因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

新国立劇場『デカローグ 1-10 愛と人生の十篇の物語』よりAプロ、Bプロ

2024-05-04 | 舞台
*クシシュトフ・キェシロフスキ/クシュシュトフ・ピェシェヴィチ原作 久山宏一翻訳 須貝英上演台本 小川絵梨子/上村聡史演出 公式サイトはこちら 
新国立劇場小劇場 プログラムA∔Bは5月6日終了
 映画は90年代に公開されたとき、全作観ている。(2021年デジタル・リマスター版公開時の公式サイト)。何かに取り憑かれたかのような気持ちだった。それが舞台化されるとは!

 本作は旧約聖書の「モーセの十戒」、神がエジプトの支配から脱出した民へ与えた10の戒めがモチーフになっている。公演パンフレットには、翻訳をつとめた久山宏一による映画の成立と十戒の構造についての詳しい寄稿が掲載されている。映画には1話ごとに十戒の文言が添えられているが、今回の舞台にはそれがない。創作側の意図のひとつであろうか。

 映画は神の戒めに沿って、10の物語を生きる人々の息づかいや体温を、思い悩み、迷う人の心、あやまちを冒してしまう悲しみを容赦なく描きながら、温もりや希望までも、あくまで言葉少なに描く(聖書に記された「十戒」と全く同じではなく、たとえば偶像崇拝の項が無かったり、「盗んではならない」が「他人の妻を取ってはならない」と「妻」に特化している等々、若干の齟齬があることもこのたび気づいた)。映画の内容をつぶさに記憶しているわけではないが、心を強く掴まれた感覚はいまだに深く、その影響からは逃れられそうにない。失った記憶を取り戻すためにも、映画のパンフレットに採録されたシナリオを読み返して観劇に臨んだ。

★プログラムA 小川演出
 「デカローグ1 ある運命に関する物語」・・・大学の言語学の教授で無神論者の父クシュシュトフ(ノゾエ征爾)は12歳になる息子パヴェウ(石井舜)と仲良く二人で暮らしている。信心深い叔母のイレナ(高橋恵子)は父子を案じている。パヴェウは父から贈られたスケート靴で凍った池をすべりたい。二人はコンピュータを使って、氷の厚さを予測する。この日ならば氷は絶対に割れないはず…。
 「デカローグ3 あるクリスマス・イブに関する物語」・・・タクシー運転手のヤヌシュ(千葉哲也)は、妻子と楽しいイブを過す良き父、良き夫である。だが夜遅く、元恋人のエヴァ(小島聖)が訪れ、失踪した夫を一緒に探してほしいと訴える。
★プログラムB 上村演出
 「デカローグ2 ある選択に関する物語」・・・オーケストラのバイオリニストであるドロタ(前田亜季)が、同じ団地に住む医長(益岡徹)を訪ね、入院中の夫(坂本慶介)の余命を知りたいと言う。彼女は愛人とのあいだに子どもを身籠っていた。
 「デカローグ4 ある父と娘に関する物語」・・・娘アンカ(夏子)は演劇学校で学ぶ快活な少女だ。母はアンカが生まれた時に亡くなっているが、父ミハウ(近藤芳正)と仲良く暮らしている。アンカは「死後開封のこと」と父の筆跡で書かれた封筒を見つけた。その中には?

 物語の主軸になる人物と、複数役を兼ねて複数の物語に登場する人物が入り混じるなか、亀田佳明がもの言わぬさまざまな役柄で全10本すべてに登場し、人々を見守る。

 舞台中央には団地の部屋が作られ、そこを中心に進行するが、前面や両サイド、舞台奥は、団地にある池や病院の診察室、タクシーが走る車道など、野外も含めて別の空間となる。舞台美術や照明、音響などにさまざまな工夫がなされ、観客の想像力を喚起し、物語の世界へいざなう。

 敢えて1から順に進まず、1と3、2と4の組み合わせになっている。ここにも何らかの意図があるのだろう。

 映画はポーランドのワルシャワ郊外の巨大団地に暮らす人々を1話ずつ点描する形だが、少しずつ繋がりを示しつつも、決して「これですべてのピースがぴたりと嵌った」という達成感に持っていく作りではない。あくまで自然である。

 演劇は、互いに生身の存在である俳優と観客が構築する時空間であることを改めて実感した。映像よりも「伝えよう」「示そう」という一種の圧がある。なので観客側もある人物が別の物語で再登場すると、そこに意味を見出そう、物語にどう作用するのかと答を探そうとしてしまうのである。

 正直なところ、映画を舞台作品として新たに創造した意図を、今一つ確かな手応えとして掴みかねており、半信半疑状態でこの文を書いている。『デカローグ』はまだ始まったばかりだ。また心を新たに、次のプログラムに臨もう。

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