因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

パラドックス定数第16項『三億円事件』

2008-10-08 | 舞台
*野木萠葱作・演出 公式サイトはこちら 下北沢OFFOFF劇場 5日で終了
 劇団初見。小さなOFFOFF劇場を対面式の客席に作り変え、舞台は一貫して三億円事件の捜査本部の会議室だけで進行する。全編ほとんど喧嘩腰の議論が続き、演じる方もみる方も覚悟が必要な舞台だ。

 実際にあった出来事、事件をもとに舞台を作るのは、これまでも多くの劇作家が試みていることである。猟奇的事件の内面を深くえぐり、人間が根底に持っている恐ろしいものを徹底的に描き出す山崎哲、ある事件の背景や関わった人々についての考察を、演劇という方式によって何が真実なのかを問いかける坂手洋二。また信じがたい凶悪事件を「ネタ」あるいは劇作の「きっかけ」として、自分の描きたいものに投影させていく作家もいる。

 事件そのものについて自分は恥ずかしいほど何も知らないため、この舞台のどこまでが真実で、どのあたりが劇作家の想像であるのか、当日チラシに掲載の参考文献がどのように影響を与えているかもわからない。多くの資料にあたり取材をして事件を検証し、新しい仮説を提示することが目的ではなさそうである。登場するのは府中署の刑事4人と本庁から送り込まれた4人の刑事、合わせて8人の男たちである。時効成立まであと3ヶ月に迫った捜査本部で、いわゆる所轄の刑事と本庁のエリートたちが激しい攻防をみせる。彼らは事件解決に向けて一丸となるどころか、ことあるごとに諍い、腹を探り合う。事件の背後にある暴力団、学生運動の残党、右翼、永田町の政治家などの姿があぶり出され、背筋がぞくぞくして思わず前のめりになってくる。終演後、物販の上演台本を買い求める人が何人もいたし、自分も迷わず購入した。一読して小さな空間の、すぐ目の前で行われていたことなのに、見落としていることやわからないことがいくつもあることに愕然とする。できればもう1回みたいと思った。

 単純な言い方をすると、自分は皆で力を合わせて頑張る話が好きである。忠臣蔵や『七人の侍』であるとか。しかしパラドックス定数の『三億円事件』は、熱血刑事ものでもなく、プロジェクトXでもない。8人の刑事たちから感じられるのは、作・演出の野木萠葱の愛情や情念というより、たとえば「視点」と言えばいいのだろうか。距離感をもって対象をみつめるその「視点」は冷静で鋭く、やわな感傷は感じられない。しかしその先に何か柔らかく温かいものもあるような気がして、もう来月の『怪人21面相』に行かないわけにはいかなくなるのであった。

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