メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

トゥルゲーネフ「初恋」

2024-08-17 10:04:09 | 本と雑誌
トゥルゲーネフ : 初恋
           沼野 恭子 訳  光文社古典新訳文庫
トゥルゲーネフ(1818-1883)が明治時代の日本文学に大きな影響を与えていたということは聞いていたが、作品を読むのは先のゴーゴリ、レールモントフ同様はじめてである。
その作品としては「父と子」、「ルージン」などの名前も聞いたことがあるが、今回はこの翻訳シリーズにあった「初恋」を読んでみた。

16歳の青年が20歳の女性にいだく初恋、これは40歳くらいの三人がそれぞれの初恋について話すというはじまりで、その中の一人ウラジーミルが語った話、ノートに書かれていたものということである。

この小説も私が最近興味を持っている人称、書かれ方などという区分からすると一つの類型で、作者でなく登場人物が書いたということで、比較的落ち着いた叙述になっている。
 
主人公の周りにはこのころの小説によくあるように地位、位、資産などいろいろな背景を持つ青年たちがいる。ウラジーミルは優秀だが金がない父と資産を持っている母の子、ある季節にすごした家の一部を貸していた没落気味の貴族の母に娘がいて、その娘ジナイーダに惚れてしまう。
 
ジナイーダは青年たちに人気があるが彼らを手玉にとっているようで、それはよくある話。
ここから、青年はなかなかどうにもならないのだが、ある日ジナイーダには誰かいる、と感ずいてしまう。それは誰か。
 
この作者、語りはうまく、こういうきれいな恋物語をおちついてたっぷり描くということはそれまでのこの国の文学にはなかったかもしれない。フランス文学界とも交流していたらしいが、当時のフランスなど西欧の恋愛ものとくらべても引けをとらないかもしれない。
 
そして終盤、かなりきつい話になる。この緊迫感とショックはうまいとしかいいようがない。そしてそこにかかわる人たちの育ち、階級、資産など、後から見れば絡んでいたと思わせるところも、書き方としては見事といえるだろう。
 
そして翻訳の文章が実にきれいでうまく進行させるもので出色である。訳者はあとがきでこの話は二人の人に話して聞かせたものということから「ですます」調を思いついたと書いている。これは平易になった上に現代風な語り口にもなったようで、今読むのに適したものと結果的にはなっただろう。150年近く前のものだが、こういう内容は今の人に読ませる工夫があってもいい。
 
読み物としては100年ちょっとあとの「デイジー・ミラー」(ヘンリー・ジェイムズ)に通じるものがある。特に男の主人公から見ると。


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