晴走雨読

晴耕雨読ではないが、晴れたらランニング、雨が降れば読書、きままな毎日

明日がいい一日になりますように

2015-11-04 19:10:02 | Weblog

 明日がいい一日になりますように

 「明日(あす)がいい一日になりますように」NHKニュースウォッチ9キャスター河野憲治氏が番組の終わりに時々コメントする言葉である。間違ったことを言っているのではないが、僕には違和感が残る。否、それは不快な感覚、気持ちが悪いのだ。

 河野氏自身は自分の正直な気持ちを表現しているのだと僕は自分に言い聞かせてきたのだが、これを逆なでするようなことが起こった。それは、キムタク(木村拓哉)がタマホームのCMで「明日(あした)もいいことありますように」ときた。僕は、キムタクが「歌わせていただきます」「お付き合いさせていただいています」・・今世の中に蔓延している「させていただく」言葉を流行らせた張本人だと思っているので、段々と許せない気持ちになってきた。ちなみに、僕はキムタク本人を知っているわけではないが、TVでの様子から性格はあまり良くないという印象を持っている。

 され、この不快の原因はなぜなのだろうか。一体誰が誰に向かって発している言葉なのか。キャスターという一個人が視聴者という国民全体に祈りにも近い言葉を発するそんな資格があるのだろうか。僕は、この言葉を聞くと、自分が何か漠たる不安に満ちた空間に投げ出されているような気持になる。近年のこの国は自然災害が頻発し、誰しも明日をも知れない毎日を送っているような感覚になっている。そうじゃない。この言葉を聞かせられることによって、そのような感覚になるよう仕向けられているのではないか。

 安保法制が国会を通過し、いつ戦争になるかも知れぬ、どこから弾が飛んでくるかもわからない時代に踏み込むことになった。弾に当たるも当たらぬも後は運次第ということか。「明日(あす)がいい一日になりますように」の裏言葉は、「一日も早い復興(回復)を祈ります」ということになる。どこかが、誰かが国民に対するイメージ戦略を仕掛けているのではないか。

 こういう仕事は、天皇の役割だと考える。天皇は本質的に稲作文化を背景に持つ生き神様だから、自然の持つ怒りを鎮め豊作を祈り、国民の安寧や国の繁栄を願う役割を負っている存在だから。

 以上は、じじいの戯れ言でござる。こんなどうでもいいことにこだわったり、腹を立てたりするのが、僕の生きている証である。

 

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