持しないと、1億人規模に失業者が増え、1日に数百件発生している暴動がさらに増え、共産党政権の維持が難しくなると見られてきた。中国政府はその8%を維持できなくなっている。2015年の成長率目標は7%だが、株バブルの崩壊でその達成は困難となった。既に中国経済は、通貨高・物価下落によるデフレ不況の様相を呈している。市場を統制しようとする共産党政権の統制主義的な対応では、この危機を乗り越えるのは、難しいだろう。
●当面の予想
当面の動向に関する予測は、楽観を許さない。米大手ヘッジファンドの首脳らは、世界同時株安を招いたリーマン・ショック前より危険性が高まっていると指摘している。
報道によると、2006年から09年まで米財務長官を務めたヘンリー・ポールソン氏は、米大手銀ゴールドマン・サックスの最高経営責任者(CEO)時代に中国事業を拡大し、財務長官時代には米中戦略経済対話を切り盛りした実績がある。そのポールソン氏は、中国政府が不良債権の処理を先送りし、株価急落には買い上げをしたのは、「低採算の事業を破綻させないで救済するばかりで、資本市場の改革が遅れてしまう」と警鐘を鳴らしている。
「物言う株主」として著名なビル・アックマン氏は、7月15日に中国政府が発表した4~6月期の実質国内総生産(GDP)について「正しい数字だと自信が持てる人はいるのだろうか」と疑念を投げかけ、「中国はギリシャよりもはるかに脅威である」と語る。エリオット・マネジメントを率いるポール・シンガー氏は、市場の熱狂は「世界恐慌が起きた1920年代後半の米国に似ている」と述べている。ペリー・キャピタル代表のリチャード・ペリー氏は「(中国市場は)だんだん賭博の場と化してきている」と懸念を表明している、などと伝えられる。
今後、不動産バブルの崩壊は一層深刻化する。株バブルの崩壊も、さらに続くかもしれない。これらは中国の銀行の不良債権を増やす。一部の国有銀行や「影の銀行」が破綻する。その規模が大きくなれば、中国の国家経済そのものが、深刻な危機に陥る可能性が高くなる。また、国際的には、中国企業の海外投資や国際企業の中国向け販売が減少するから、世界経済にも長期的に負の影響を及ぼすことになる可能性がある。
●短期的課題~IMFによる人民元の国際準備通貨認定を許すな
ところで、先に、中国政府が株価引き上げ策を取った要因の一つに、IMFに対して人民元を国際準備通貨に認定させようとしていることがあると書いた。この点について補足したい。
田村氏は、7月12日の記事で、「北京は人民元を国際通貨基金(IMF)に対し、国際準備通貨として認定させようとするが、そんな資格はないはずだ」と言う。まったくそのとおりなのだが、7月24日IMFのライス報道官は、中国政府が株価急落を食い止めるため市場に介入して一連の措置を講じたことに関し、「人民元の年内の準備通貨入りを目指す同国の取り組みには影響しない」と述べた。IMFは、依然として人民元を国際準備通貨として認定する方向に進もうとしている。
IMFが元を自由利用可能通貨として認定した場合、元はIMFが持つ合成通貨「SDR(特別引き出し権)」を構成する主要国際通貨の一角に組み込まれることになる。この点について、田村氏は本年2月8日の記事で、「元にSDR通貨の資格はあるのか」と問うた。
http://www.sankei.com/economy/news/150208/ecn1502080008-n1.html
田村氏は、その資格はないと断じる。不適格である第一の理由は、「人民元の正体とはしょせんドルのコピーである」「中国人民銀行はドルの増量に合わせて元を発行している」「コピー通貨が、変動相場制であるユーロ、円やポンドと対等の国際準備・決済用通貨であるはずがない」という。また、第二の理由は「中国は管理変動相場を堅持するために、上海などの金融市場への外からの資本流入を厳しく規制している」「ロンドン市場などでの元取引は中国系銀行が介在し、元マネーの大部分を本国に還流させるようにしている」「国際的に自由に流通する元建ての金融資産の規模も種類も限られる。そんな通貨が『国際利用可能通貨』と定義されるなら、他の国だって通貨の自由変動相場を見直し、金融市場を規制してもよい、ということになる」という。
そこで田村氏は、IMF最大のスポンサーである日本は、人民元の国際準備通貨認定という中国の野望を阻止すべきだと主張している。この主張は、今回の上海株の暴落による株バブルの崩壊によって、一層重みのある意見となっている。
私は、人民元を国際準備通貨に認定することは、中国経済危機の世界的な波及を拡大する恐れが高いので、やめるべきだと思う。通貨はその国の経済の実力を表す。中国経済は、土台が既に崩れ始めている。土台の崩壊はまだ始まったばかりである。そういう国の通貨を国際準備通貨に加えることは、世界経済を大いに不安定にすることになるだろう。IMF及びIMFを金融による世界支配の手段としている巨大国際金融資本家たちは、共産中国への幻想から目覚め、シナを舞台とした強欲のギャンブルを止めるべきである。
以下は、田村氏の記事。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●産経新聞 平成27年2月8日
http://www.sankei.com/economy/news/150208/ecn1502080008-n1.html
2015.2.8 13:30更新
【日曜経済講座】
人民元は「国際通貨」にあらず 財務官僚はIMF認定阻止を
お金を刷って外国で自由に使える。夢物語のようでも、一定の条件を満たせば、可能というのが現代の金融である。その条件とは、その通貨を外国人が額面通りの値打ちありと信用し、支払いやその準備用に利用できることだ。では、世界第2位の経済超大国・中国の通貨、人民元はどうか。ドル、ユーロ、円に並ぶ国際通貨だろうか。中国人旅行者は東京・銀座やパリ・シャンゼリゼ通りで元決済のカードを使える。今や元建て貿易決済額は円建て貿易決済をしのぐ。
国際金融社会の総本山、国際通貨基金(IMF)が5年前、人民元を「自由利用可能通貨」として認めなかった。中国は以来、まさに臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、2012年秋に習近平氏が党総書記に就任するや、全力を挙げてワシントンにあるIMFでのロビイング活動に取り組む一方で、党の影響下にある大手国有商業銀行を東南アジアからロンドンなど欧州の主要な国際金融市場に進出させて、人民元金融と貿易決済規模を拡大させている。
東南アジアと韓国は人民元建て貿易決済が急速に普及し、「元経済圏」と化しつつある。ロシアのプーチン大統領も人民元による石油代金決済受け入れを表明済みだ。日本の銀行や商社業界も人民元建てのビジネス取引を競い合うありさまだ。
IMFは今、日本を含む理事会で元を自由利用可能通貨として認定するか、検討中だ。5年前に比べて、情勢は大きく変わった。IMFの重鎮、英国はロンドン金融市場での元取引をビジネス・チャンスとし、チベットなどの人権問題での中国批判を差し控えるほどだから、人民元支持に回る公算が大きい。
自由利用可能通貨となれば、元はIMFが持つ合成通貨「SDR(特別引き出し権)」を構成する主要国際通貨の一角に組み込まれる。SDRは現実には流通していないが各国の外貨準備用として使われているだけに、政治的意義を持つ。
現在、SDRはドル、ユーロ、円、ポンドの4大自由利用可能通貨で構成され、保有国はSDRをこれらの通貨と交換できる。中国の元が加わると、世界各国の通貨当局や中央銀行は人民元を外貨準備として持つようになるので、元は国際決済用として一挙にグローバルに普及する道が開ける。しかも、元はSDR構成通貨中、円に代わってドル、ユーロに次ぐ第3位にランク付けられる見通しが、英金融筋から聞こえてくる。だが、ちょっと待て。元にSDR通貨の資格はあるのか。
第1に、人民元の正体とはしょせんドルのコピーである。グラフは、リーマン後の中国と米国の中央銀行による資金供給量(マネタリーベース)の増加額の推移を追っている。一目瞭然(りょうぜん)、中国人民銀行はドルの増量に合わせて元を発行している。人民銀行は「管理変動相場制」のもと、人為的にほぼ固定した相場で流入する外貨をことごとく買い上げ、資金供給する。元は姿と表記を変えたドルもどきである。コピー通貨が、変動相場制であるユーロ、円やポンドと対等の国際準備・決済用通貨であるはずがない。
第2に、中国は管理変動相場を堅持するために、上海などの金融市場への外からの資本流入を厳しく規制している。巨額の外貨が出入りすると、人為的な相場では対応できなくなるからだ。ロンドン市場などでの元取引は中国系銀行が介在し、元マネーの大部分を本国に還流させるようにしている。円建ての証券のように、国際的に自由に流通する元建ての金融資産の規模も種類も限られる。そんな通貨が「国際利用可能通貨」と定義されるなら、他の国だって通貨の自由変動相場を見直し、金融市場を規制してもよい、ということになる。
たまる外貨の大半は外貨準備となって膨張している。習指導部はその外貨を使って、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)など中国主導の国際金融機関を創設準備中だ。投融資先への政治的影響力を高める元が国際準備通貨に認定されれば、今度元を刷っては垂れ流す。そうなると、国際金融市場の秩序は不安定になるだろう。
日本はIMF最大のスポンサーである。リーマン・ショック直後に、当時の麻生太郎政権はポンと1千億ドルの外貨をIMFに緊急融資した。財務官僚は日本国の影響力をテコにIMFに消費税増税を対日勧告させてきた。増税デフレで日本経済は今年度マイナス成長に舞い戻る。財務官僚は日本国を背負うエリートと自負するなら、せめて不当な中国の野望阻止に邁進(まいしん)すべきだ。(編集委員・田村秀男)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本稿「中国株バブルが破裂した」は、これで一応連載を終える。今後の上海株式市場の動きを見て、必要があれば、改めて書く。(了)
関連掲示
・拙稿「中国AIIBの野望と自滅に加わるな」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12X.htm