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ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

昭和20年3月-三草国民学校卒業写真

2014年06月12日 05時56分49秒 | Weblog

 一昨日、友人がアルバムにあったと、古い写真を持ってきてくれました。母上が小学校の教員をされていたので学校の写真をよく見せてもらっていました。

 さて、この写真は昭和20年(1945)3月に撮影されたもので、加東郡三草国民学校(現加東市立三草小学校)の高等科の卒業記念写真です。この木造校舎は今はなく、やしろ国際学習塾が建っています。現在の三草小学校は旧三草中学校の敷地へ移転しています。

 玄関の柱に「兵庫縣加東郡三草國民學校」の看板が掛けられています。先生や生徒の足元を見ると、ゲートルを巻いてわらじを履いていたり、下駄履きもみられます。友人の母上は最上段の中央です。この年の夏には終戦を迎えますが、戦前の国民学校最後の卒業生ということになるわけですね。

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昭和18年-新家庭用品の配給願い

2014年06月11日 04時05分52秒 | Weblog

 昭和18年(1943)、新家庭を設けるにあたって必要な家庭用品の配給を受けたいという願いが社町長に出されています。

 鍋や釜など必需品が書かれており、物資不足の当時、新家庭を持つにも世帯道具を揃えるのは大変だったことでしょう。鍋、釜とともに日の丸がその中に挙げられており、まさに必需品であったことが当時の状況をよく表しています。

 昭和十八年十一月二十三日

                            世帯主 花 田 竹 男 

社町町長殿                                               

                                                  竹男儀                                                                                                                          

今般社町社八九八番地ニ於テ新家庭設置スル付キ左記物件新家庭用トシテ配給証明書交付相受度此ノ段及願上候也

   左記

一、釜       一個

一、鍋       〃

一、蒸釜      〃

一、湯沸          〃

一、弁当箱    一個

一、大取      一〃

一、日ノ丸    一枚

一、バケツ    二ケ

一、蚊帳        六畳一枚

                                       以上

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早朝田植え前の田圃ー水と緑の季節

2014年06月10日 09時08分14秒 | Weblog

 8日(日)の早朝、携帯電話が鳴りました。隣の専業農家の先輩が今日田植えをするので、苗を田圃まで運ぼうというのです。

 さっそく軽トラに苗を積んで先輩の田圃へ向かいました。市街地をすこし出た高台の見晴らしのよい場所に田圃があります。日の出の直後で、辺りは静まりかえっていました。水が張られた田圃はまるで鏡のように東の道路の銀杏並木を映していました。苗を畦に並べながら、その美しさに見とれるほどでした。

 田植え前の静かな田圃には、生命が漲っているような感じを受けます。まさに水と緑の季節です。この日の午後、私の田圃の田植えもやってもらいました。

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県立社高校のグラウンド風景

2014年06月09日 05時14分39秒 | Weblog


 7日(土)、県立社高等学校で開催された加東市陸上競技選手権大会の開会式に出席しました。大会本部が置かれている運動場からの西端から東方向の校舎辺りを眺めると、天を衝くように高く伸びたメタセコイヤと今は緑一色に枝を広げている桜が壁のように連なって校舎が小さく見えます。
 今から30余年前、風景の記憶にメタセコイヤはなく、桜もまだ若木だったように思います。運動場はだだっぴろく、嬉野の広大な空に白い校舎が高く聳えていました。
 グラウンドの西側には専用野球場があり、ホームベースが今は北側に変わっています。今日は大阪の桜宮高校と社高校が試合をしていました。そして、野球場から北西の方向には加東市の新庁舎が白く光っています。嬉野の風景も随分変化しました。それだけ歳月が過ぎたんですね。
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昭和11年-耕地管理組合設立に向けた講演会

2014年06月07日 04時40分35秒 | Weblog
 昭和11年(1936)、耕地管理組合の設立に関する通知が当時の区事務所の諸通達綴に綴じられていました。


 社農第二〇〇号
  昭和十一年八月三日
        社町農会長  黒石政猪

各農会長 殿
各部落区長  殿

 耕地管理組合設立ニ関スル講演協議会ノ件

農村ノ円満ナル発展ヲ期スルコトハノ経済更正上最モ重要ナル要件デアリマス為ニ根本的ニ地主小作者間ノ円満解決策ヲ考究実施スルニ非サレバナラズトシ本県並ニ本県農会ハ耕地管理組合ノ設立ヲ奨励サレテ居リマス本町ニ於テモ此重要性ヲ了知シ左記ノ方法ニヨリ奨励ノ主旨並ニ耕地管理組合ノ設立経営等ニ関シテ一般ノ徹底ト協議懇談ヲ遂ゲタイト存ジマスカラ特ニ部落役員農会役員ノ御出席ヲ御依頼申シ上マス
特ニ一般事業者ノ出席ヲ御奨メ下サイ

 開催要項

一、日時  八月七日午後二時開会
二、場所  社町公会堂
三、出席者 部落役員 農会役員 
◎本会ノ出席歩合ニ対シ経営競進会ノ採点ト致シマスカラ特ニ申添マス
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昭和6年-元郡公会堂で恩賜財団済生会の巡回診察 ②

2014年06月06日 05時03分09秒 | Weblog
 昨日は、昭和6年(1931)、加東郡社町(現在の加東市立社小学校校区)の元加東郡公会堂(現加東市明治館)で、行われた恩賜財団済生会による地方巡回無料診察の通知を紹介しましたが、今日は、巡回診察に関する別紙通知を紹介します。無料での眼疾の診察のみを行うことになっています。ソコヒは白内障や緑内障などの眼疾のことです。

 恩賜財団済生会地方巡回診療ニ関スル件

済生会救療事業ハ県下全般ニ渉リテ委託診療致居候処一層事業ノ徹底ヲ期スル為メ直営機関ヨリ臨時医員ヲ派シ巡回診療セシメ度計画ニ有之就テハ一般被救療者中ニハ所謂「ソコヒ」其他ノ眼疾ノ為メ適当ノ治療ヲナシ得ス失明ノ不幸ヲ見タル如キ場合モ多数有之様思料セラレ候ニ付眼科主任医ヲ派遣シ是等失明者ヲ診察シ治療ノ見込確実ノ者ハ本会病院ニ収容シ治療致ス可キニ付貴署管内ニ於ケル右眼疾患者(失明者)ニテ受診希望者有之候ハバ来ル五月三十一日適当ノ場所ニ御選定ノ上集合方可然御取計相成度

注意事項
(一)従来ノ経験ニ徴スルニ此種ノ患者即チ外見上ノ盲人ニテ實ハ適当ナル治療ヲナス事ニ依リ開眼シタルモノ比較的多数アリ
(二)診察場所仝日時昭和六年五月三十一日午前九時社町元郡公会堂
(三)方針、無料診察ノミトシ投薬其他ハ行ハズ受診者ニハ制限セズ主トシテ失明者或ハ重症者トナス
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昭和6年-元郡公会堂で恩賜財団済生会の巡回診察

2014年06月05日 05時38分18秒 | Weblog
 昭和6年(1931)、加東郡社町(現在の加東市立社小学校校区)の元加東郡公会堂(現加東市明治館)で、恩賜財団済生会による地方巡回無料診察が行われています。その案内について、社町長から各区長に宛てた通知が当時の区長雑書綴に綴じられています。
 恩賜済生会は明治末に明治天皇のお言葉と御下賜金をもとに生活困窮者に対して医療を中心とした支援を行う団体として創設された団体です。会場となった元公会堂は明治の末に加東郡公会堂として建築されたもので、写真は昭和10年代のものです。


 昭和六年五月十四日
           社 町 長

各区長

 恩賜財団 済生会地方巡回診察ニ関スル件通知

首題ノ件ニ関シ社警察署長ヨリ左記ノ通ノ照会有之候間貴該当患者ニ此際受診セラルル様洩レ無ク御指達相成度此団及通知候也

標記ノ件ニ関シ其ノ筋ヨリ別紙ノ通リ通牒アリタルヲ以ツテ五月三十一日午前九時ヨリ社町元郡公会堂ニ於テ無料診察(但シ眼科ニ限ル)ヲ為ス事ト相成候ニ付テハ貴部内ニ於ケル該当患者ニ対シ洩レナク受診セシメラレ度此段及照会候也
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満水の東条湖-疎水文化を学ぶ

2014年06月04日 05時29分23秒 | Weblog




 加東市内の田圃に水が引かれ、一部では田植えが始まっています。
 兵庫の米どころである播州平野、そして、酒米の王様で知られる山田錦のふるさと加東、北播磨の水瓶、東条ダムは今、満水です(写真)。
 戦後国内第1号の国営ダムとして東条川へ注ぐ鴨川をせき止めて築造された鴨川ダム(東条ダム)。この巨大な貯水池から、加東市、小野市域の広大な農地へ、張りめぐらされた水路網を通して米作りの命の水が送られています。水路箸やサイフォンで谷を渡り、隧道で山をくぐり、ポンプアップで台地に上げられ、ため池に蓄えられ、田圃に引かれます。壮大な水のネットワークが築かれているのです。
 この地域の農業を支えてきた水のネットワーク、東条川流域の豊かな自然、歴史、文化を育んできたのもこの水のネットワークであり、これを疎水文化と呼んで、一体とした博物館とみなしていこうというのが東条川疎水ネットワーク博物館構想です。北播磨県民局(加古川流域土地改良事務所)が中心となって、流域の諸団体、グループが参加してこの貴重な施設、文化、歴史を学び、価値を発信していこうと取り組みが進められています。
 その一環として、県内の大学生が実際に現地を歩いて学ぼうという「東条川疎水ネットワーク博物館「鯉の里がえりツアー」という企画が実施されました。
 参加したのは、兵庫教育大学、神戸芸術工科大学、神戸大学の学生ら約50人です。私は東条湖畔のアクア東条で一行を待ちました。写真上の鯉は学生が作成した段ボールの鯉で、ダムからアクア東条まで学生らが担いで運んできたものです。生きているように見えるのが不思議でした。アクア東条に展示されている特産の播州鯉と並びました(写真下)。

 
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木梨神社境内-舞殿

2014年06月03日 04時18分52秒 | Weblog
 田植えの準備が着々と整う5月末、加東市藤田にある木梨神社(こなしじんじゃ)を訪れました。
 崇神天皇の時代に物部八十手が八十枉津日神(やそまがつびのかみ)を祀り、後に将軍彦坐命丹波(ひこいますのみこと)が賊を征伐したとき神社を創建したと伝えられ、木梨軽太子(きなしのかるのひつぎのみこ)の奉幣に因んで木梨神社と称するようになったと伝えられています。古事記や日本書紀に記された古代の天皇や皇子の名がその創建の話に伝えられる古い神社です。
 この歴史ブログでも木梨神社の石鳥居や秋祭り、藤田池の伝説、境内の戦勝祈願碑などを紹介してきましたが、今日は、境内の舞殿が見える風景を紹介します。
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昭和7年-天理教本部団体参拝・見学④地図

2014年06月02日 05時38分51秒 | Weblog
 昭和7年(1932)の天理教青年会の社支会と婦人会の社委員部長名で教会本部への団体参拝、見学への参加依頼を紹介してきましたが、最後に文書に添付されていた地図を紹介します。
 播丹鉄道の駅名を見ると、タキノ、社、大門、カワイ西、アヲ、小野、市バなどの駅名が書かれています。天理教本部のある丹波市までの鉄道路線と、昨日紹介したオプション見学コースに関係のある路線が駅名とともに記されており、当時の交通手段だった鉄道網を知ることができます。
 
 
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昭和7年-天理教本部団体参拝・見学③

2014年06月01日 05時04分43秒 | Weblog
 昭和7年(1932)、天理教青年会の社支会と婦人会の社委員部長名で教会本部への団体参拝、見学への参加依頼を紹介していますが、今日はその3回目、オプションの行程を記した部分を紹介します。
 参加者には5つのオプションコースが示されており、それぞれ運賃などが細かく記されています。「極安割引」という言葉は今もよく見かけますが当時もあったんですね。


前記ハ第一日ノ予定ヲ申上ゲダノデスガ、ソノ中取捨選択スルコト勿論デス。第二日以後ノ行動ハ未定デスガ、到着後左記団体ヲ編成スルコトニナツテヲリマス。国家多事ノ折柄、又見学ノ上カラ御参加下サルコトヲ希望致シマス。

▲伊勢参宮日帰リ〔天理駅発==仝帰着〕(大軌・参急線ニヨル)(三輛連結全員座席)
 所要時間-天理、山田間 二時間半乃至三時間
 賃金-往復一名三円卅二銭以内(人員ニヨリ更ニ低下)

▲橿原神宮、畝傍山行〔帰路ヲ利用ノ上、天理発橿原神宮前下車、神宮及ビ御陵参拝後、八木ヨリ乗車、大阪上六ヘ到着ノ経路〕
 賃金-天理ヨリ上六迠一名五十三銭以内

▲あやめ池遊園地(温泉と歌劇と公園)、生駒山途中下車(便利ヲ図ル)

▲奈良見学(丹波市、奈良間)汽車十六銭(奈良、大阪上六間)電車卅二銭=計四十八銭以内

▲桃山御陵参拝京都見学-賃金等交渉中

▲大軌(天理=大阪上六間)阪神・阪急(大阪=神戸間)播丹線==夫々極安・割引
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