●米国が「財政の崖」から転落したら
昨24年(2012)末で失効したのは、ブッシュ子政権下で導入された景気対策減税である。所得税やキャピタルゲイン税、配当課税などの軽減税率が廃止されることになっていた。日本の相続税に相当する遺産税の税率も引き上げられることになっていた。米国の国内総生産(GDP)の7割を占めるのは、個人消費である。ホワイトハウスの試算によると、景気対策減税の打ち切りによって、年収5万(約430万円)~8万5千ドル(約730万円)で子供2人の平均的な家庭で年間2200ドル(約19万円)の負担増になり、米国のGDPを2013年に1・7ポイント押し下げると予測された。
景気対策減税の停止だけでなく、強制的な歳出の削減が行われることが決まっていた。政府支出の大規模な削減は、無駄の削除でいいことのように見えるが、需要を減少させるわけだから、不景気の最中に行うと、さらに景気を悪化させる。
米議会予算局によると、減税停止と歳出削減の合計は、2013年度だけで約5600億ドル(約48兆1千億円)に達し、GDPの約4%に当たるとされた。わが国の年間の新規国債発行額に匹敵するほどの規模である。予算局は、米国経済は2013年前半で最大3%近いマイナス成長に陥るとして、「深刻な景気後退」を警告した。
米国の景気が今以上に悪化すれば、世界経済への影響は大きい。S&A、ムーディーズと並ぶ大手格付け会社フィッチ・レーティングスは、「2013年の世界の成長率の少なくとも半分が吹き飛ぶ可能性がある」と予測した。日本経済への打撃も懸念された。経済協力開発機構(OECD)の試算によると、米国が「財政の崖」から転落すると、日本のGDPは2013年で0・4%押し下げられる。内閣府の試算では、バス・トラックの対米輸出が13%、建機は10%落ち込むと予測された。米国が「財政の崖」を回避できるかどうかは、世界的な関心事だった。
●1月1日、ぎりぎりで転落は避けられた
米国の与党・民主党と野党・共和党は、増税と歳出削減のどちらを重視するかで対立した。オバマ政権と与野党の協議は、ぎりぎりまで続けられた。合意が得られなければ、米国のみならず、世界を巻き込む大惨事となるところだった。
幸い「財政の崖」は、回避された。米メディアによると、与野党が合意した回避策では、減税延長の対象は、一部富裕層を含む年収45万ドル(約3900万円)未満に設定された。失業保険給付も延長され、遺産税(日本の相続税に相当)の税率も据え置かれることになった。1月2日に自動的に始まる予定だった国防費などの強制歳出削減は、2カ月延期されることになった。一方で、財政赤字削減に向けた歳出削減など財政健全化策は先送りされた。
オバマ大統領は昨年12月31日の演説で、「中間層を増税から守ることが最優先だ」と強調し、財政再建策については段階的に対応すべきとの考えを示していた。大統領は、法案成立を受け、本年1月1日、ホワイトハウスで演説し、「この法案で(中間層の)米国民の増税は避けられることになった」と評価した。それと同時に「(今回の合意は)経済強化に向けた幅広い努力の一歩に過ぎない」として、膨大な財政赤字の削減等、抜本的な税財政改革がなお必要とされるとの見解を示した。
●2か月後には次の危機が
だが、今回の回避策は、その場しのぎにすぎない。歳出の強制削減の凍結期限である2カ月後には、再び米国の財政は危機的状況を迎える。
米国の政府と与野党は、税制改革や歳出削減の具体的内容を含む財政再建の包括策については合意を先送りしている。次の焦点は、10年間で4兆ドルの削減という中長期的な財政赤字削減策の取りまとめと、法律で定める債務上限の引き上げである。これらがまとまらなければ、本年3月から歳出の強制削減が始まる。連邦債務はすでに昨年末上限の16・4兆ドルを突破しており、米財務省は州への財政支援を停止するなどして当座をしのいでいる。だが、緊急措置も2月中に限界に達するとされ、このままでは国債償還資金が調達できず、米国史上初のデフォルトに陥る恐れがある。
米国が国債償還の資金調達をできなくなると、米国債を大量に保有する日本・中国等、各国にも影響が及ぶ。米国財政への信認が低下すれば、金融市場に混乱を生じる。その混乱は、欧州債務危機を上回る衝撃を世界経済に与えるだろう。リーマン・ショック後、世界経済を牽引してきた中国経済が、欧州債務危機等の影響で急減速した。他の対米輸出依存度の高い新興国の成長も減速している。この中で、世界最大の経済大国・米国の景気までが失速すれば、世界経済は総崩れになりかねない。とりわけ欧州への影響は、激甚なものとなるだろう。欧州では昨24年(2012)欧州中央銀行(ECB)がスペインなどユーロ圏問題国の国債を無制限に買い上げる方針を決め、当面は連鎖的な債務危機は抑止されている。だが、もし米国がデフォルトに陥れば、スペイン、イタリア、ギリシャ等が連鎖的に財政破たんするだろう。
米国がデフォルトとそれによる世界経済危機を避けるには議会の同意を得て上限を引き上げるしかない。オバマ大統領は当然、「議論の余地はない」と強調するが、共和党は慎重姿勢を崩さず、上限引き上げと引き換えに社会保障の削減等を要求するだろう。
米国の中長期的な歳出の削減では、国防費も機械的に削減される。アジア太平洋での米軍の展開に支障が生じれば、わが国の防衛政策は、根幹から揺るがされかねない。中国は、国家的な経済的・社会的危機を、海洋進出による覇権主義的な行動で打開しようと図っている。米国が経済危機に陥ってアジア太平洋での軍備を縮小すれば、中国の軍事行動を誘発しやすくなる。世界的な経済危機が安全保障上の危機に発展しかねない。
次回に続く。
昨24年(2012)末で失効したのは、ブッシュ子政権下で導入された景気対策減税である。所得税やキャピタルゲイン税、配当課税などの軽減税率が廃止されることになっていた。日本の相続税に相当する遺産税の税率も引き上げられることになっていた。米国の国内総生産(GDP)の7割を占めるのは、個人消費である。ホワイトハウスの試算によると、景気対策減税の打ち切りによって、年収5万(約430万円)~8万5千ドル(約730万円)で子供2人の平均的な家庭で年間2200ドル(約19万円)の負担増になり、米国のGDPを2013年に1・7ポイント押し下げると予測された。
景気対策減税の停止だけでなく、強制的な歳出の削減が行われることが決まっていた。政府支出の大規模な削減は、無駄の削除でいいことのように見えるが、需要を減少させるわけだから、不景気の最中に行うと、さらに景気を悪化させる。
米議会予算局によると、減税停止と歳出削減の合計は、2013年度だけで約5600億ドル(約48兆1千億円)に達し、GDPの約4%に当たるとされた。わが国の年間の新規国債発行額に匹敵するほどの規模である。予算局は、米国経済は2013年前半で最大3%近いマイナス成長に陥るとして、「深刻な景気後退」を警告した。
米国の景気が今以上に悪化すれば、世界経済への影響は大きい。S&A、ムーディーズと並ぶ大手格付け会社フィッチ・レーティングスは、「2013年の世界の成長率の少なくとも半分が吹き飛ぶ可能性がある」と予測した。日本経済への打撃も懸念された。経済協力開発機構(OECD)の試算によると、米国が「財政の崖」から転落すると、日本のGDPは2013年で0・4%押し下げられる。内閣府の試算では、バス・トラックの対米輸出が13%、建機は10%落ち込むと予測された。米国が「財政の崖」を回避できるかどうかは、世界的な関心事だった。
●1月1日、ぎりぎりで転落は避けられた
米国の与党・民主党と野党・共和党は、増税と歳出削減のどちらを重視するかで対立した。オバマ政権と与野党の協議は、ぎりぎりまで続けられた。合意が得られなければ、米国のみならず、世界を巻き込む大惨事となるところだった。
幸い「財政の崖」は、回避された。米メディアによると、与野党が合意した回避策では、減税延長の対象は、一部富裕層を含む年収45万ドル(約3900万円)未満に設定された。失業保険給付も延長され、遺産税(日本の相続税に相当)の税率も据え置かれることになった。1月2日に自動的に始まる予定だった国防費などの強制歳出削減は、2カ月延期されることになった。一方で、財政赤字削減に向けた歳出削減など財政健全化策は先送りされた。
オバマ大統領は昨年12月31日の演説で、「中間層を増税から守ることが最優先だ」と強調し、財政再建策については段階的に対応すべきとの考えを示していた。大統領は、法案成立を受け、本年1月1日、ホワイトハウスで演説し、「この法案で(中間層の)米国民の増税は避けられることになった」と評価した。それと同時に「(今回の合意は)経済強化に向けた幅広い努力の一歩に過ぎない」として、膨大な財政赤字の削減等、抜本的な税財政改革がなお必要とされるとの見解を示した。
●2か月後には次の危機が
だが、今回の回避策は、その場しのぎにすぎない。歳出の強制削減の凍結期限である2カ月後には、再び米国の財政は危機的状況を迎える。
米国の政府と与野党は、税制改革や歳出削減の具体的内容を含む財政再建の包括策については合意を先送りしている。次の焦点は、10年間で4兆ドルの削減という中長期的な財政赤字削減策の取りまとめと、法律で定める債務上限の引き上げである。これらがまとまらなければ、本年3月から歳出の強制削減が始まる。連邦債務はすでに昨年末上限の16・4兆ドルを突破しており、米財務省は州への財政支援を停止するなどして当座をしのいでいる。だが、緊急措置も2月中に限界に達するとされ、このままでは国債償還資金が調達できず、米国史上初のデフォルトに陥る恐れがある。
米国が国債償還の資金調達をできなくなると、米国債を大量に保有する日本・中国等、各国にも影響が及ぶ。米国財政への信認が低下すれば、金融市場に混乱を生じる。その混乱は、欧州債務危機を上回る衝撃を世界経済に与えるだろう。リーマン・ショック後、世界経済を牽引してきた中国経済が、欧州債務危機等の影響で急減速した。他の対米輸出依存度の高い新興国の成長も減速している。この中で、世界最大の経済大国・米国の景気までが失速すれば、世界経済は総崩れになりかねない。とりわけ欧州への影響は、激甚なものとなるだろう。欧州では昨24年(2012)欧州中央銀行(ECB)がスペインなどユーロ圏問題国の国債を無制限に買い上げる方針を決め、当面は連鎖的な債務危機は抑止されている。だが、もし米国がデフォルトに陥れば、スペイン、イタリア、ギリシャ等が連鎖的に財政破たんするだろう。
米国がデフォルトとそれによる世界経済危機を避けるには議会の同意を得て上限を引き上げるしかない。オバマ大統領は当然、「議論の余地はない」と強調するが、共和党は慎重姿勢を崩さず、上限引き上げと引き換えに社会保障の削減等を要求するだろう。
米国の中長期的な歳出の削減では、国防費も機械的に削減される。アジア太平洋での米軍の展開に支障が生じれば、わが国の防衛政策は、根幹から揺るがされかねない。中国は、国家的な経済的・社会的危機を、海洋進出による覇権主義的な行動で打開しようと図っている。米国が経済危機に陥ってアジア太平洋での軍備を縮小すれば、中国の軍事行動を誘発しやすくなる。世界的な経済危機が安全保障上の危機に発展しかねない。
次回に続く。