初唐の詩人、王維の漢詩です。
九月九日憶山中兄弟
独在異郷為異客
毎逢佳節倍思親
遥知兄弟登高処
編挿茱萸少一人
九月九日山中ノ兄弟(けいてい)ヲ憶(おも)フ
独リ在郷ニ在リテ異客ト為ル
佳節ニ逢フ毎ニ倍(ますま)ス親ヲ思フ
遥カニ知ル兄弟高キニ登ル処
編(あまね)ク茱萸(しゅゆ)ヲ挿シテ一人ヲ少(か)クヲ
「訳」
自分ひとりが故郷を離れ、異境の旅人となっている。めでたい節句に出会うたびに、親兄弟を懐かしく思う気持ちはひとしおである。今日もはるかに思いやる、兄弟たちが高台に登り、皆そろってはじかみを頭に刺している中に、自分一人が欠けている情景を。
「鑑賞」
陰暦九月九日は重陽の節句で、邪気払いをする「登高」の日である。この作は、長安にあって独り故郷を懐かしむ少年王維の作。十五歳にして科挙受験のために長安に出てきてあしかけ三年、十七歳の少年にとっては、都も「異境」であり、身は「異客」であったろう。故郷の蒲州(三西省永済県)にいれば、家族揃って登高しているだろうに、去年もおととしも「独り」
ぼっちで重陽の節句を過ごしたと語呂を合わせてうたう中に、肉親への思慕がうかがえる。すでに都に貴顕と交わっている才子であっても、まだ十七歳、華やかなればこそ、かえって寂しさはつのる。少年らしい素直な感情のこもった望郷の詩である。
王維の漢詩は、率直、平明、自然です。
石川忠久「NHK 漢詩紀行 」 日本放送出版協会
九月九日憶山中兄弟
独在異郷為異客
毎逢佳節倍思親
遥知兄弟登高処
編挿茱萸少一人
九月九日山中ノ兄弟(けいてい)ヲ憶(おも)フ
独リ在郷ニ在リテ異客ト為ル
佳節ニ逢フ毎ニ倍(ますま)ス親ヲ思フ
遥カニ知ル兄弟高キニ登ル処
編(あまね)ク茱萸(しゅゆ)ヲ挿シテ一人ヲ少(か)クヲ
「訳」
自分ひとりが故郷を離れ、異境の旅人となっている。めでたい節句に出会うたびに、親兄弟を懐かしく思う気持ちはひとしおである。今日もはるかに思いやる、兄弟たちが高台に登り、皆そろってはじかみを頭に刺している中に、自分一人が欠けている情景を。
「鑑賞」
陰暦九月九日は重陽の節句で、邪気払いをする「登高」の日である。この作は、長安にあって独り故郷を懐かしむ少年王維の作。十五歳にして科挙受験のために長安に出てきてあしかけ三年、十七歳の少年にとっては、都も「異境」であり、身は「異客」であったろう。故郷の蒲州(三西省永済県)にいれば、家族揃って登高しているだろうに、去年もおととしも「独り」
ぼっちで重陽の節句を過ごしたと語呂を合わせてうたう中に、肉親への思慕がうかがえる。すでに都に貴顕と交わっている才子であっても、まだ十七歳、華やかなればこそ、かえって寂しさはつのる。少年らしい素直な感情のこもった望郷の詩である。
王維の漢詩は、率直、平明、自然です。
石川忠久「NHK 漢詩紀行 」 日本放送出版協会