ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

昭和12年-青年学校に姫路聯隊司令官の教練査閲

2009年03月07日 06時57分13秒 | Weblog
 昭和12年(1937)10月1日、姫路聯隊司令官による社町青年学校の教練査閲が県立社高等女学校で実施されています。社高女学校は現在の裁判所の位置にありました。教練査閲計画書によると、社小学校の校庭で行われる予定だったようですが、改築工事中のために女学校で行われたようです。校庭が狭いので学校周辺も使われたようです。(写真は社高等女学校)
 社区長に出された案内状には、姫路聯隊区司令官の奥村大佐の名前があります。この奥村大佐の名前だったと思うのですが、私が小学校の教員として勤務した加古川の小学校のベテラン女性教師のO先生が「馬に乗った奥村大佐の颯爽とした姿が忘れられん」と口癖のように話しておられたことを思い出します。私が社の出身であることから、先生はよく社高女の話をされていました。
 案内文を紹介します。

拝啓 時下初秋の候に御座候處 愈々御健勝の段奉賀候
扨来る十月一日(金曜)午前九時より県立社高等女学校に於て
姫路聯隊区司令官奥村大佐殿の教練査閲を受くることに
相成り候公私共御多忙中誠に御迷惑のこととは存じ候へ
ども斯道御指導御奨励の御思召を以て是非御来観
下され度此段御案内申上候  
                敬白
 昭和十二年九月二十七日
             社町青年学校長 合田常蔵

社区長
 神田栄太郎 殿
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