山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

宵宵妄話について

2009-02-02 04:51:11 | 宵宵妄話

 新しいカテゴリーとして、「宵宵妄話」を設けることにしました。何のことなのか解らないと思いますので、少し解説をします。

 私は人生80年説を信奉しています。人生80年説というのは、人間として80年をしっかり生きて、PPK(ピン、ピン、コロリ)とあの世に逝くのが理想、という考え方です。

 この考え方に沿って、人生時計を24時(=1日)に置き換えて考えて見ますと、1年は18分に相当することになります。つまり、オギャアーと産声を発してこの世に生を受けた時が0時0分で、それから1年経つと0時18分が過ぎたということになります。このようにして計算しますと、例えば20歳というのは午前6時丁度となります。40歳は12時00分で丁度正午となり、人生の半分を通過することになります。定年が60歳であれば、その時刻は18時丁度となります。この計算でゆくと、人生のたそがれ時というのは丁度定年の頃となるわけです。

 さて、宵というのは何時ごろを言うのでしょうか。これは時刻的にはどうもはっきりしないようです。夕べと夜の間という説もあれば、単に夜という説明もあり、迷うところですが、私は午後の20時過ぎくらいを言うのではないかと勝手に思っています。というのも、私は現在満68歳であり、これは80年人生時計では20時24分を過ぎたところに該当します。もうすでに20時30分くらいになっているのかも知れません。丁度「宵」どきと言えそうです。

   

20時30分の時計。これは現在の私の人生の時刻を示している。宵どきである。

 また「よい」は「良い」であり「酔い」でもあり、これを二つ重ねるとヨイヨイともなり、なかなかイメージを膨らますのに好都合のことばのように思います。そのようなことを思いつつ、私自身が人生の宵時に在って、悪あがきの妄想を我鳴(がな)りたてるのも面白いのではないかと思った次第です。それで「宵宵妄話」というカテゴリーとすることにしました。

 今の世は、妄話が猛威を揮(ふる)える大チャンスの時のような気がします。いちゃもんをつけるのに好都合の話題が果てしなく湧き出でている感じがします。正義漢面(せいぎかんづら)して世相を切るには話題は事欠きません。しかし、ちょっぴり冷静に考えてみると、いつの世も人生がたそがれ時に入ると、妄話を吐くことくらいしか為すことがなくなってしまい、暇に任せて大言壮語するということなのかも知れません。うっかりすると妄話ばかりで、くるま旅くらしの話など忘れてしまいそうです。せいぜい勝手に興奮などして、認知症への誘(いざな)いを押しのけるように努めたいと思っています。

<テンプレートの再変更について>

 テンプレートを両サイドバーに変更してみましたが、使っているパソコンの画面によっては、却って読み難くなってしまったようです。それで以前とあまり変りませんが、今度は右サイドバーに変更することにしました。 

コメント
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