村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

後白河天皇ゴシラカワテンノウ

2022-12-10 22:59:16 | 和歌と歌人

 後白河天皇ゴシラカワテンノウ
 和歌・歌人146
池水に
みぎわの桜
散り敷きて
波の花こそ
盛りなりけれ

後白河天皇
ゴシラカワテンノウ
[生]大治2(1127).9.11. 京都
[没]建久3(1192).3.13. 京都
第 77代の天皇 (在位 1155~58) 。
名は雅仁,法名は行真。
鳥羽天皇の第4皇子。
母は中宮待賢門院璋子 (権大納言藤原公実の娘) 。
久寿2 (55) 年践祚し,次いで即位した。
皇位継承に端を発した保元の乱
(→保元・平治の乱 ) は天皇方の勝利となったが,
在位わずか3年にして保元3 (58) 年,皇太子守仁 (二条天皇) に位を譲り,
上皇として院政を始め,
のち六条,高倉,安徳,後鳥羽と
4朝にわたって院政を行なった。
その間に平治の乱,平氏全盛,
源平合戦 (→治承の内乱 ) ,平氏滅亡,
鎌倉幕府の成立,守護地頭の設置など
世は激しく変化していったが,
院は近臣とともに種々の権謀術数を弄して対処した。
また仏道に志し,嘉応1 (69) 年剃髪して法皇となり,
蓮華王院,長講堂などの造寺あるいは造仏,
そして熊野,高野,比叡,東大寺などの参詣を盛んに行なった。
また『梁塵秘抄』 (10巻) ,『梁塵秘抄口伝集』 (10巻) を撰した。
陵墓は京都市東山区三十三間堂廻の法住寺陵。

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