山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

筑波山登山の記(第35回)

2015-04-26 02:24:29 | 筑波山登山の記

<第35回 登山日 2015年4月22日(水)>

 前回は男体山登山の御幸ヶ原往復コースだったので、今回は白雲橋コースを往復して女体山に登ることにして出発する。今回は1時にはもう起きていたので、寝過ごすことも無く予定の4時に家を出発する。最近の日の出は5時を少し過ぎた頃となっており、4時になるともう夜が終わりかけているのが判る。道路は空いていて、走っているのは殆どが大型・中型のトラックばかり。40分ほどでいつもの駐車場に到着する。今日もウグイス君たちが姦しく「ホー、ゴインキョ」で迎えてくれた。この辺一帯のウグイス君たちは、何ともはや「ご隠居」に関心大らしい。

 今日からはしばらく晴れ基調の天気が続くようだ。しかし、朝夕は結構寒くて、車の外に出ると冷気が一気に押し寄せて来た。この駐車場辺りの標高は300mを少し超えるくらいか。直ぐに準備をして歩きを開始する。神社脇を通って、間もなく登山口の鳥居を潜る。前回のこのコースは雪の世界だった。あれから2週間が過ぎて、勿論雪など残っている筈もなく、あの出来事は何だか遠い過去の夢幻世界のように思えてくる。登山道は、昨日まで続いた雨模様の天気で、ぬかるみは消えていない。滑り易いので、足元には要注意である。

 今日は小鳥たちのさえずりというのか、鳴き交わす声が賑やかである。何という鳥なのか、知りたいと思っても姿も見えず、ただ聴きながら歩くのみ。白蛇弁天からは、ほぼ直線的な登りの道が続いている。前回は雪で足元の位置が確認できなかった箇所も、今日はむき出しの石がゴロゴロと続いている。1時間ほど登って、弁慶茶屋跡に着く。前回は、ベンチに20センチほどの雪が積もった向こうに下界が俯瞰できたが、今日はそのベンチはただの古びた腰掛にしか見えない。下界も霞にけぶっている。一呼吸して先に進む。

   

今日の弁慶茶屋跡からの景観。前回はこのベンチの上に純白の雪がこんもりと積もっていた。2週間前の出来事であった。

 ここからはこのコースの楽しみが満載の箇所となる。先ずは弁慶七戻りの大岩を潜る。少し登って右手に高天原、更に少し登ると母の胎内くぐりの大岩がある。まだここを潜ったことはない。ここを潜れば生まれ変われるということらしいけど、生まれ変わっても自分的には又同じような人間にしかなれないことを知っているので、胎内は本物の母だけで十分満足している。その先はほんの少し平らな道になるのだが、ここには右手に巨大な陰陽石がある。不思議な造形が続く。

 更に少し登ると国割り石という何だか古事記の神話に出て来る石の世界があり、その先に出船入船という不思議な形の石があり、その少し先に裏面大黒というおかしな格好の大岩がある。これらを見ながらの歩きには、疲れなど全く忘れてしまう。大岩の力というのは、甚大なものなのだなと、通過する度にいつも思う。少し登り下って平らになっている箇所は、先日は樹氷の名所とも思える景観だったが、今日は未だ芽吹きも始まらないブナの林の景色だった。北斗岩を過ぎ、少し登ると大仏岩があり、もうここまでくると女体山頂まであと200mである。6時50分山頂に到着する。

   

前回は見事な樹氷林だったこの道には、間もなく芽吹きを迎えようとしているブナたちが静かに佇んでいた。正面は女体山。

 今日の山頂は、吹き上げる風も無く穏やかな空気に包まれていた。自分以外に誰もおらず、久しぶりに独り占めの気分を味わった。女体山頂は男体山のそれに比べて展望が利く。360度とはゆかないけど、250度くらいは関東平野を俯瞰できるのではないか。頭上には澄んだ青空があるのだけど、それ以外の遠景はどこも霞んでいてはっきり見えない。いつもは見える霞ヶ浦さえ朧である。このところの雨と少し暖かくなったことで、空気が膨らんでいるのかもしれない。本来の春の景観ということなのかも。先日見事な綿飴樹氷を作っていた木の枝には、若葉が芽生えていた。樹の名前は解らないけど、これはブナではないようだ。ブナたちは未だ目覚めていないようだ。しばらく独り占めの景観を楽しむ。

   

今日の女体山頂からの俯瞰。関東平野は間もなく田植時を迎える田畑の耕作の最盛期を迎えようとしているようだ。

   

前回は見事な綿飴樹氷を作っていた女体山頂付近の木にはもう逞しい若葉が芽吹いていた。

 毎度着替えを持参しているのだが、さっぱり汗をかかないので、いつも持ち帰るだけとなっているのだが、今回もそうなってしまった。今日は大して寒くも無いというのに、どうして汗をかかないのか不思議に思う。かかない方が面倒でないから好都合のように思えるかもしれないけど、自分的には大汗をかいて体内の水系統の器官を循環させて活性化したいと思っているので、何か物足りない。もしかしたら、老人となって早くも枯れ始めたのでは?などと思ったりした。次回以降に期待するしかない。下山を開始する。

 下りは油断なく足元を確認しながら歩を進める。今日も二本の杖を持参している。今回は少し長めの物でトライしてみようと、20年ほど前に西国三十三観音巡りをした時に第一番寺の青岸渡寺で買ったものを持参している。この時の杖が3本残っていたので、それにニスを塗って再使用することにした。長さが150センチほどあるので、下りには効果的かなと思った次第。使って見て、長さはOKなのだが、この杖には頭の方に宗教的なギザギザ模様が刻まれており、それが握りを邪魔しているのが残念な感じがした。ま、要は使い方次第ということかもしれない。

 淡々と下山を続ける。弁慶茶屋跡を過ぎた少し下に沢があって、その付近に二輪草の群落があり、その周辺にはカタクリやキクザキイチゲも多く見られるのだが、前回は全くの雪の中だった。2週間後の今は、カタクリとキクザキイチゲたちの花は雪と一緒に消え去ったようで全く見られず、純白の二輪草だけが春を謳歌していた。そこを通過した後は、ひたすら足元を見ながら下山を続ける。白蛇弁天が近づく頃に、登山道が、散った桜の花で真っ白に染まっているのに気づいた。登るときはひたすら足元ばかりを見ていたので、このような風情ある景色に気づかなかった。何処に桜の木があるのかわからないのだけど、これはもう山桜に違いない。やっぱり、山桜はいいなあと思った。間もなく登山口に着く。

   

山桜の花吹雪の道。これは上の方から撮ったもので、写真では平らのように見えるけど、実際はかなりの急坂である。

 あとは駐車場まで歩いて戻り帰るだけなのだが、この途中に気になっている場所があった。それは筑波山神社の境内脇に咲いている筈のツクバキンモンソウの確認である。ジュウニヒトエに似たこの小さな植物には、特別の愛着があって、3年前に見つけて以来、毎年それを見るのを楽しみにしている。今朝も登りの時に咲いている筈のその辺りを探してみたのだが気づかなかった。それで、帰りにはもっと慎重に探してみようと思っていた。まだ少し早い時期なのか、土手に生えている草たちも少ない感じがするけど、ツクバキンモンソウはなかなか見つからない。少し下ってようやく発見した。小さな株が3つほどあって、紫色の小さな花を咲かせていた。嬉しく安堵した。良かった。それにしても昨年はもっとたくさん元気よく咲いていてくれたのに、こんなに少なくなっているのはどうしたことだろうと思った。もしかして、筑波山も山麓辺りは駐車場の工事などが続いており、次第に本来の筑波山らしい環境ではなくなって来ているのかもしれない。ちょっぴり複雑な気持ちになった。

   

筑波山神社境内の脇道に見つけたツクバキンモンソウ。地べたに這うようにして小さな紫の花を咲かせている。注意してみないと見過ごしてしまう存在だ。それ故に愛おしい。

 駐車場に戻ったのは8時20分だった。直ぐに車を出発させ帰途に就く。自宅に戻ったのは9時15分だった。今月4回目の登山を終えて、身体の方も次第に馴染んで来たらしく、もはや筋肉痛も殆ど感じなくなった。あと一回くらいは基本コースを辿ることにして、そろそろよりハードなコースにチャレンジしたいと思っている。何よりも、大汗をかきたいと思っている。  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする