赤いハンカチ

夏草やつわものどもが夢のあと

▼寄る年波の小説作法

2020年11月16日 | ■文芸的なあまりに文芸的な弁証法

<以下昔の記事より 2008.07.14 記>

 

かもめさんの文章は思いいれと思い込みが強すぎるようです。ノンフィクションには向いていないようと思いますね。そんな調子でいくら書いても「いいかげん、誤認、無知・無理解」と言われたり、時には「うそつき」と呼ばれかねません。心当たりもあるのでは。かもめさんには、ぜったいフィクションが必要です。

こんにちは。おっしゃる通りで図星です。わたしの無学は、自他共に認めていることで、いまさらどうにもなりません。そうですね。確かに「うそつき」呼ばわりされることもしばしばありました。ただ「思い込み」ということについては、言語活動の原理的問題であり、人は思い込んでいることがあるから文章を書くのでしょう。思い込みは自熱をあげる。なんらかの主張があるから、ここ一番で筆をとるのです。熱がなければ、そんなことはできませんよ。逆に言えば、文章を書くということは、気持ちに多少なりとも熱が必要だろうと思っています。もちろん熱も程度問題でしょうがね。いくら熱っぽいのがよいとは言っても、興奮したままでは、筆は取れません。ここが問題なのです。フィクションについては、まったく同感です。自分でそう思ってはいるのですが、なかなかうまくいきません。石川淳が何かに書いていたのですが、誰にとっても文章というものは書いているうちに、おのずとフィクションに向かっていくそうです。ま、わたしの場合、不向きだということですよ。フィクションにしてもノンフィクションにしてもね。文章を書くという、そのことの意味が薄いのかもしれませんね。それに文章のジャンルについては、明確な区別を避けたい気持ちもある。たとえば理系だとか文系だとか、さらに右だとか左だとか。われわれが習い覚えて脳内に刷り込まれている、文芸思潮各種などに見られる既成の枠組みに与(くみ)したくないのです。よって、他人が読んでも、小説だか随筆だか、さっぱりわからない様なもののほうが、自分には合っているような感じもしています。最後の区別は他人に決めてもらえばよいと、そう思っている。最初から、これから小説を書きますと自信たっぷりに動機付けて、断言できる筋合いは、わたしにはまったくと言って皆無なのです。既成の枠組みと言いましたが、実際、かなり失望しているのです。わたしが見たところの範囲で、すなわちわたしが理解している現行のジャーナリズムとか「文学」とかにね。いまや、これといった作家もジャーナリストも、一人たりとていませんね。彼らは、総じて脳のない馬鹿ばかりだ。もちろん私だって似たもの同士ですよ。何にもわかってはいないのです。文章なんぞには、自分の現実的な幸福も不幸も、もとより存在しないのだから、しょうがない。よって自分の書いたものの、分野や形なんぞ、どうでもいいと思い始めている。形をつけることも才能のうちだとは、わかっているのですが、結局、私には、その能がないと断念した。仕方がない。そもそも文章を書かねばならない義務もなければ義理もないのです。さて、わたしもすでに還暦です。人様から恋愛詩や童話を書けといわれても、とうてい無理な話です。昨日また前歯が一本抜けてしまっただ。総入れ歯の算段だ。色恋沙汰は無理難題。涙は枯れた後の祭りよ。よる年波には勝てないものだす。

かもめさんには、最低限、調べる作業が欠けています。

これも、おっしゃる通りだと思います。仮に文章を書こうとする場合は、むしろ、そんな調子で行くしかないとすら思っているところです。作業を欠かす、調べない、構築しない、専門家の意見を無視し、知識を無視し、心理描写を無視する。なにもしないで、残ったものがあるとするなら、それが私の文章を書くという行為です。逆説どころか反逆していると思われるかも知れないが、こうした気持ちは、かなり確信に近くなっています。そうですね。歌物語のようなものでしょうか。俳句は、よく分からないのですが、和歌のひとつでもいいでしょう。最終的に、世間に提出できるものは。それがわたしの狙っている私の文学だと思っているところなり。極言にしか聞こえないかもしれないが、他からはなにも学ぶつもりもありません。学べないでしょうね。感じることだけです。それが自分の心にとどまるならば、少々は良きものに、影響されているということもあるでしょう。それが生活ですよ。作家や知識人や図書なんかには、金輪際影響されたくないですね。日々の報道なども、現在はほとんど気にならなくなりました。新聞も雑誌も見ていませんよ。ま、ネットの報道は見るけれどね。ネットで読むものと言えば、スポーツ記事ばかり。それと知り合い各位の意見、主張など。枕元には、相変わらず、小林秀雄関係の本が山積みされている。それだけですよ。歌物語とは言っても、これまた私の実力では、到底及ばないとは思っていますね。気持ちは、そうだというほどのことです。歌なら、いくらでも作ってみたいとは念じるが、比喩的に言うなら、今後自分の書く文章は、たとえ散文でも、歌にしたい。歌うように書きたいという願望です。歌心も文章にしなければ、どうにも伝わらないことは分かっている。文章を書くという行為で果たされる幸いは、歌うことですよ。文章の底には、詩があるのです。なければならないと、そんなことを思っている。書いたものが意外に、小説風になる場合もあるかもしれない。何々風だというのは、人が決めること。それでよいだろうと思っている。

パウロなど、ローマ語に通じている人材が出てきたからこそキリスト教はローマ国教、ひいては世界宗教になりえたのです。

これは、まったくその通りでしょうね。ですから、イエス後に書き記された聖書とされる弟子たちの記した福音や手紙なども、本当のところイエスが生きていれば、どう思うかは、わからないのですよね。イエスやソクラテスが著作を残さなかったということは、確かに時代の制約ということもあったでしょう。でもわかることは、さほど著作、すなわち文字や記録にこだわっていないということだけは、わかるのです。だが、歴史は、当人の思いとは、若干違った風に進む。卑近な例として、子どもの詩の場合を述べてみたわけです。子どもは別に詩作しているつもりはない。通常通りにおしゃべりしている。だが、それを聞きつけた大人が、詩であると認識したからこそ、公表されるのでしょう。善悪の問題ではぜんぜんない。実に不可逆的な、不可抗力のようなものが働いて歴史が進んでいる。有名なマルクスの話がありますね。晩年のことですが、「自分はマルクス主義者ではない」と断言している。マルクスが生きて発言できるとすれば、スターリンは言うに及ばずレーニンでさえも、自分の弟子だとは到底認めなかったかも知れませんね。こういうことがあるというよりも、こういうことだらけですよ。歴史ってもんは。あらゆる現象が偶然の賜物であり、誤解の産物ですよ。正論は隠されている。隠されたまま歴史はどんどん進んでいってしまう。むしろ必然性なんか、なにもないと言っても過言ではない。仮説のまっただなかで、われわれは生き死にしている。そう思えば、なんぼか気持ちも楽になる。偶然性こそ、自由の源ですよ。何ひとつ決まっちゃいませんよ。

歴史を見れば高度化した文字は特権階級の独占物だったという事実にぶち当たります。どこの国でも王族や僧侶階級が文字を独占し、自分たちの「歴史・真理」を管理していたわけです。そうすると、「著作する」ことは在野の聖人たちにとっては必ずしも有利ではなく、彼らの目的と合致しなくても不思議ではないかもしれません。ほかにもいろいろ「理由」が考えられます。

著作の有無は、政治的に有利不利の問題ではないでしょう。在野の聖人だから、というくくりつけも、論外ですよ。言葉とは、当初、どういうものだったのか、これをよくよく考えておかなかければならないのです。少なくてもわが国で、言葉が文字によって記されたのは、「古事記」が最初の事件だった。古事記以前に、筆記すべき日本語というものは、なかった。すべて口承によって交換されていたのです。話し言葉だけの世界だったのです。当時、世界は、そういうものだった。漢字という中国語の到来してきた。漢字を、あるルールを作りつつ、日本語に当てはめていったのです。万葉仮名と言われるものを見ればわかるが、最初は当て字だらけだった。意味を採用したり、音だけを採用したり、しつつ漢字を、日本語に置き換えて、書き言葉としての「日本語」が出来上がってきたのです。模倣ですよ。模倣が蔓延して、民族に特有の言語が生まれることもあるでしょう。

歴史は支配者の軌跡だと、よく言われるが、確かに歴史の前面に写されているのは、支配者による政治的経済的覇権争いと支配者たる地位と生活を謳歌している有様ばかりだが、それはテキストの表面上のことです。物語の底に人々の確たる歴史が垣間見えてくるのです。では人々の歴史とはなにか。一言のもとに言ってしまえば、衆愚の歴史といえないこともない。文字に書き付けられた意味に惑わされ、実に簡単に教祖の言辞を頭から信奉してしまう。そしてまた共同体の中に、異論者が出てくる。意見違いから四分五裂し、セクトが生まれる。セクト間で、喧嘩が始まる。戦争にも及ぶ。キリスト教にしても、仏教にしても、いまや何通りのセクトに分かれているか、数え切れないほどです。これが衆愚というものの有様で、まさにセクトの発生と、戦争こそ歴史の醍醐味という様相を呈している。セクトを、すこし今日風に平和的に換言するなら、いわゆる「業界」のことですよ。衆愚の集う「業界」は、どうしても「悪貨は良貨を駆逐して」いかざるを得ない。悪貨が制覇する過程、これが人の歴史の王道ですよ。

文学や芸術に歴史はない。もちろん過程もない。わたしはそう言いたいほどだ。進んでいるのか、退歩しているのか一向に判別できない。それが「私」の文学です。はっきりしているのは、年老いていくことだけだ。それが「私」の人生です。ではなぜ、衆愚はいさかいを起こすのか、なぜ論争したり議論したりするのか。おそらく心の底に、やみがたい不平不満があるからでしょう。自己を主張しなければならないからでしょう。食い扶持をめぐって、言い分をめぐって、どうしても主張しなければ生活が成り立たないという現場の問題がある。あっちの教祖の言っているように、生活したり物を考えていたんでは、自分の不利になるばかり。こうして「私」は集団をつくり徒党する。歴史とは集団の歴史となる。社会は、いつだって質よりは量をもって、良しとするのです。私より集団を重んじるからです。こうして、歴史は破竹の勢いで良貨をつぶしていく。価値が平等化される。均質化される。これも歴史だ。これはいずれも社会原理と言っても良い。社会とは集団のことですよ。「私」の原理ではない。集団化された私は衆愚となる。集団から文学が生まれるわけがないでしょう。集団が作る文章は、せいぜいスローガンか、まれに法律文ぐらいなものです。こんなものは、ただの記録にしか過ぎない。文学的には二束三文ですよ。

文学といえる言葉は、あくまでも「私」です。「私」以外のところから、文章が生まれるわけがない、その覚悟を決めることこそ困難なのです。ところで、心がゆすぶられる子どもの詩は、学校などで机に向かって、さあ「詩を書きましょう」といって書かれたものではない。そのときも指摘しておきましたが、多くの場合、お母さんなりと対話しているときのおしゃべりですよ。本人は、詩を作っているとは、毛頭考えていない。そういう場合が多い。では、そのときの子どもさんのおしゃべりが、詩であると認識したのは、誰でしょう。少なくても本人ではないのです。子どもの詩がステキなのは、まだ衆愚にはなりきっていないからでしょう。言葉と肉体が同一化されている。痛いときは、率直に全身で、痛いと伝えてくる。言葉を発するに、どのように受け止められるかという、他人に対する疑いを持っていないのです。だから、子どもの言葉は大文学なのです。これに比べれば、小説家でござい、ジャーナリストでございなんて威張っているのは、馬鹿もいいところではござんせんか、と申しているのです。

こうしてみると、かもめさんが力説する「ソクラテス、イエス、孔子、釈迦の4大聖人たちは文章を書かなかった」というテーゼもかなり一面的だと考えられるでしょう。

大昔は、今日のようには文字による記録、すなわち図書やジャーナリズムは重んじてはいなかったと思われるのです。イエスといい孔子といい、本人の気持ちとしては、自分が吐く言葉は、言いっぱなしのようなものだったのではないでしょうか。彼らにとっては、それでよかったのです。言葉とはそういう次元の問題だった。図書にする必要も記録する必要もなかったと思われるのです。これは、記録と文字優先の現代社会では、とうてい想像もできない、古代人の持っていた独特な感覚だっただろうと思うのです。驚くべきことですよ。キリスト教を世界宗教にしようなどとは、イエスは、これぽっちも思っていなかった。イエスの言葉を、世界に普遍的なものにしようと、たくらんだのは、弟子たちの悪徳にほかなりません。悪徳といっては語弊があるが、言葉というものも、また、最初の聖人の精神など、おかまいなしに良いも悪いも含有させて、有無をいわせずに広がっていく悪弊があるのです。

たとえばアメリカ先住民は部族ごとに言語は違いますが、かなり高度な手話を持っていました。手話が共通言語の役割を果たし、広いアメリカ大陸に多数の部族があったにもかかわらず、お互いに意思の疎通が計れていました。これは先住民同士で合議して共通手話を開発した、というのではなく、むしろ先に身体言語としての手話があって、それが共通しているので意思が通じ、あとからそれぞれの部族言語が成立したと考えるのが妥当でしょう。こうして見ると、「文字に対する言葉の優先性」というテーゼは、言語というツールを狭い範囲に置いてしまっていることが分かります。事実としては「文字も言葉も人間のコミュニケーション・ツールとして同時に、あるいは交互に発達した」のではないかと思います。

確かに文字は記号です。おそらくわれわれが知る以上に、古い時代から存在していたのでしょう。絵文字なり、その他もろもろの、多少なりとも部族内で共有化できていた記号があったはずです。しかし、それを言うなら、やはり世界の言語に共通しているものをはずしては話になりません。共通しているもの、それはなんでしょう。人の肉体の喉を通して発せられた音声ですよ。文字も記号なら、音声も記号ですよ。文字のない言語や言葉は多数ありました。近代以前の言語体系は、地球上に6000ほどあったと言われている。その多くが文字を持たない音声だけの言葉でした。アイヌをはじめ、むしろ文字を持たない言語のほうが、かつて日本語がそうであったように、多かった。そうした中にも、文学はあった。むしろ文字がないからこそ、人々の話は、文学に満ちていたとさえ想像できるのです。人々は声を交わして歌や詩を読んでいたのです。それも日常的に。誰しもが、普段に。万葉集や梁塵秘抄などから、そうしたことがうかがわれます。図書や知識にこだわるのは、われわれが囚われている近代の迷妄にすぎないのです。

かもめさんの文章から気がついたのですが受け売り・引用ならともかく、オリジナルな哲学論理を書く場合はやっぱり大変です。その点、かもめさんの場合も、小説なら思いついたらすぐ書けるので楽ですよ。

わたしは、「オリジナルな哲学理論」を書いているつもりも述べているつもりもないのです。オリジナルか、受け売りか、また哲学なのか文学なのか、邪道なのか、それらすべて他人が考えればよいと、以前にも言ったことがあるが、そんな風に思っています。それに、哲学論理は大変で小説は楽だという、あなたの主張も私には初耳ですね。初耳というより、それらしい言葉は何度か聴いたような気もするが、そうもはっきり聞こえたのは、初めてのような気がします。先日も、あなたから言われました。無学なものが、なにか文章を書こうとするなら、ノンフィクションよりフィクションを書けと。ま、どうせ調べもせずに書く「かもめ」の場合はと言いたいのが主旨のようで、それは、ひとえに好意的に受け止めておきますがね。しかし、そうでしょうかね。哲学論文であれ科学論文であれ、なんでもいいが、その種の論文などを書くことより小説は楽でしょうか。私はぜんぜん、そうは思わないですね。また、思いつきで哲学論文を書くのは不可能で、その点「小説」は思いつきでやっていけるような言い方ですが、それもどうかと思いますよ。文学にジャンルというものはないと、前にも書いておきましたが、あなたの俗論を拝見してますます自説を崩す必要はないと心得ました。科学論文も哲学論文も文学ですよ。話されたこと、書かれたこと、すべて文学の種ですよ。後世の人々が、決めるのです。パスカルの「パンセ」は十分に文学ですよ。プラトンの全著作は、むしろ哲学というよりは、劇作のようなものですよ。少なくてもプラトンは、そう思って文章を書いていた。内村鑑三の「余は如何にして基督教徒となりしか」は、文学ですよ。福澤諭吉の「学問のすすめ」も文学です。それぞれの出版社が「日本文学全集」なりを編集するときは、まず第一巻の筆頭に掲げておくべき、近代文学の重要な作品です。彼らは、小説なんて、これっぽっちも書こうとは思っていなかったはずです。成功しようとも、思っていなかった。後世の文学全集の巻頭を飾るべき作品を書こうなんて、これぽっちも思っていなかった。こうした事情は「源氏物語」にしても然りでしょう。結局、どういう書き物が文学として成立可能か、という大問題は、多くの場合、書いた当人には、あずかり知らないことなのです。今日でさえ書いたものではなく、話したことが、第三者によって伝えられたり、また筆記されたりすることはよくあることですが、これらが文学にはなり得ないとは、断言できません。かように何が文学かとは、歴史的なことなのです。われわれ主体者は、いずれにせよ書き、話をしながら、生活しているという、ただそれだけのことですよ。書いた物が哲学論文か、小説かなどという判断もまた最終的には本人にはできないような気がしますね。もちろん文章を書いた本人様が、自分の書いた文章こそ小説なりや、文学なりや、哲学なりやと、うぬぼれるのは勝手です。私は知ったこっちゃない。

ある人に言わせれば私たちは「草野球」だそうですが、かもめさんは、ふみの会の会員であるにもかかわらず、その草野球にも入らず、グランドの外で酒を飲みながらあらぬ方向へ野次っている存在にしか見えません。

私は「ふみの会」を「草野球」だとは思いませんよ。そもそも文学に「草」も「プロ」もないですよ。また、職業作家(売文稼業)などから見れば同人誌がごとき、草野球とみなされても、よくある話で、いちいち反発するほうがどうかしているのです。文学なんぞ、誰も理解してくれてはいませんよ。少数の人間が、たまたま面白がって読んでくれるという程度ですよ。理解よりは誤解のほうが、圧倒的に蔓延しているのです。これは悲観して言っているのではない。大昔から、事の真相や正論というものは、孤立していたのです。一般大衆の誰からも理解されるなんて現象は、決してほめられたことではないのです。草野球でいいじゃないですか。野球さえできるなら。

クレーマーでも社会評論家でもなく、俗流哲学者でもなく落書き魔でもなく、ブンガクするかもめさんが見たい。

ま、あなたが私に対して言いたいことは、せめて「ふみの会ニュース」に文章を投稿したらどうだ、というあたりだとは思っています。そうした善意からの助言については感謝にたえない。だが、どうも自分の気持ちを見透かしてみるに、ますます雑誌や活字媒体というものと自分の文章との距離が開いてきてしまったようです。いつかも言いましたが、活字や雑誌というものが胡散臭くてならないのです。出版物の言辞言説が、ネットなどに比べて、まどろっこしく感じられてならない。そうした態度は、ブンガクをやっていることにならないと、人様から非難されても反論する気持ちにもなれません。知人友人から、私が、そのようにしか見ていただけないなら、そりゃしょうがない。見てくれたままでよいですよ。私の方からは、どう見てほしいなどと望むべきもないことだ。どのように見られようと評価されようと、勝手です。私について、なんと言われようと、ちょっとやそっとじゃ、これまでの私のモードは変わらないと思いますね。自分で良いと思っているのだから詮方なし。これは確信です。なんと言われようと、あたしゃワンカップ片手に、目の黒いうちは、こんな調子でまずはネットに書いていきますよ。それぐらいの自由はある。飯が食えて、屋根の下に眠れ、あとはパソコン一台あればよい。他には何ひとつ、ほしくはないですね。たまに自分の内心に向かって、法螺をふいたりする。自分は、幸せ者だ。それが証拠に、四六時中、ブンガクをやっていると。


●やく 平原愛弓(東京都 小1年)

おかあさん
べつにげきを
しているわけじゃないんだから
あゆみがちらかしやくとか
おかあさんがかたづけやくだねとか
いわなくてもいいじゃん


「子どもの詩」(1995年 花神社)より

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3 コメント

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ベルグソン論 (furuhara)
2007-07-15 15:49:36
彼の親戚は、魔術業界ではかなりの著名人。学研ムーブックス「白魔術・黒魔術」に書いてあった。暇じゃないひとも無理して暇を作って調査してほしい・・
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Unknown (アイヌ土人)
2022-05-03 07:40:12
アイヌをはじめ、むしろ文字を持たない言語のほうが、かつて日本語がそうであったように、多かった。

アイヌ土人に楯突くと必ず来店して大便漏らして反撃するから
注意しろ。
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Unknown (桜坂智史)
2022-05-03 07:41:50
ベルグゾン、ベルクソン、
とにかくケアレスミスに楯突くしか能がない。
返信する

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