『「反原発」異論』(吉本隆明著 論創社 2015年刊)
吉本隆明が亡くなって3年になる。亡くなった直後に追悼ブームがあり、一段落の後、今ブームが再来しているようだ。全集、単行本、講演集、対談集が軒並み出版されている。全集を買う余裕のない、今は買えてももう少しで年金暮らしに突入、1巻6,500円は少し高価すぎる。そこで、古書店から数百円の古本を買ってきて読んでいる。
2011年の正月以来4年間、遅ればせながら僕は吉本の言説をなぞりながら、自分の考えを整理したり、再考したりしている。そこで感じるのは、今の書き手の浅さ、軽さである。トリック的な言説、逆説的な物言いは、何か肌に合わない。僕らは吉本の世代に対して届かない世代かも知れないが、時代遅れかも知れないが、吉本の言説は厚み、深みがあって信頼できるなあと感じている。
さて、この度『「反原発」異論』が発刊され、久々の新刊購入、そして読破。結論から言うと、これまで僕がこのブログで原発について述べてきたこと(以下に部分引用する。)は、本書を読んでも変わらないし、それどころかより確信を深めることができたのである。
この国の電力会社の体質は最悪、最低だと思うが、福島第1原発での試行錯誤は、寿命が来て廃炉にしなければならない原発が多数ある中、最先端の技術開発であり、今後世界中で活用できる技術だと考える。
2011.3.11以降、僕が言及してきた内容は以下のとおりである。
事故直後の2011.3.19に「技術と人間」では、「1981年12月9日、北海道電力泊原子力発電所1,2号機第1次公開ヒアリングが北海道における原子力発電への端緒だったのであるが、旧泊中学校体育館の周辺を「実力阻止!」を叫びながらデモっていた」「今の私は、技術への懐疑、迷いはあるのだが、思考のベースには、超常現象などを否定する合理主義、神を必要としない現実主義、人間の歴史に信頼を置く進歩主義がある。」と書いた。
2011.9.18の『福島の原発事故をめぐって』(山本義隆著)では、「私は、安易に後知恵で語るものを信用しない。今回の事態を基に技術に関わる者は徹底的に考えるべきであろう。特に、遺伝子や臓器移植、脳科学、クローン技術などの生命科学、原子力、核融合などエネルギーなどの先端分野では、安易に「人間に許された限界」(倫理や神)を設けるのではなく、人間と自然をどう捉えるかという観点から思索し続けるべきであろう。」と書いた。
2012.3.19『反原発の思想史 冷戦からフクシマへ』その2(絓(すが)秀実著)では、「日共は、2011.6.13志位提言において初めて「脱原発」へ路線を変更」。科学的社会主義の党是では、原子力エネルギーを資本のもとではなく、近代合理主義的科学技術によって自分たちが民主的に管理すれば安全は確保できる。原子力の平和利用を限定付きとはいえ認めていた。ただし、軍事的な転用には反対の立場であった。それが福島の事故が発生してから転換、6月になって俄かに脱原発を主張し始めた。何と言う大衆迎合主義、情況主義か。」と書いた。
『震災後のことば 8.15からのまなざし』(宮川匡司)では、吉本氏の発言(2011.6.17)として、「発達した科学技術を、もとへもどすっていうこと自体が、人類をやめろ、っていうことと同じだと思います。」を取り上げいる。(本書所収)
そして、「私は、3.11後俄かに原発反対を叫びだした輩が一番信用できないと思っている。私も理系出身であるので、技術の欠陥や未熟は人間の知恵で克服していかなければならない、という原則は持ち続けなければならないと思う。今回の原発事故事態には、商売としてやっている電力会社やそれと一体の規制省庁による人為的、経済的要因が絡んでいるのはもちろんのことと考える。
私には、自分の持続力が無かった反省を踏まえて、30年前から原発反対の姿勢を変えていない人については尊敬するものである。繰り返すが、日共のように震災後6月になってから原発廃止を主張しているのは論外。
現在の東電や政府、大学などの研究機関が、安全な原発を作り出せるかどうかはかなり難しいと考えるが、自分を含む人類を信頼しているとすれば、必ずや原子力を100%制御できる技術が開発される時が来る、それに向かって進むべきと考える。」と書いた。
2012.7.22「脱原発の風景」で、「私は、この原子力発電を含むエネルギー問題の底には大きな問題があると感じている。今は、仮説を試みるしかないが、原発事故後あれほど騒いでいた地球温暖化が全く聞こえなくなった。そこからは、「温暖化防止=原発推進だった」という仮説が成り立つ。
言われている脱原発の方法としては、太陽光、風力、水力などの自然エネルギーを増やすというものであるが、それらだけではとうてい必要なエネルギーを賄うことができない。どうしても原油や天然ガスに依存する火力発電に比重がかかる。しかし、火発は、大気汚染の問題を引き起こす。また、原料の供給が不安定である。
シリアを巡って現政権維持のロシアと反政府組織を支援する米国、反米のイランを制裁したい米国、中東有事になれば、原油が高騰し、電力料金も跳ね上がるであろう。それにも関わらず17万人の方々は、何があっても未来永劫脱原発なのだろうか。
私は、放射線の研究はもっと進めるべきであり、人間の制御能力はもっと高まると考える。また、利用の可能性も医学や考古学などの他、もっと広がるのではないかと考える。さらに、原子力発電も、核分裂による熱で水を温めタービンを回すといった原理ではなく、例えば、核分裂自体から電子そのものを取り出し電力に変換するといった原理(可能かどうかはわからないが、現状と違う原理を見出すことが重要と考える。)、根本から発想を変えてみるべきではないかと考える。」と書いた。
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