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詩人のことば(6)--詩とは --

詩人のことば(6)
詩とは

(シドニー)
詩とは・・・・・・模倣の芸術・・・・・・ことばで
絵を描くことであり、教え、かつ楽しませるためのものである。
Poesy . . . is an art of imitation; . . . a speaking picture,
with this end, to teach and delight.

Philip Sidney, A Defence of Poesie and Poems
http://www.gutenberg.org/ebooks/1962

詩は自然の模倣、というアリストテレスの議論と、
詩の目的は楽しみと教育、というホラティウスの議論の結合。

* * *

(ミルトン)
称賛に値することをうまく描きたいという希望を
実現したいのであれば、まずみずからが真の詩のように
生きるべきである。
[H]e who would not be frustrate of his hope to write
well hereafter in laudable things, ought himself
to be a true poem. . . .

John Milton, An Apology for SMECTYMNUUS
http://oll.libertyfund.org/?option=com_staticxt&
staticfile=show.php%3Ftitle=1209&chapter=78031&
layout=html&Itemid=27

自己主張の強いミルトンは、詩についてよりも
自分を含む詩人のあり方について語る。

(人としては、クソまじめでありつつも、陽気で
わりといい人だったよう。痛風で痛いときには
歌を歌って、みたいな。また、父親としてはいろいろ
身勝手で、娘たちに嫌われていたらしい。)

* * *

(S・ジョンソン)
詩の目的は、楽しませることによって教えることである。
[T]he end of poetry is to instruct by pleasing.
Preface to The Works of Shakespeare (1836)
http://books.google.co.jp/books?id=alROAAAAYAAJ

ホラティウス的。

* * *

(ワーズワース)
質のいいすべての詩は、強い感情が自然に
流れ出たものである。
[A]ll good poetry is the spontaneous overflow of
powerful feelings. . . .

William Wordsworth, Lyrical Ballads, with Other Poems, 1800, Volume 1
http://www.gutenberg.org/ebooks/8905

アリストテレス、ホラティウス的な外向き、対社会的な定義から、
内向き、詩人の内面的な定義に移行。

このような思考のルーツ(のひとつ)は、17世紀半ば以降に
広まった、古代ギリシャのロンギノス(とされる人物)の
『崇高について』(On the Sublime)--曰く、崇高の
(第二の)源は、強くわきあがる感情という刺激。

* * *

(シェリー)
詩とは、一般的に、想像力のあらわれ、と定義できるだろう。
だから詩は、人類と同時にこの世に生まれたのである。
Poetry, in a general sense, may be defined to be
'the expression of the imagination': and poetry is
connate with the origin of man.

Percy Bysshe Shelley, A Defence of Poetry and Other Essays
http://www.gutenberg.org/ebooks/5428

同上。

* * *

(キーツ)
芸術家は悪しき富の神に仕えなくてはならない。自己中心的で、
いわばわがままでなくては。君[シェリー]も、気高く寛大で
忍耐強いその心を少し抑えて、作品のすべてのすき間に黄金を
詰めこむべきじゃないかな。
An artist must serve Mammon; he must have “self-concentration”
---selfishness, perhaps. You [Shelley] . . . might curb
your magnanimity, and be more of an artist, and load every
rift of your subject with ore.

ぼくの想像力は、現世的な富や欲望から切り離された
修道院のようなもので、ぼくはそこの修道僧なんだ。
My imagination is a monastery, and I am its monk.

John Keats, Letters of John Keats to His Family and Friends
http://www.gutenberg.org/ebooks/35698

同上。バイロン、シェリーに対して常識がある人、
そして悲しい運命の人としてとらえられるキーツだが、
特に上の発言は耽美的で芸術至上主義的。
ラファエロ前派や19世紀末のデカダン的なものを
先取りしている。

(バイロン、シェリーの短い生涯には自業自得的な
ところもあって。)

* * *

(エリオット)
詩は感情が流れ出たものではなく、感情からの逃避である。
個性の表現ではなく、個性からの逃避である。
Poetry is not a turning loose of emotion, but an escape
from emotion; it is not the expression of personality,
but an escape from personality.

T. S. Eliot, The sacred wood: Essays on Poetry and Criticism
http://archive.org/details/sacredwoodessays00eliorich

ワーズワース的な見解に対する反論としてエリオットは
こういうが、外向きか内向きか、といえばやはり内向きで、
ワーズワース的な思考の枠から出ていない。

* * *

以下、私見。

上のような見解は、詩だけでなくすべての
芸術的/娯楽的な創作物にあてはまる。
四コママンガ、歌の詞、論説、小説、映画、
TVドラマなど、なんでも。

だからさしあたり、ことばしか必要としない詩は、
(特に短いものは簡単に覚えられて紙すら必要と
しないので)、芸術的/娯楽的な創作物のうち、
もっともシンプルで、もっとも歴史の長いもの、
と考えてはどうか。しかも、19世紀までは
多かれ少なかれ創作の主流だったものとして。
(だからこそ詩人たちは、上のようにみな熱く
詩について語る。)

また、詩を研究したり教育したりする目的も、
過去の自国や異国の想像力の産物(のうち、
なんらかの点で価値が高いと思われるもの)を
現代や未来に語り伝えることと考えてはどうか。

現代であれ、いつの時代であれ、芸術や娯楽の、
ひいては文化や道徳の、土壌のようなものは、
結局過去の作品の蓄積によってつくられると
思うので。

* * *

アメリカのジャーナリストが詩の定義を集めている
次のような記事もあるので、ご紹介まで。

http://glocalman.typepad.com/_/2005/02/journalism_poet.html

(笑ってしまうくらいテキトーな寄せ集めだが、
心の底では真剣そのもの、のはず。出所がわかるのはいくつ?)

* * *

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