山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

2004年 九州・山陰の旅 ジジババ漫遊紀行(第19日)

2015-02-17 04:57:10 | くるま旅くらしの話

<註:この記事は、10年前の旅の記録をリライトし、コメントを付したものです>

第19日:12月5日(日)

 <行程>

山香町里の駅:風の郷 →(県道)→ 熊野磨崖仏 →(県道)→ 真木大堂 →(県道)→ 冨貴寺 →(県道)→ 長安寺 →(県道)→ 両子寺 →(県道)→ あかねの郷温泉〔泊〕 <45km>

 人騒がせな一夜が明けると、何と、打って変った快晴の天気となっていた。昨夜は九州よりもむしろ関東地区に大風が吹いたらしく、千葉や都心では風速30mを超えるほどだった、というニュースを聞いた。それなのに何人かから、そちらは大丈夫かと、九州にいる自分たちのことを心配してのメールを頂いたのは嬉しい限りである。ありがとうございました。遠く離れていても、自由に交信が可能な時代に生きていられることは幸せだなと沁みじみ思った。

今日からは国東半島を廻ることにしているのだが、実は何を訪ね、どこを回るかについては何も決めておらず、よく分からない状態なのである。昔熊野の磨崖仏と真木大堂だけは訪ねたことがあるが、子供連れで大忙しだったのでよく覚えていない。里の駅の案内パンフレットなどを見ながら、やはりお寺や石仏などの多い国東は、御仏巡礼の里かなと思った。とにかく、思いつくままにお寺などを見て歩くことにした。

先ずは、近くにある熊野磨崖仏を訪ねることにする。5分で駐車場へ到着。ここは、20年前のその昔、買いたてのビデオカメラのセットを肩に担いで(当時はハンディタイプなどなく、今から見ればバカでっかい機材だった。子供のたちの姿をVTRに納めておこうと考え、50万円以上もの大枚をはたいて、思い切って1セットを購入した)ここまでやって来たのだが、長い坂を登って磨崖仏を撮り始めたら、充分に充電した筈のバッテリーが2分足らずで無くなって、撮影不能になり、悔しいやら、がっかりするやらの思いをしたことだけを覚えている。さて、今日は大丈夫かな? 今は動画はやらないことにしており、専らデジカメだけである。

昔のことを思い出しつつ坂道を登り、急な古い石段をゆっくり登ってゆくと、目前の岩壁に巨大な2体の磨崖仏があった。昔のまんまだったが、大日如来像の方は、何か黄色いペンキのようなものがお顔にかかっているようで、気になった。しかし、その表情はペンキをかけられようと何をされようと、微塵の揺るぎもない、深い深い想いの中にあるように見えた。ここの不動明王は実に優しい、親しみ易い表情をしておられ、とてもあの恐ろしげな顔の多い不動明王さんとは思えない。国東の里で彫っていると、彫り手は優しい気持ちになって、いつの間にかこのような作品をつくってしまうのであろうか。国東は剥き出しの岩山などがたくさんあって、厳しい地形の場所も多いように思うのだが、トータルしてみれば、穏やかな風土環境にあるのかもしれない。今回は昔来た時とはと違って、じっくりと石仏の像に思いを馳せることが出来た。

次は真木大堂へ。ここには、その昔この辺一帯の寺(六郷満山65ヶ寺)の中では、最大規模のお寺が在ったとか。平安時代に栄えたらしく、その後大伽藍を火災で焼失し、江戸時代に大堂のみが再建されたということである。有料なので、中に入るのはクニバアに任せて、タクジイは周辺を徘徊(?)する。田んぼの畦道には、冬の12月なのにスミレの花が咲いていた。暖かい里なのであろう。

続いて冨貴寺へ。山の中といっても、さほど急峻ではなく、丘を少しきつくした感じの地形が続く。冨貴寺も由緒ある寺らしい。ここも有料なのでタクジイは外でウロウロしながら待つ。いい天気だ。ジンマシンがまだ完全に消えてはおらず、タクジイの調子は今一で、お寺さんの見聞もあまり積極的ではないが、クニバアのエネルギーは見上げたものだ。小さな寺を1時間近くも歩き回って見聞を深めて来たようである。 (後での話では、富貴寺は国宝であり、クニバアは、国東といえば何事をさておいてもこのお寺だけは訪ねたいと思っていた所だとか。なるほど。了解。)

次は両子寺(ふたごじ)へ向かうことにしたが、途中長安寺という案内板があったので、そこへも回ってみることにした。国東は地図では遠いように見えるが、車だと隣のお寺まですぐに着いてしまう。自転車で廻った方がベターかもしれないなと思った。但しその場合の季節は、やっぱり春が良かろう。

長安寺は、お寺専用らしい、かなりな急坂の細道を登った所にあった。ここも如何にも歴史を感じさせる雰囲気のあるお寺だった。無料なのがありがたい。大黒さんらしい年配のご婦人が、石楠花の苗木を育てて販売されているらしく、境内にたくさん並べてあった。ここは花のお寺として有名なようだ。石楠花のほかにもつつじ、つばき、アジサイなどの木々がたくさん境内を埋めていた。

本堂の外れにまだ幼さの残るワン公が寂しそうに繋がれていたので、近づいて頭を撫でてやったら、嬉しくて、嬉しくて全身を震わせ、動き回っての大騒ぎだった。暫くして離れようとすると大泣き(鳴くではないのだ)して、行かないでくれと懇願(?)されて参った。犬にこんなに情愛を感じたのは久しぶりのことである。クニバアは彼方の方を歩き回っており、タクジイの世界とは無関係。

坂を降りて両子寺へ向かう。国東の山中の道は、四国の八十八カ所巡礼の道に似ている。なだらかな曲線の多い細道だ。いいなあと思いながら暫く行くと、いきなり脇道から車が飛び出してきた。驚いて急停車。見ると50歳代のおばさんが運転している。一時停止など全くするつもりはないらしい。あまりにひどいので、向こうも反省して頭でも下げるのかと停まっていたら、全く反省の考えなどないらしく、手で先に行ってくれという合図である。一体どういう感覚なのであろうか。旅に出ていろいろな地方でいろいろなドライバーに出会うが、地方へ行くほどこのような人が多くなるようだ。しかしこのオバサンはその中でも極めつけの低レベルである。この人は、これから先必ず車の事故・事件を起こすのではないかと思った。仏の里には、その陰に仏顔をした鬼が住んでいるのかもしれない。

両子寺に到着。このお寺は国東半島の最高峰両子山の麓にあって、位(くらい)の一番上のお寺らしい。「六郷満山総寺院両子寺」とあり、参観は有料である。他の寺より少し参詣者が多いようである。しかし、タクジイには、このお寺には、好感が持てなかった。京都の何軒かのお寺さんのように、勿体ぶってケチな印象を受けたのである。「寺の私有地に入るな」とか、「エンジンを切らない車は下山させる」とかの、高飛車な警告板が目立つ。勿論そのような違反行為をする奴は言語道断だけど、お寺さんが頭ごなしにやたらに脅しをかけるというのは、やだねえ。気に入らないねえ。このお寺には、有難味を押しつけるような態度がどこかにあるような気がした。従ってクニバアだけが参詣する。

坊さんたちは気取って、ケチらしいが、境内にいた1匹の太ったトラ猫は妙に愛想があり、駐車場に入ってきた車から人が降りるたび近寄って挨拶を続けていた。それをじっと観察していると、猫という奴もちゃんと人を見て行動しているらしく、変な奴にはそっけなくしているのがわかる。こいつの品定めでは、一体俺はどういうレベルなのかな、などと考えているタクジイであった。

クニバアが戻って、近くにある「あかねの郷」という温泉施設がある所へ行くことにして出発する。ここを今日の宿として考えている。この辺は結構標高があり、道路もかなりの山道が続いている。あかねの郷は、両子山を取り巻く道の、両子寺の反対側にあり、地図では赤根温泉と記されている。左回りの方が少し近道だと思って行ったのだが、これがとんでもない山道で、普段は一般の車は殆ど通らない道らしい。それを知らずに入ってしまった。台風などで荒らされた樹木が倒れ掛かっていたりして、前途を危ぶみながら辛うじて難に会わずに通り抜けることが出来た。急がば回れというが、その通りだった。しかし、初めての人にはもっと分かり易くガイドしてもらいたいものだと思った。

あかねの郷は、山香温泉のあった風の郷に似た施設のようだ。急峻な山の中腹に湧き出た温泉をもとに施設を造ったらしい。駐車場も平らの箇所が少ない。受付でP泊のことを聞くとOKして頂いた。よかった。鄙びた山の湯へゆっくり浸かる。風邪薬の薬禍の発疹も殆ど治まって、やれやれという感じだ。小さな露天風呂からの眺望も素晴らしい。磨崖仏を彫ってみたくなるような、剥き出しの岩崖が木々を分けて何ヶ所か見える。外国からの旅行者らしい青年が二人、風呂に入っていた。声はかけなかったけど、いい旅をしているなと思って少し嬉しくなった。日本の若者もどこかでいい旅をしている奴がいるに違いない。その様な若者がもっともっと増えて欲しいと思う。

風呂から出て、一杯やって、今日も少し早めに寝ることにしながら、世界遺産のVTRなどを見て、しばし時間を過ごす。

【コメント】

◆車で旅をしていて、最も気をつけなければならないのは交通事故に出くわさないことだと思っていますが、自分がどんなに気をつけていても時々どうにもならないほどの危険を感ずることがあります。一般的な所感としては、都市部ほど交通ルールが守られている感じがしますが、都市部では割り込が多くて、ゆとりの車間距離を保つのは困難なようです。せかせかした気分にならざるを得ないのが都市部に住む人間の哀しい習性となってしまっているのかもしれません。

一方都市を離れた地方のエリアでは、交通ルールを忘れている人が多いようで、多くの場合ハット・ヒヤリの出来事に出くわすのは地方道が多いように思います。田舎の人は、車が少ないのを当たり前と過信して、都市部の人よりもスピード過剰の人が多いようです。また、一時停止の標識などは殆ど無視されていることが多く、それが動作の鈍い高齢のご婦人だったりすると、この時のような恐ろしい冷や汗ものとなるわけで、とにかく田舎の道はどんな場所でも都市部よりずっと注意心を膨らませた運転が求められるように思います。

◆お寺さんの対応のことですが、私はお寺というのは、人間の魂の究極的な癒しと安らぎの場であると思っており、来るものを拒まずの場だと思っています。お釈迦様は利益や差別などとは無縁の世界で衆生を救うことを本意とされているのであり、元々お寺の格などというものとは無縁の世界に生きられた方だと思っています。それなのにあれこれ理屈をつけて衆生から銭をせしめたり、来訪者を選別したりしているのはケシカラン仕業だと思っています。その最たるものが京都の各寺であり、あれはもう観光資源としての機能を果たすだけで、仏の教えとは無関係の場所なのだと思っています。元々は建立された時にはそのような歪んだ精神など微塵もなかったのでしょうが、今の世は仏の教えを軽々として扱っているように思えて、どうも感心しません。それ故、この頃は京都のお寺を訪ねることは一切無くなりましたが、国東の各寺が両子寺のような態度にならないことを願っています。お寺さんが衆生を弄ぶような姿は世が乱れている証拠なのであり、それを吹聴するようなお寺は仏を忘れていると思うしかありません。

 

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