チムどんどん「明石通信」&「その後」

初孫との明石暮らしを発信してきましたが、孫の海外移住を機に七年で区切りに。現在は逗子に戻って「その後」編のブログです

2020年、コロナ禍の中での「梅雨入り」

2020-06-12 13:51:35 | つぶやき
6月12日(金)

 今年の梅雨入りは、関西が一昨日、関東が昨日でしたが、首都圏は、まあなんとも不気味な南風の吹き荒れる梅雨入りとなりました。

 振り返ると、屋形船とかダイアモンドプリンセス号とかの話題がニュースに流れて、新型コロナウイルスの脅威になんとなく気づかされたのが2月初めごろだったでしょうか。
 あれからかれこれ4ヶ月、日本の社会は、新型ウイルスに感染しないよう心がけて怯えてきたことになりますが、ここ二週間前くらい前からか、新規感染者数(正確には感染確認者数)がかなり落ち着いてきているのも事実です。
 それも、新たに感染する人のほとんどが東京で、場所も医療機関での院内感染と夜の歓楽街でのいわゆる「三密」の状況に集中していて、千葉も埼玉もしばらく新規感染者数「0」が続きましたし、神奈川も「0」の日があったりします。
 緊急事態が解除され、通勤電車が混みはじめたという話があっても、そこからの感染が確認されていないということは、もしかすると、新型ウイルス、そんなに怖がらなくても大丈夫なのかなと、ふと思ったりもします。
 でも、「それじゃあ」と、ちょっと気を緩めると、どうなってしまうのかわからないといういう惧れはそのままなのも事実です。

 人は年齢とか基礎疾患の有無とかによって様々でしょうが、社会が少しずつ動き出しても、いまだにステイホームに徹している自分を「臆病なのかなあ」と嘆息しつつ、たぶん、世の中のほとんどの人は同じような気分でいるんだろうと自分を納得させています。
 考えてみれば、大阪にだってキタとかミナミとか賑やかな歓楽街があるのに、今はほとんど感染者が出ていない。串カツのソースの付け方を変えたのはほんの一例でしょうが、みんな慎重になっているのは事実でしょう。とにかく、今までの日常を変える工夫の中で、我慢をして頑張っている結果なのですから。

 やはり、ワクチンと治療薬が整備されるまでは、不自由でもじっと我慢するしかないのでしょうね。

 でも、その不自由な中で、外食をして楽しいだろうか、温泉に浸かって楽しいだろうかと考えると、なんかつまらなそうで、まだまだ電車に乗って出かけようかという気分にはなれません。
 ということで、今日も雨止みにご近所のお散歩で気を紛らわしました。

 紫陽花も咲き始めていましたが、最盛期までまだ10日くらいありそうなので、今日のフォトは、ほぼ雑草といっていい花。

  空き地を彩る「ヒルザキツキミソウ」
  


   薄日射す空き地狭しと月見草  弁人


 ところで、今日は、元気旺盛な妻君が僅か3駅ですが、電車に乗って出かけて行きました。
 実は、何年か前から大船のカルチャーセンターの「ズンバ教室」とかに通っていて、いつも「いい汗を掻いてきた」と言って楽しみにしていたのですが、当然ながら、その教室も3月からずっと閉鎖に。
 私よりもいくぶん肝の据わりの良い妻君、「もう大丈夫なのに、まだなのかな」と呟いたりしていたところ、ようやく先日、再開の連絡が入り、先ほど、待ってましたとばかり意気揚々と出かけて行ったわけです。

 「世の中、動き出したか」と思ってはみても、やはり心配です。

 もちろん、それなりの施設でしょうから、再開に当たっては十分な対策を講じてのことだとは思いますが、リズムに合わせて身体を動かすとなれば、リズム音や掛け声は不可欠で、「三密」になりやすいでしょうから。
 それに、昨日までの神奈川県内の感染者数、人口に比例するのは当たり前とはいえ、逗子市3人に対して、大船のある鎌倉市は41人、隣の藤沢市は63人と桁が違います。カルチャーセンターのすぐ先は横浜市栄区で、感染者数570人の横浜市の区ごとの数字がないので何とも言えませんが、いずれにしても、ちょっと勇気がないと、なかなか逗子からノコノコ行く場所ではないような気もします。

 とはいえ、人間として社会生活を営む以上、いつまでも自分の居住地から出ないというわけにはいきませんから仕方ありません。
 その代わり、新たな心配事が次々と生まれてくるわけで、そんな不安の中での状況は、やはり、ワクチンと治療薬が整備されるまでは続きそうですが、それがいったいいつになるのか。なんか、このまま夏も過ぎて、秋の風が吹いてきて、気がつけば年の瀬にということになりそうな気がしないでもありません。


コメント
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