因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

鵺的第2回公演『不滅』

2010-06-24 | 舞台

*高木登作・演出 公式サイトはこちら 下北沢「劇」小劇場 27日まで
 どこかの観光地のホテルのオープンテラス。テーブルがふたつに椅子が数脚、上手奥にベンチがあるだけだ。凹凸(おうとつ)のある白い壁には、中央に赤い溝のようなものが掘られている。最初に登場するのは携帯電話からメールを打っている女子高生(板倉美穂)とその父親(荒井靖雄)。年頃の娘が父親を疎ましく感じるにしては、少々度を越した嫌悪の表現に、早くも不穏な空気が漂う。つぎはテーブルの裏側を触って何かしている男(浜野隆之)と、奥のベンチでメールを打っているさっきの女子高生に執拗な絡み方をする男(実近順次)がいて、続いて男はわけあり風の男女(平山寛人、菊地未来)にも、暴言を吐き、ひどく暴力的な振る舞いをする。この人々はなぜこのホテルにいるのか、どういうつながりがあるのか。

 旗揚げ公演の『暗黒地帯』において、ぎりぎりまで人を追い詰めていく高木登の筆致はいよいよ鋭く激しくなり、それが顕著に示されるのは前半では病的なまでに相手にからむ男であり、後半は一見普通の人と思われたが、次第にカルト集団のリーダーのごとき暴走をはじめる男である。

 少年時代に大罪を犯した過去をもつ青年を演じた平山寛人の造形がみるものを惹きつける。懸命に彼の心に寄り添おうとする恋人役の菊地未来の質実なすがたや、前作『暗黒地帯』ではこれ以上ないくらいに感じの悪い居丈高な在日韓国人を演じた荒井靖雄が、今回は実に辛抱強い演技をしていて、これも心に残る。そのなかで特殊で極端なキャラクターである男ふたりと女子高生の位置づけと、特に演技に関しては少し違和感をもった。もちろん人々の関係に対して破壊的な言動をとる人物であるのだから、ことばづかいや振る舞いが暴力的になるのはいたしかたないだろう。しかしもっと抑制して直接的でなく、切れ味の鈍い刀のような、ざらついた味わいを出すことはできないだろうか。

 本作のキーワードは「人間って脆い」である。17歳の少年が犯行声明文に記した言葉だ。あっけなく殺されてしまう人間の命は脆い。心に抱えた鬱屈をコントロールできずに凶行に及んでしまう人間の心は脆い。殺人者をヒーローに見立てて自分を投射し、代理殺人を幇助する人間の心も脆い。娘と心を通わせられない父親、恋人から拒否されてしまう女性もみなそれぞれに脆さをもっている。その両者の葛藤がみるものの安易な予想や思い込みを破壊するかのような激しさで描かれる。

 自分は生きていて、家族や友人も生きている。殺人を犯したことがない。これは言いかえれば、自分も周囲の人々もいまのところ生きており、自分もいまのところ人を殺すほどには至らずに済んでいるだけだと気づかされる。救いのない結末に暗澹たる気持ちになりながら、本作のタイトル『不滅』について考えた。公演チラシには、「決して滅ぶはずのないもののかたちが失われたと知ったとき、彼らはただ風吹きすさぶ荒野に立ち尽くすしかなかった」とある。これは父親と恋人の終幕の姿と思われるが、自分は「不滅」とは、人が生まれながらに持っている原罪と、生きている限り繰り返す罪の連鎖が不滅であることの絶望とともに、それでも人のなかにはきっと人間らしさ、人間的なものが消え去ることはない、不滅であってほしいという願いではないかとも思うのである。これは自分がよく陥ってしまういつもの思い込みかもしれないが。

 心理学でも法律でも宗教でもない、演劇ができる人間のすがたの示し方、演劇による魂の救済が可能なのか。そういう問いを今夜の舞台から受け取った。

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