メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

チェーホフ「三人姉妹」

2023-10-23 14:32:41 | 本と雑誌
チェーホフ: 三人姉妹  戯曲 ー 四幕
神西 清 訳  新潮文庫
 
名高い四つの劇の三番目である。「かもめ」と「桜の園」は作者によって喜劇とされているが、これと「ワーニャ伯父さん」はちがう。
これらをはじめて一回読んだ私の漠然とした感想であるが、「かもめ」と「桜の園」はかなりのポジションを持っていた女性をめぐる人たち、その領地などの環境が時代にとりのこされていく、その流れのなかの物語であるのに対して、「ワーニャ伯父さん」と「三人姉妹」はもうすこし今の読者(観客)に近い人たちがやはりそういう中で、なんとか手探りで生きていくことをどうにか導出しているように考えられる。
 
「三人姉妹」の舞台はやはりモスクワから離れた領地、三人の姉妹と長女と次女の間に生まれた長男、そのいいなづけ(のちに妻)、そして赴任してきている武官が数人、必ず出てくる医者(ここでは軍医)、執事、小間使い、乳母なども何人かかなりいる。
 
台詞は比較的長く、しっかりと何かを表明していて、受け取りやすいし、演技もやりがいがあるだろう。
 
チェーホフの戯曲では女役、その台詞に聞きがいがあって、それはポジション、経済力で決まってきてしまった当時の男たちより、描きがいがあったのかもしれない。おそらく特に当時は男を描こうとすればどうしても大きい物語、それは内面にしても外面にしても、それになってしまい、舞台に出したって一人で吠えるような感じになっただろう。
 
そこへいくとここの四人の女性、なかなか思いをしっかりはっきりと言うし、数年の流れの中であっという変化を見せたりする。なんとか生きていこうということでも、「ワーニャ伯父さん」のソーニャよりしたたかである。戯曲としての完成度は四つの中で一番高いかもしてない。

戯曲ということを別にすれば、四つの中で好きなのはこれと「ワーニャ伯父さん」だろうか。特にだいぶ歳のいった男性を的にしているから特に後者かなと思う。「桜の園」が当初人気を得たのは大きな物語への志向があったのだろう。
 
ところで、この二作が入っている新潮文庫、どうして発表、上演いずれも先の「三人姉妹」が後なのか。前の二作が入ったものと今回のけれ、両方とも池田健太郎の解説であるが、そこはわからない。「三人姉妹」の方により頁数をさいてはいるけれど。
 
解説にもあるとおり、チェーホフの日本語訳、小説も戯曲も、神西清が先駆者でありまた評価も高いが、この文庫版初版当時にはすでに故人となっていた。もっとも文庫以前の刊行形態ではなんらかの意見を出していたのかもしれない。
 
以前書いたことがあるかもしれないが、池田健太郎さんは私が大学教養課程で第二外国として採ったロシア語の先生であった。当時は理科系ならロシア語も悪くないとたいして考えもせず、専門課程にいってからは何もせずに忘れてしまった。しかし池田先生はそんなことお見通しで、大学に入ったらもう少し遊びなさいとよく言っていて、ロシア語の授業もそういうなごやかなもの、テキストにチェーホフの短編で「いたずら」などを使ったことを覚えている。
 
この文庫本の初版は1967年だから、当時この解説を書いていらしたのかもしれない。言ってくださればもっと早く読んだのにとも思う。
池田先生は私淑していた神西清版チェーホフ作品集を師の死後完成させたが、その後残念ながら早世されてしまった。

ついでに第一外国語の英語にはのちにシェークスピアで著名になられた小田島雄志先生がおられ、池田先生と同じようにくえない理科系の学生を楽しませてくださった。当時はあまり知られてなかったアイリス・マードックの作品など。
ある意味いい時代だった。

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