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Young, E, The Complaint (Night-Thoughts) 1(日本語)

エドワード・ヤング
『悲しみの歌:死と生、そして永遠について夜に考える』
第一夜
死と生、そして永遠について

疲れた体を癒してくれる優しい眠り! いい香りの眠り!
眠りは人と同じで、喜んでやってくる、
幸運の女神が微笑む人のところに。不幸な人には訪れない。
柔らかい翼であっという間に悲しい人から飛び去って、
涙で汚れていないまぶたに降り立つ。

(いつものことだが)短く、うなされた眠りから
目を覚ます。幸せでうらやましい! 二度と目を覚まさない者たちは!
いや、そうとも限らない、墓のなかでも夢を見るならば。
目を覚ます、立ちあがる、荒れ狂う
夢の海から。わたしの想いは難破して沈んでしまった。
みじめな空想の波から波に次々にもまれ、
あちこちに流されて、理性の舵もどこかに行ってしまった。
夢の海から救出されても心の痛みは続く。変わったことと言えば、
つらい苦痛が、もっとつらい苦痛になっただけ!
昼間は短すぎて、悲しんでいるだけで終わってしまう!
夜は、最高に闇が暗い時でも、
わたしの運命の色に比べれば太陽のようだ。

黒い夜の女神! 黒檀の玉座から、
光のない栄光のなか、今、差しのべる、
まどろむ世界に鉛の王笏(しゃく)を。
沈黙……まさに死んでいる! 闇……どこまでも深い!
見えるもの、聞こえるものが、ない。
創造されたものすべてが眠っている。命あるものすべての脈が
消え、自然も停止している。
おお、恐ろしい! この世が終わる時にもこうなるのだろう。
と言うか、この世など早く終わればいい。
さあ運命! 幕を下ろせ! 失うものなど、もうわたしにはない。

沈黙と闇! 厳かな双子の姉妹!
その母はいにしえの夜--夜の胸に抱かれてつたない思考が
理性に育ち、その理性のうえに決意が立つ。
(人の真の威厳を示す柱のように。)
沈黙と闇! 今、わたしを支えてほしい。礼は墓で、
おまえたちの王国で、しよう。この体を
暗い神殿の生贄に捧げよう。
あ、いや……違う。あなただ。
あなたが原初の沈黙を
追い払った。朝の星たちが
喜び、舞いあがり、昇る太陽を大声で称えたあの時に。
あなたの言葉が固体の闇を打ち、あの火花、太陽が飛び出した……
ああ、知恵が飛び出るようにわたしの魂も打ってください。
魂が信じる宝はあなただけ。だからあなたに向かう、
みな寝静まる頃に、金の奴隷が金庫に飛んで行くように。

世界の闇と魂の闇、
この二重の夜のなか、憐みの光をひと筋ください。
照らし、励ましてください。わたしの心を導いてください。
(悲しみから抜け出したいのです。)
生死のさまざまな場面を見せてください。
そのすべてから、わたしに高貴な真理を吹きこんでください。
歌わせてください。よいおこないを教えてください。
わたしの理性に正しい考えを、わたしの意思に正しい生きかたを
教えてください。固い決意をさらに固めさせてください。
知恵を妻とし、長年の借りを返せるように。
あなたの復讐の杯の酒、罪深いこの頭に
注がれた酒を、無駄にしないでください。

鐘だ。1時だ。時間を意識するのは、
いつも時間がなくなった後。時間に声を与えた
人は賢い。天使のお告げのようだ、
厳かな鐘の音は。いや、あれは
わたしのなかで死んだ時間を弔う鐘。わたしが死なせた
時間は、今、ノアの洪水以前の年月ととけあう。
鐘の音、それは、急げ、という合図。
何を? どれだけ? どうすればいい? 希望と恐れが
飛び起きて、生の先端の崖から
下を見る。何が見える? 底なしの深淵、
恐ろしい永遠の世界! 間違いなくわたしが行くところ!
だが、永遠の時間がわたしのものになる?
わずかな時間のお恵みで生きるわたしのものに?

なんと貧困で裕福で、下劣で崇高で、
複雑で、そして不思議なのか、人は!
まさにありえない驚異では? 人をつくったあのお方は?
わたしたちの中心に両極の矛盾があるなんて?
正反対の性格が生まれつき混在するとは!
遠くの国がなぜか隣にあるかのように!
はてしなく連なる存在の鎖、人はそのなかでも特別な輪!
無と神のちょうど真ん中!
神の光があっても、汚れ、陰に呑みこまれている!
不名誉に汚れつつ、でも神々しい!
絶対的に偉大な神の超縮小版!
天国の後継者! 脆い土の子!
不死なのに自分で何もできない! 無限の魂の虫けら!
蛇! なのに神! 自分に恐れおののき、
自分のなかで迷子になる! 家にいるのによそ者のように、
思考は上に下に行ったりきたり。不意を突かれ、驚愕し、
思考に思考がわからない。おお、理性がよろめく!
人にとって人はまさに不思議、
苦しみながら勝ち誇る! 何という喜び! そして恐れ!
心は天に昇り、次の瞬間に戦慄する!
どうしたら永遠の命が? どうしたら破滅?
天使はわたしを墓から助けてくれない。でも、
わたしを墓に閉じこめておくこともできない。

これらは憶測ではない。すべてが証明している。
体の上に眠りの領土が広がる時、
魂は幻のなか踊る、
小さな妖精の野原の空を舞いながら。あるいは闇で涙を流す、
道なき森で。あるいは岩の崖から
身を投げる、または泡の汚い苦痛の川を泳ぐ。
あるいは崖をよじ登ったり、実体のない風に乗って踊る、
変な姿をした脳の住人たちといっしょに。
迷いながらも飛翔をつづける魂は、やはり本質的に
踏みつけられる土くれ以上の存在。
自分の意志で空高く舞い上がる。自由に、
重くて邪魔な、堕落した体の鎖に引きずられることなく。
夜が何も言わずに魂の不死を宣言する。
夜が何も言わずに永遠の光の世界を証明する。
人の幸せのために神がすべてを耕してくれる。
鈍い眠りのなかに教えがある。無駄に楽しい夢も無駄ではない。

だから、なぜ失われない命の喪失を悲しむ?
なぜ不幸な思考が墓をさまよう、
不敬にも悲しみつつ? 天使が来ているとでも?
天の炎が土に埋もれてうたた寝するとでも?

いや、生きている! みな地上で生きている、
体がなくても! 心優しい人が
神のようにわたしを憐れんでくれますように、
わたしのほうが死んでいるようなものだから。
生は砂漠……生は孤独……
なんてにぎやかなんだ! 墓は生に満ちている!
この世のほうこそ悲しみに沈む人のためのアーチ、
埋葬の谷、暗い糸杉の森、
命のない亡霊の国!
この世のものはすべて影、あの世に
あるのが実体。馬鹿にそれがわからない。
すべてが本物に決まっている、変化がない世界だから。

墓、それは、存在の萌芽、薄暗い夜明け、
日の出前の薄明り、玄関。
命の劇場はまだ開演前で、死、
怪力の死だけが、閂(かんぬき)の重い横木をはずせる。
この邪魔な粘土の体をとりはらい、
自由な存在への胎児にしてくれる。
ここのいるのは、真の命にほんの少しだけ届かない、
光の世界にまだ入れない者、
言わば、父のなかでまだ眠る精子。
わたしたちは胎児になって、いずれ殻を破り、
青空の殻を破り、真の生の世界に飛び出して、
天使のように生きる--夢のよう!--人であっても永遠に。

しかし、人は愚かなもので、墓に想いをすべて埋める。
天国への希望を葬り去る、ため息ひとつなく。
大地の囚人で、月明かりの牢屋から外に出られない。
希望の翼は自分でへし折る。天からの贈りものの翼で
無限の世界に飛んでいけるはずなのに、
天使たちが不死の木の実を食べているところに、
命の木の実を、神の玉座のすぐ隣で。
おお! 黄金の喜びの木の実! いい香りに輝く房!
神の光を浴びて、正しい者たちのために熟している!
一瞬で終わる長い命など、もはや存在しない世界!
時間も、痛みも、偶然も、死も、ない!
あっという間の60年、飛び去って消える生涯のなか、
永遠の世界は頭から消去されてしまう?
不死の魂は土のなかで窒息死する?
不死の魂はこの世で燃え尽きて、
一生懸命無駄に生きて退化して、
騒動に巻き込まれ、快楽に己を忘れ、あるいは戦慄する、
この世の恐ろしいものすべて、気持ちいいことすべてを前に。
この世はまるで嵐の海で、
魂とは、まるで波に呑まれる羽、溺れる虫。

このような批判は誰に? ……めまいがする。
わたしの心は快楽の傷でかさぶただらけ!
魂は自分の鎖で立ちあがれない!
わたしは蚕、ぐるぐるに巻かれて動けない、
這いまわる妄想が吐き出す絹の思考の糸で。
暗い雲のなか理性が横たわり、
次から次に気持ちのいいことばかり考えて、
空飛ぶ翼が生えてこない!
こんな厳しい夜の幻のほうがわたしのためになる?
目覚めている時の夢のほうが死をもたらす? おお、これまで
見てきたありえない夢の数々。夜の夢よりたちが悪い。
永遠に変化する世界に永遠の喜びがあるとでも?
揺れる波のなかに揺るがない楽しみがあるとでも?
くり返す嵐の人生に永遠の晴天があるとでも?
真昼の空に、わたしは煌びやかな幻を見てきた、
色とりどりの楽しみが描かれた豪華な織物のようだった!
快楽の向こうにまた快楽、まるで無限の遠近法!
今、死の鐘が鳴っている。鉄の舌が絶え間なく
百万の餌食を要求している。
わたしは飛び起き、自分の破滅を悟った。
え? 無駄に派手だった部屋の飾りはどこに消えた?
蜘蛛の巣の小屋、泥の壁、
かびが生えてぼろぼろ……まさに王の部屋!
蜘蛛の糸のいちばん細いところが
人を弱々しく、かすかに、
この世の幸せにつなぐ。そして微風で切れる。

おお! 天の劇場に広がる永遠の喜び!
完全で、限りなく、はてしなく、永久に続く!
幸せが終わらない、それが天国の幸せ。
思考が止まる幸せな場面が無限に続き、
死の想いに喜びが呑みこまれたりしない。
光の楽園が楽園でなくなることなどありえない、
はるか上の不変の世界なのだから。下界では、
星たちが転がり踊って、よろよろして、不幸と
悲しみを次から次へとまき散らす。
それで地上では一時間ごとに革命があり、
それで世の中悪くなる。いちばんすばらしい人が、
ふつうの人より早く死ぬ。
すべての瞬間がまるで死神、
時の神のように根こそぎ大きな鎌で刈る、
国がひとつできるくらいの死者を。すべての瞬間が
小さな鎌を小さく振って刈る、
小さな家庭の安らぎを、
この世の小さな幸せのきれいな花を。

幸せ? 月の下のこの世の幸せ? 傲慢で無意味なことを。
まさに神の定めに対する反逆!
まったくあつかましい、神の権限の侵害だ!
つかんだとしても幻、手を開いたら何もない。
幸せだ……なんてうつつを抜かしている場合ではなかった!
だから苦悩の矢で蜂の巣になってしまった!
死! すべてがおまえのもの! おまえが踏みつけて
帝国の火が消える。星の光もおまえが殺す。
太陽は輝く、しかし、それもおまえの許可の下、
いずれおまえが天球から引っこ抜いて捨てる。
そんな大虐殺ができるのに、なぜわざわざ
ちっぽけな人に矢を浪費する?
なぜわざわざわたしの身内を狙う?
欲張りめ! せめてひとりでいいだろう?
三人も撃ちやがって。わたしの心は三回殺された。
三人もだ。三日月が満月になる前に。
ああ、月の女神シンシア! なぜそんなに青白い? 地上で
人が死ぬから? 絶え間ないおまえの変化より
人の生の変転のほうが早いから?
借りものだった幸せの潮が引いていく! 幸運の女神の微笑み、
そんなご厚意などあてにならない! 揺るがない美徳が
太陽のようにみずから強く喜びに輝くのとは大違いだ。

いつの、どこの、どんなものでも、
楽しい記憶はみな孤独。まるで未亡人!
想いが、めまぐるしく浮かぶ想いが、安らぎを奪うからだ!
暗い裏口から時間が去った後、想いは
静まった夜にやってくる。
まるで人殺し(まさに!)、うろうろ歩いて
楽しい過去を踏みつぶす。(みじめな浮浪者め!)
わざわざ不幸をあちこち探し、
心を砂漠にする。過去の喜びを
亡霊にする。おお、数えきれない亡霊たち!
嘆くしかない、昔の豊かな幸運を。
安らぎの甘いぶどうが房ごと枯れてしまって悲しい。
大切にしていた、でも失われた、幸せを前に震えが止まらない。
楽しかったことすべてが、今、痛みになって心の底に突き刺さる。

だが、なぜ悲しむ? 自分ひとりのことで?
太陽の光はわたしだけのために空に吊られている?
わたしだけが不幸な人で、あとはみな幸せな天使とか?
いや、悲しみは何百万の人のもの。すべての人の定め。
あんなかたち、こんなかたちで運命は
母の激痛をすべての子に分配している。
子の数だけ痛みの相続人がいる。

戦争・飢餓・疫病・噴火・嵐・火事・
内乱・圧政……見るに堪えない災禍の包囲網、
心に三重の真鍮の鎧が必要だ。
人は神の姿につくられたはずなのに、光の相続権を奪われ、
不幸の鉱山の穴に落とされ、太陽があったことも思い出せない。
そこで死ぬまで、と言うか不死だから永遠に、
同じく不死の意地悪な親方に殴られながら奴隷船を漕ぐ。
冬の冷たい波を耕せば、絶望が収穫できる。
あるいは、厳しい軍曹の下で戦場で負傷して、
手足を失い、または半分失い、
勇敢に守った国の浮浪者になってパンを乞う。
暴君やその愛人の気まぐれのせいだ。
貧乏と不治の病(残酷なセット!)が
容赦なく多くの者に襲いかかり、一気に
希望を奪う。そうなったら逃げ場は墓だけ。
見るがいい、救貧院がうめきながら死者を吐き出している!
そこに入りたい悲しい人たちもうめいている!
かつては幸運の女神にひざまくらをされていたのに、
今では冷たい人たちの施しがないと生きていけない!
そして、な、なんと! 拒まれている!
おお、快楽の絹に溺れたおまえたち! 痛い目見るぞ?
はやりのお店で遊びすぎると。ここにきて
放蕩贅沢をひと休みしろ。寄付しろ。
金が足りなくて遊べないくらいがちょうどいい。お、たいした
図々しさだな。正しいことをするのが恥ずかしいか?
こういう奴らだけが悲しい目にあえばいい!
思慮も道徳も不幸から守ってくれない。
病は慎みと節制を攻略し、
罪なき人が罰せられる。どんな深い森のなかでも、
平穏な日々に油断すれば、非常事態に狙撃される。
警戒すればそれだけ危険に襲われる。
警戒の分だけ油断して、それで死ぬ。
幸せは幸せにしてくれない。
祈りは祈りを叶えてくれない。
幸せの鍵だと思って大事にしているものが
幸せからほど遠い!
いちばん滑らかな道でも痛みから逃れられない。
何かの間違いで、本当の友に傷つけられたり。
不運でなくても不幸になる? どういうこと?
敵がいないのに攻撃される? どういうこと?
そもそも、どんないい人にだって敵はいる。
不幸のリストはまさに無限、
ため息の理由を数えつつ人は死に、ため息すらつけなくなる。

土の星の上、人は住んでいるのは
ほんのわずかなところだけ。残りは荒地、
岩山と砂漠と氷の海と燃える砂、
猛毒と角の殺人モンスターがうろうろしている。
それが世界の暗い地図! だが、
人生の地図はさらに暗い!
偉そうで楽しそうな支配者たちが
悲しみの大帝国で暮らしている。困難の深海の波に揺られ、
悲しみの獣に吠えられ、激情の毒蛇に噛まれ、
肉食の不幸に内臓を喰いちぎられ、
恐怖の運命の口に丸呑みされる。

わたしは何をしている? 自分のことで悲しんで?
年寄りでもこどもでも、他の人からの助け以外に
希望はない。だから、たがいに優しくしよう。
この点だけは、人の本質に従えばいい。
自己中心的な人は苦しんで当然。
人のための悲しみは、悲しいけど幸せ。
いいことをしていると思えたら、痛みも和らぐ。
優しさと知恵に従って、
あふれる想いの水路を増やそう、分けることで
悲しみの奔流が弱くなるから。
だから受けとってくれ! 世界のみんな! 涙の借りを返すから!
人の幸せはなんて悲しいんだろう、
一時間先のことを考えてしまう人にとって!
誰でもいい、今、幸せに心高ぶらせている人!
いっしょに喜ぼうか?
嬉しいだろう? 傲慢の証拠だ。
傲慢でも、少し我慢して聴いてほしい、
友からの健全な戒めを。
ああ、幸せで不幸な人! あなたは愚かだから幸せ。
頭が弱いから、こどもみたいにいつもニコニコしている。
思い知るといい、楽しんでいると危ない。
快楽の後には必ず痛みがやってくる。
不幸の女神はまるで性格の悪い借金とり、
遅れてきて、その分厳しくむしりとる。
過去の幸せを思い出させて
つらさを倍にする。

ロレンゾ、幸運が君の前にひざまずく。
セイレーンの歌に、浅はかな君の心は躍る。
そんな幸せは高くつくぞ。いや、意地悪なつもりはない。
君の楽しみを台無しにしたいわけじゃない。本物にしたいんだ。
恐れ、とは嵐だけへの捧げものじゃない。
運命が微笑んでくれている時にも用心しよう。
神の怒りは恐ろしい? もちろん。
でも、神の恵みも恐ろしい。
それは試練だ、ご褒美じゃない。
正しくふるまえ、という命令だ。気を抜くな。
警戒だ、つらい時と同じだ。
どうしてそうなったか、後でどうなるか、よく考えて、
恐れおののけ、自分に値しない幸運に対して。
動揺は抑えよう。喜びも抑えよう。
喜びを握りしめて、絞め殺すことがないように。喜びが
不幸に、あるいはそれ以下のものになってしまわないように。
楽しみの反逆は内乱と同じ、
憎しみに変わった友情と同じ、
怒りと毒で平和を乱す、国と心の。
いわゆる「幸せ」には要注意、あらゆる喜びには
要警戒だ。永遠に続く喜び以外はあてにならない。
不滅でない幸せを大事にしても、
それは殺すために育てることと変わらない。

フィランダー! わたしの幸せは君とともに死んだ。君の最後の息、
最後のため息で目が覚めた。魔法がとけて、世界が輝いて
見えなくなった。どこに消えた? まばゆい塔は?
黄金に光る山は? すべてが暗い
むき出しの荒地に、悲しい涙の谷に、なってしまった。
天才手品師はもういない! フィランダー! ちっぽけな、血の気のない、
土になって暗い墓に捨てられた君! 大違いだ、
昨日の姿とは!大きな希望がもう少しで叶うところだった。
長年の苦労が実りそうだった! 野心で紅潮していた
君の頬! 真に偉大な、
正しく称賛に値する野心で! 見えない死の種が、
(裏切りの鉱山採掘人のように)闇のなか、
入念に練られた君の人生設計図を見つけてニヤリと笑い、蛆虫に
合図した、この真っ赤な薔薇をメチャクチャにしていいぞ、と。
まだ咲いているうちに、一気にやれ、と!

人の予見や知恵は完璧でない。
ロレンゾ! 知見は愚見に落ちる、
よくあることだ、かわいい考えが
母なる思考から生まれた瞬間に。人の目の曇りはひどい!
視界は、今この瞬間から先に進めない。
最後の審判の日の空のように、黒い曇で先が見えない。
向こうに行けない。予言は絶対に当たらない。
時はひと粒ひと粒人に与えられ、
その瞬間に人生の砂の川にとけて消える。
絶対に変わらない運命の命令で、
「永遠の入口」はどこにあるか、沈黙したまま。

いつか起こりうることは、今起こりうる--それが自然の掟。
生に対する特権は誰にもない。
最大級の厚かましさだろう?
明日の朝も生きて目覚められるという思いこみは。
明日とは何か? 別世界だ。
大勢の人にとって明日は不確か。誰も
明日を確信できない。それでも、「たぶん」・
「きっと」という土台の上に、
頑丈なダイアモンドの嘘の上に、
人は高層の希望を建てる。永遠の計画を立て、
運命の女神より長い糸を紡ぎ、
そして死ぬ、すばらしい未来の妄想とともに。

フィランダーも自分が死ぬとは思っていなかった。
そうだろう、何の警告もなかった。
多くの者が突然倒れる。もっと苦しむ者も多い。
何年もの警告の後、突然死ぬ。
気をつけろ、ただの不幸じゃない、究極の不幸がやってくる。
気をつけろ、ロレンゾ! 死は、今、突然やってくる!
ゆっくり、突然、やってくる……何と恐ろしい!
今日、賢く考えよう。明日から? 頭がおかしい。
明日になったら、今日の前例が適用される。致命的だ。
賢く考えない日が死ぬまで続いてしまう。
先送りというのは時の泥棒、
毎年毎年、年を盗み、結局時間がすべてなくなる。
そして最後の一瞬の審判で
永遠の行き先が決められる、重大な問題なのに。
ありがちなことで、特に驚かないか?
いや、むしろ、ありがちすぎることに驚け。

驚嘆すべき人の勘違いのうち、優勝の栄誉に
輝くのはこれだ--「誰でも、いつか本気で生きる時がくる」、
その気になれば、すぐに本当の自分に生まれ変わる……。
自分をごまかしながら、誰もが考える、いつか成長して、
よだれと妄想を垂れ流す赤ん坊ではなくなるはずだ、と。
このうぬぼれ・将来像は立派に見える、
少なくとも自分には。そして未来の自分に拍手する。
すばらしき我が妄想の人生!
自由にできる時間は愚かに使い、
自由にできない時間は賢く貯蓄?
計画しかできないから、計画だけして延期する。
バカでない人はバカをバカにしない、
賢い人でも、それ以上のことは無理だから。
約束というのはひどい遅刻魔、
いつもそう。若い時、わたしたちは
調子にのって、貴族のようにのんびりしている。
何の心配もなく、親孝行にこう考える、
親父がもう少し頭よかったらなあ……。
30になると、自分はバカだったと思いはじめ、
40でバカだったと思い知る。そして人生の計画を練り直す。
50でそれまでの情けない先延ばしを反省し、
よく考えて現実的に今後の方針を決めようと思い、
壮大な計画を立てて決意を固める。
何度も何度も決意する。そしてそのまま死ぬ。

なぜそうなる? 自分は死なないと思っているからだ。
自分以外の人は死ぬけど自分は死なない、と思っているからだ。
死を予感して、ハッ! と衝撃を受け、
突如、恐怖が心を貫く。
が、貫かれた心の傷は、貫かれた空気の傷のように
すぐに閉じる。突き抜けた矢の跡は残らない。
羽に削られても、空に傷は残らない。
船が通っても、波に溝はできない。
こうして死の可能性は人の心のなかで死ぬ。
自然に流れる優しい涙も同じで、
大事な人といっしょにお墓に入る。
だが、フィランダーのことは? 忘れられるわけがない。
おお! 心が張り裂けそうだ! 話しはじめたら
一年でいちばん長い夜でも足りない。
朝のひばりに真夜中の歌を聴かせることになる。

楽しげなひばりの歌で朝が目覚める。
悲しみの尖った棘が胸に刺さったまま、
徹夜明けのわたしも歌おうとする。少しでも明るくしたい、
不機嫌な薄明りを。ピロメラ、君といっしょに!
星たちに歌いかけても
わたしの声は届かない。もっときれいな君の歌に夢中らしい。
だが、うぬぼれてはダメだ。上には上がいる。
時を超えて響く歌がある。夜の陰に包まれて、
闇の牢屋のなかで、音のない真夜中に、わたしは
神がのりうつった彼らの歌で
悲しみを癒す、苦悩からわたしの心を盗み返すために!
陶酔の歌、でもその炎はわたしを包んでくれない。だから
わたしは闇のなか……ホメロス! あなたのように盲目でないのに!
それから、ミルトン! ああ! 崇高なあなたに手が届いたら!
それから、ホメロスを英語にしたポウプにも!
彼は人について歌った。わたしはむしろ不死なる人を歌う、
生の境界の向こうにあふれる歌を。
不死の命以外、何を歌えばいい?
ポウプが主題を広げ、たどり着いていたらよかった!
この世の闇夜が明けるところまで!
炎の翼で舞いあがり、(沈むわたしのかわりに)
不死の魂を歌っていたらよかった! それで
人々は幸せだったはずだ! わたしも救われていたはずだ!

(第一夜が終わる)

*****
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