山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

‘13年 北陸・関西・東海ほか回遊の旅レポート <第11回>

2013-06-02 05:42:37 | くるま旅くらしの話

【今日(6/2)の予定】 

  道の駅:飯高駅 →(R166・R368・R42・K13)→ 伊勢市近郊のどこかのコインランドリーで洗濯 → その先は未定・伊勢神宮参拝は明日の予定

【昨日(6月1日)のレポート】   

<行程>

道の駅:飯高駅に終日滞在(再泊)

 <レポート>

 今日は静養日である。家を出てから10日目を迎え、旅も間もなく後半に入ろうとしている。いたずらに移動ばかりするのではなく、時には動くのを止め、のんびり過ごすのもくるま旅の恩恵ではないかと考えている。道の駅:飯高駅は、その条件にぴったりの場所である。四方を山に囲まれ、地デジは全く映らず、BSだけは大丈夫だけど、もしTVなどがなかったら、まさに田舎暮らしに最適の場所ではないか。この辺は伊勢茶の産地の一つの様で、道の駅の周辺には手入れの行き届いた茶畑の筋が幾つも連なっている。お茶以外の作物はあまり見当たらないので、これが農業の中核をなしているのかもしれない。

   

道の駅の周辺はこのような茶畑がいくつも点在している。山裾を櫛田川が流れ、四方を山に囲まれたこの地は、静岡の川根などによく似ていて、お茶の栽培には適しているのであろう

この道の駅には、いい温泉がある。いいたかの湯と呼ばれている香肌(かはだ)峡温泉の一つである。昨夜は温泉博士の恩恵に浴して無料で入らせて頂いたが、今日はちゃんと料金をお支払いして入らせてもらうことにしている。ありがたいことに、ここの温泉では、65歳以上の老人には割引があって、600円のところを400円で入ることができるのである。持論だけど、入浴を楽しめる高齢者というのは、病院通いや入院などの病に深刻に取りつかれている者は少ないはずで、もうそれだけで国の医療制度のコストダウンに貢献しているといってもいいのではないか。さすれば、厚労省は各地の温泉に補助金を出して高齢者の入浴料をタダにしてもお釣りがくるのではないか。高齢者医療の問題は、安易な医者通いが昂じて無用のコストを派生させているケースも少なくないはずで、老人というのは元気で医者通いなどせずPPK(ピン、ピン、コロリ)と逝くのが何よりの社会貢献ではないかと自分は思っている。温泉には、病を食い止める効能大なのであるから、この、いいたかの湯の様な扱いは、国策の先を走っているといってもいい。

ところで、温泉上がりにはどうしてもビールを一杯やりたいのだけど、道の駅の中には酒に関する販売店も自動販売機もないのだ。これには昨日も困ったのだが、無いものはないので仕方がない。今日は何とか手に入れようと、朝食の後に付近の集落の中を歩いてみた。国道に面しては自動車の修理・販売店の様なものしかなく、コンビニも皆無だった。集落の中を走る村道のような細い道を歩き回っていると、村の鎮守様らしき神社の傍に、ようやく1軒の酒店と書かれた看板を掲げる店を発見した。わが故郷の田舎にも60年ほど前にはこのような店があったなと、なんだか懐かしくなった。まだ9時前で店は開けてはいなかった。お昼頃にもう一度ここへ来て、念願のビールを手に入れようと思った。

今これを書いているのは午前10時半である。今日は静養日なので、ブログも休もうかと思ったのだけど、飯高のことも紹介しておきたいと取り組んだ次第である。飯高の道の駅のあるこの地は、平成の合併で今は松阪市となっている。昨日奈良の方から来て、高見山の下を通る高見トンネルを潜り出たら、そこに松阪市の標識が立っていたので、それと知った次第である。何年か前にも同じ道を通ってここに来たことがあるのだけど、その時には実に不思議な体験をしたのだった。というのは、高見トンネルに入る前になんだか不思議な感覚にとらわれていたのだが、眼の前の風景が微動だにしないのである。時間が止まったみたいに何一つ周辺の植物たちが動いていないのだ。その時は晩秋近くで、ほんの少しでも風があれば、ススキの穂が風になびくのが普通なのだが、その時はその動きが止まってしまっていた。そして、その不動の状態はトンネルを抜けて、香肌峡を流れ下る櫛田川に沿った道を走る時も続いていたのだった。我に返って、ようやく動いているものを見つけるまでの20分間くらいは、まるで異次元の世界に入り込んだようだった。旅をしているといろいろと思いもよらぬ体験や経験をすることがあるけど、この飯高に向かう道での体験は格別なものの一つになっている。昨日はそのことを思い出しながらやって来たのだけど、もし再体験でもしたら、ここはミステリーゾーンということになり、これは大変なことだなと思ったりした。しかし、他の場所よりは樹木や草むらの動きは少なかったけど、風にそよいで動いている木の枝を見出だして、なんだかホッとしたのだった。

    

道の駅:飯高駅の入口の案内板。道の駅の名称に飯高駅とわざわざ駅を重ねて使っているところは珍しい。この地の人が駅というものに大いに期待されている気持ちが分かるような気がする。

今日は静養日である。もうこれくらいにして、この後はビールを買いに行き、2時間くらいかけて温泉に入り、その後心ゆくまで惰眠を貪りたい。

(続きの追加)

その後の話。午後に温泉に入ることにして、その前に何としてもビールを用意しておこうと、先ほどの古風な酒店まで出向く。店は開いているようなので、中を覗いたら、酒などどこにも見当たらないし、人もいない。その昔ビールなどを入れたショーケースは2~3個あるのだけど、缶ビールも瓶ビールも全く入ってなどいない。奥の方に人はいるのかもしれないけど、これでは買い求めるのは絶望的である。とにかくその近隣は静まり返っていて、聞こえてくるのは少し離れた小学校らしき所で今日は運動会なのか、大騒ぎしている女性の先生のスピーカーの声ばかりだった。ひっそりとした集落には、未来の姿が見えず、朽ちかけた過去が何かを待っている感じがした。立派なお屋敷らしき塀に囲まれた瓦屋根の建物も無人の様で、人気は全く感じられない。日本全国旅をしているけど、どこへ行っても農村や漁村の集落の中に人影を見出だすことは少ない。その寂しさの様なものが、この地にもしみ込んできている感じがした。今運動会に汗を流している小学校の子どもたちは、何人がこの町に残るのだろうか。自分自身もその昔村を飛び出した癖に、今頃は人が本当に住むべき土地を見て、無責任なコメントするような人間になり果てている。

とにかくビールを買うこともできない環境では、自分の様な人間にはやっぱり田舎暮らしは無理だろうなと、改めて思ったのだった。がっかりしながら車に戻る。その後、相棒が見るに見かねたのか、地元の人に訊いてくるといって、パン屋さんに行って仕入れた情報では、なんと、先ほどの集落とは反対の方向に、国道沿いに小さなスーパーがあるので、そこにならあるのかもしれないとのこと。すぐに行ってみると、あった!ちゃんと良く冷えた缶ビールが棚に鎮座していた。ようやく念願が叶って、これで存分に温泉を楽しめるなと安堵した。

その後は、道の駅の売店で買ってきた地元の朝掘りのジャガイモを蒸かして昼食とし、いい気分になって午睡を貪り、3時過ぎ目覚めて、それから温泉へ。2時間ほどいろいろな趣向の風呂に入って体重を絞り、車に戻って先ほどのビールで乾杯して静養日を祝う。相棒の方が自分よりも先に500MLを飲み終えたのには少し驚いた。いい静養日だった。明日は洗濯日、本番は明後日からの再出発になると思っている。

   

道の駅の周囲にはたくさんの宣伝用の旗というのか幟というのかが立ち並んでいた。右側の「来た時よりも美しく」は、中部エリアの道の駅共通のアピールロゴのようである。いい言葉だ。50年近くも昔、静岡の御殿場にある国立青年の家で、初めてこの言葉にお目にかかったのを思い出した。旅する者は、常に心がけなけらばならない大切な言葉だと思う。

 

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