ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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人権30~ハイエクと新自由主義の罪過

2013-01-26 08:50:43 | 人権
●ハイエクと新自由主義の罪過

 資本主義・自由主義と共産主義・統制主義の体制間の争いは、1990年前後に、ソ連・東欧の共産国が崩壊し、自由主義の勝利、共産主義の後退に結果した。後退というのは、東アジアには中国・北朝鮮等、共産主義またはその類似思想による体制の国家が存続しているからである。冷戦の終焉によって、世界的にマルクス主義が大きく後退すると、ケインズ主義と新古典派経済学の対立が主となり、新古典派が圧倒的な優勢となった。その結果、大恐慌後、行われてきた経済的自由への一定の規制、特に金融に関する規制が取り払われていったのである。
 「自由」の名の下、アメリカの金融制度は大恐慌以前に戻ってしまった。ウォール街は、さまざまな金融派生商品(デリバティブ)を開発し、サブプライム・ローン、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)等を生み出し、世界中を狂乱のマネー・ゲームに巻き込んだ。再び資本主義は強欲資本主義と化した。そして、平成20年(2008)9月15日、リーマン・ブラザーズの倒産によって、猛威を振るった強欲資本主義は破綻した。リーマン・ショックは、1929年大恐慌の再来であり、規制や管理を排除した自由な経済活動の結果である。こうした世界経済の問題は、自由と道徳という観点から掘り下げて反省を行わねばならない。ここで語るべき自由の思想家がハイエクである。
 1970年代からケインズ主義の権威が揺らぐなかで、ハイエクの評価が高まった。ハイエクは1920年代からケインズのライバルだった。1980年代、サッチャー、レーガンがハイエクを称え、ハイエクは彼らの政策の支柱と考えられた。ハイエクの説いた思想は、新自由主義と呼ばれ、ソ連の共産主義と闘うために宣伝された。東欧の民主化運動では、ハイエクの主著『隷従への道』が読まれ、共産主義政権の打倒への力になった。冷戦の勝利は、新自由主義の勝利であるという見方が広がった。
 ハイエクは、自由主義とは、17世紀イギリス市民革命において、君主による恣意的な権力の行使に対抗して、政府の権力を規制する必要性から生まれたものだとする。そして、「自由主義的な自由の要求は、個人の努力を妨げるすべての人為的な障害物を除去せよという要求であって、社会なり国家が特定の善を提供すべきだという主張ではない」という。
 これは基本的に古典的自由主義への回帰を説くものである。グリーンやバーリンの分類でいえば「消極的自由」の立場であって、「積極的自由」の立場ではない。ただし、ハイエクの自由は、自己本位・自己中心的な自由ではない。ハイエクは、自由とは社会的な規則を遵守することのなかではじめて存在し、社会的規則とは特定の個人や集団による専制支配を許さないために存在するとし、自生的秩序を重視すべきであると説く。自生的秩序とは、歴史的な過程において自生的に形成されてきた秩序である。伝統によるルールや慣習による法がこれである。こうした自生的秩序に基く自由を尊重しようとするのが、ハイエクの新自由主義である。
 ハイエクは、人間は不完全なものであり、伝統と慣習を尊重しながら知恵を働かせるべきだと考え、デカルトに始まりサン・シモンやマルクスに受け継がれた合理主義的な社会観を設計主義として批判した。ハイエクは、自生的秩序の原型を市場社会に見た。市場社会は自由な社会であり、知識の交換の場である。競争によって淘汰が行われる。市場の失敗を人間の意図的な管理や計画によって克服しようという試みは無益であり、また危険であるとハイエクは考えた。そして、自生的秩序としての市場経済に全面的に依拠した思想を説いた。それは、同時に自由を要求する思想であり、ハイエクの考える市場社会の思想は、自生的な秩序による自由な社会を発展させるはずだった。
 だが、ハイエクの説く新自由主義は、フリードマンやルーカス等、彼の支持者たちによって定式化され、硬直化した。そこに、市場原理主義が生まれた。市場原理主義は、新古典派経済学の単純化された競争均衡モデルに基づき、政府が自由放任的な立場を取っていれば、市場メカニズムが最適な資源配分と秩序の均衡をもたらすという思想をいう。新自由主義・市場原理主義は、自由競争、規制緩和、「小さな政府」を説く。1980年代以降、その政策が、投機的な投資家や巨大国際金融資本に活動の自由を与え、強欲資本主義の暴走を許すことになった。伝統や慣習に基づく自生的秩序は破壊され、市場は金融工学によって操作される一大賭博場と化した。ハイエクの思想は、彼の意思を超えて、弱肉強食の闘争世界を生み出す要因となったのである。また新古典派経済学は、自由を世界に広めるという理念のもとに展開されるグローバリズム(地球覇権主義)の中に組み込まれ、超大国アメリカの世界戦略に寄与する理論に転じてしまったのである。

 次回に続く。

関連掲示
・ハイエクについては、下記の拙稿をご参照ください。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13n.htm
 拙稿「救国の経済学~丹羽春喜氏2」第1章(4)「フリードリッヒ・ハイエクの不作為」