因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝『冬の花 ヒロシマのこころ』

2012-10-03 | 舞台

*小山祐士作 兒玉庸策演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアター 15日まで(1,2
 劇団民藝と劇作家小山祐士の交わりは長く深い。『泰山木の木の下で』、『瀬戸内海の子供ら』、『十二月-下宿屋四丁目ハウス-』、『二人だけの舞踏会』、『星の牧場』(脚色)を経て、まさに満を持して『冬の花』上演を迎えた。 
 自分は一昨年冬に『十二月』を観劇し、戦争の足音が次第に迫るなかで、あまり声高に語ろうとしない人々のすがたに感銘を受けた。対して戦後に書かれた『冬の花』は、サブタイトルに「ヒロシマのこころ」とあるとおり、広島に投下された原爆を色濃く反映した作品である。さらに登場する人々の人間関係が大変赤裸々で、とくに主人公の門田仙吉、公枝夫妻のやりとりは聞いていてはらはらさせられる。反戦を訴える方向性はもちろんあるが、舞台から強く発せられているのは戦争体験の苦悩を共有できないために互いの関係がぎくしゃくし、傷をいっそう深めてしまう痛々しい様相なのである。

 第二幕に登場するベトナム戦傷孤児グエン・ドアンのことをぜひ書き記しておきたい。爆撃であごの骨や舌の根本まで失う重傷を負い、現地の手術では完治せず、日本でのさらなる治療と学問を求め、反戦を訴える日本の人々の支援で広島にやってきた。上演台本を読んだときは、ほかの人物にくらべて出番も台詞も極端に少ないうえに、その台詞は片言の日本語であることもあって、いささかとってつけたような印象をもったのである。

  本公演でグエンは新人の平山晴加と山田志穂のダブルキャストが配されており、筆者の観劇日は山田志穂さんであった。支援者とともに門田夫妻の家にグエンがやってきたとき、公枝は少し距離をおいて彼女としばし見つめ合い、涙ぐむ。公枝はことばをうしなったかのようだが、やがて「大変でございましたね、ようくいらっしゃってくださいました」とグエンの手をとり、グエンは「アリガト、ゴザイマス」とお辞儀をする。

 グエンが登場したとき、舞台の空気が一瞬にして柔らかで優しいものになり、まさに可憐な花が咲いたかのようであった。もしかすると題名の『冬の花』を象徴する存在とも思われる。戦争に青春を奪われ、深く傷ついた50代の人々の苦悩が描かれる物語前半は客席でみていてもなかなか辛いものがあり、それを背負った状態でのぞむ第二幕で、グエンのはにかんだ笑顔とそれまでの不安定で攻撃的な言動ではなく、まるで自分の娘であるかのように、いやもしかしたら20年前の戦争で傷ついた自分自身をみる思いだったのか、グエンをみつめる公枝の表情と、万感の思いのこもったみじかい言葉に胸をつかれた。

 ベトナム戦争で傷ついたこの少女が『冬の花』において非常に大切で、ぜったい必要な存在であることが、この場面をみてはじめてわかった。上演台本を読んだだけではわからなかったことである。

 『冬の花』が開幕してすぐ、大滝秀治さんの訃報を聞く。10月2日に亡くなり、葬儀は近親者で済ませたとのことだ。大滝さんの舞台を拝見したのはたしか90年代のおわり、『巨匠』の1作だけである。テレビドラマや映画、コマーシャルでしょっちゅうおみかけするせいだろう、「いつも身近にいてくれる、おもしろくて大好きな大滝さん」のイメージに甘えて、舞台に足を運ぶことをなまけていた。不勉強を悔やむ。

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wonderlandに劇評掲載 鵺的『荒野1/7』

2012-10-03 | お知らせ

劇評サイトwonderlandに拙稿「劇作家の幸福」が掲載されました。8月に観劇した高木登作・演出、鵺的第5回公演『荒野1/7』(観劇直後のブログ記事)です。文末に触れたとおり、本作についてはwonderland編集長の水牛健太郎さんによる劇評「濃厚な演劇らしさ」が発表されておりますが、編集部の皆さまのご好意により、当方の執筆の願いがかないました。この場におきまして、厚く御礼申し上げます。
*文中ハマカワフミエさん演じる永遠子を末っ子、森南波さん演じるみずきを次女と誤認識しており、先日訂正いたしました。永遠子が次女、みずきが末っ子の三女になります。関係者のみなさまにお詫び申し上げます。

 小説家の曽野綾子の生まれ育った家庭は、父親の暴言、暴力に支配され、母と娘は心中未遂まで追いつめられたこともあり、娘の願いは少しでも早く両親が離婚し、自分と母が暮してゆける経済力をつけることだったというから、まことに辛い少女時代だったと想像する。
 しかし曽野の小説やエッセイからは、両親への憎しみや恨みは感じられない。テレビの対談番組で、「おかげで仲の悪い夫婦を小説に書くのに、大変得をいたしました」とにこやかに語るのをみたこともある。不幸せな生い立ちや暗い家庭環境は、創作活動にとってはむしろ宝の山であり、秀作に結実することの証左であろう。

 9月24日放送のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に、脚本家遊川和彦が登場した。当代きっての売れっ子脚本家に、家業が倒産して父親がよその女性と蒸発してしまい、貧しさや悲しみと必死で闘った壮絶な少年時代があったことを知った。いつも不機嫌そうで、多少笑っても心からの笑顔にはみえない。しょっちゅう撮影スタジオに顔を出し、俳優にも手厳しいことばを投げつける様子に驚いた。遊川は物語は自分の中にあり、劣等感やコンプレックスが作品を書かせている?と語る。

 大ヒットドラマ『家政婦のミタ』で、長谷川博己演じる親の自覚が持てない父親は、これまでみたたくさんのドラマにはおよそ登場しないものであった。幼い娘から「わたしのこと、好き?」と必死で問いかけられて、この父親は「わからない」と言うのである。これにはいくらなんでもと驚いたが、やがて「おれをおまえたちの父親にしてくれ」と泣きながら懇願する父親のすがたに納得した。遊川が父親の思いを想像しながら、みずからの父親への思いを投影させたのだ。

 いやミタさんの話ではなくて、今回自分は劇作家高木登の幸福について考えました。
 どうかお読みくださいませ。

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