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禁欲というムスリムの文化

『アルコールと酔っぱらいの地理学』より
 酒・飲酒・酪酸は地理学者に豊かな研究テーマを提供してきた一方、節制の文化、そして夜間経済に喜んで参加する非飲酒者からみた都市再生におけるアルコールの重要性の意義にはあまり注意が払われてこなかったのような禁酒についての歴史的な研究を除く)。しかしながら、ある研究によればイギリスの人口の13%は1年を通じてアルコール飲料を飲まないとされている。いくつかのキリスト教宗派と並び、南アジアにおけるすべての主要な宗教はアルコールの使用を非難しているが、実際には禁欲が広範に実践されているのはムスロノムだけである。ここでわれわれは、コミュニティ内におけるムスリムの態度とアルコールに関係した実践を探究する。そうすることで、ムスリム・コミュニティの節制の文化が、成員の空間へのアクセスや使用のどのような特徴となっているのかに着目する。その際、われわれは非‐人間の行為者としてアルコールによって演じられた積極的な役割を強調しているレイサムとマコーマックに従う。ここでは社会的亀裂が生み出され、新しい排除が作り出される作用を探究することを通じて、表出した社会関係を重視していく。
 最新の国勢調査〔2001年〕によれば、イギリスにおけるムスリム人口は160万人で、最大の宗教マイノリティである。ただし、この数字は実際の人口に対して控えめな見積もりであるとみなされている。イギリスのムスリムの大多数は南アジア出身であるが、それはこのコミュニティが均質であることを意味するのではなく、むしろ文化的・言語的・教義的な違いによって二分されている。ムスリムはしばしば黒人やアジア人の想像上のコミュニティに位置づけられているが、かれらは、人種やエスニシティや国籍などよりも、まず信仰との関係で自身を定義している。それゆえ、宗教的価値観はムスリム・コミュニティにとって不可欠なものである。イスラームはイップが定義するところの「全体的なシステム」であり、それがムスワムを個人的および集合的に、かれらの日常生活のあらゆる観点において導いている。そのため、この信仰は個人の実践とコミュニティのリズムの両方において時空間的な慣習を強力に形づけてもいる(たとえば礼拝のしきたりやモスクヘの訪問、クルアーン〔コーラン〕教育など)。実際、クルアーンは文字通り神の言葉であり、変えたり妥協したりすることはできないと広く信じられている。
 この信仰の教義において明確な理由を提示してはいないものの、イスラームはアルコールの消費を禁止している。そのため、多くのムスリムと同様に、われわれのインタビュー対象者はより広い社会におけるアルコールの肯定的あるいは否定的インパクトにかかわらず、酒を飲まないと説明する。
  イスラームは独自の文化を持っています。それはイデオロギー的な基盤で、飲酒しないことはその一部なのです。飲酒は完全に禁止されていて、それは規則であり法なんです[編集一私が従っている生活の規範はイスラームで、何が合法で何が違法かはクルアーンによって定義されていますし、クルアーンでアルコールは違法とされているから飲まないんです。[編集]私はそれがいつも有利なことだと思っています、クルアーンの教えを守ることが天国に人を導くと信じていますし、それは非常に有利なことだと思っています。(アフズル・モハメド、ストーク・オン・トレント、45~54歳、男性、NS‐SEC4)
  アッラーが禁止しているというので飲酒は禁止されています。理由はありません。特別に与えられた理由は……ないのです。アッラーが禁止されていると言うのですから、禁止されているんです。私たちは・酒を飲むことに加わりません。社会においてわかること、飲酒が社会のなかでいかに問題を作り出しているか、イスラームから見ればそれが禁止されている理由ではないんですがね。禁止されている、それがすべてです。でもアルコールの影響の後で、人びとは、アルコール依存症の人びとは、社会における影響の後で、それが引き起こす問題をもって飲酒しない理由と考えますが、イスラームについて話したり、イスラームに言及したりするなら、私たちが飲まないのはアッラーが禁じているからです……[私は一許されるものと許されないものの規則を遵守しますし、飲酒は許されていないから飲みません。
 この禁欲の文化は社会的な義務によって統制されている。イギリスのムスリム・コミュニティにおいて、緊密に編圭れた家族ネットワークは、特に第1世代の移民にとって、強い統合と調和への期待を生み出している。家族の名誉と両親や目上の者への尊敬を維持することは、信仰の重要な要素とみなされている。クルアーン、シャリーア〔イスラーム法〕、ハディース〔預言者ムハンマドの言行録〕はどれも家族の義務や階層的な家族関係を強調している。実際、イップが指摘するように、クルアーンにおける法的な命令の3分の1は結婚や家族に関係しており、これらの関係がいかに管理され、統制されるべきかを示している。同様に、パキスタン系ムスリムのビラダリ(文字通りの意味は同胞的関係)は、より広い氏族や部族のネットワークや献身に対応している。ここではメンバーに対する支援や連帯の感覚を提供するだけでなく、社会的な義務や期待一切を同時に伴う。このように、コミュニティが禁欲に関する価値観や規範を共有するので、その社会的ネットワークはメンバーの振る舞いを監視し制限する役割を持つ。この種の過程に言及して、コールマンは、(子どもたちが友達同士で親同士が友達であるような)信仰コミュニティのような社会集団が、子どもたちをその「規範」へと社会化し、「世代を超えて閉じられた」価値体系への献身を強めていく両親の能力を支え強化するとしている。たとえば地理学の先行研究は、ムスリム・コミュニティがこの方法でいかに若い女性の服装やその他の身体化されたアイデンティティを規定するかを示してきた。次のインタビュー対象者が説明するように、同様の過程がアルコールの消費との関係でも明らかである。
  正式な取り締まりの形があるわけではないんですが、そういう人たちがいるんです。それぞれのコミュニティにイスラームの核があって、その人たちが出かけていくことで、かれらの存在がたいてい飲酒を防ぐのです。(アフズル・モハメド、ストーク・オン・トレント、45~54歳、男性、NS‐SEC4)
 特に、ムスリム・コミュニティが特定の地区に集中していることと、市の中心部で運行している夕クシー運転手の多くがパキスタン・コミュニティに属していることから、コミュニティの目がいつもストリートに注がれているという感覚がある。いつも潜在的に誰かにみられている可能性があるというこの事実は、飲酒しようとした何人かのインタビュー対象者が、結果的にフーコー的な意味での自己統制が働くと表現していることを意味していた。実際、ムスリムの回答者のなかには、飲酒への誘惑に抗する自分の力や、信仰の規律において感じている自尊心の感覚について述べている人もおり、さらには禁欲による財政的・健康的効能を見出す人びともいる。
 レイサムとマコーマックは、アルコールの持つ作用について、「アルコールの及ぼす影響は、社交性の特殊な型のなかで示されており、都市的なものを通じて存在し関係づける方法、すなわち、酪酎や中毒状態とみなせるような動きや、ジェスチャー、歩行、会話の仕方」にあると論じている。第7章でみるように、さまざ圭な仕方で感情的な激しさを強めるアタコールの力は、飲酒者をリラックスさせたり、楽しませたり、羽目を外させたりする。しかし、飲酒をしないかれらムスリムにとって、アルコールは嫌悪や反感といった感情を生み出し、感情の構造において逆の影響力を持っている。限られた形で飲酒に関わったインタビュー対象者はしばしば、アタコールの味を楽しみやリラックスという感覚を生み出すものというよりは不愉快なものとして表現する。より一般的にいえば、飲酒しない人びとのコメントは、通常と異なる行動をさせる独立した原因物質としてのアルコールの力に対する嫌悪を示している。アルコールは特に好ましく尊敬される個人をうるさく、手に負えない、子どもじみた人物に変えてしまう。そのような振る舞いは、文化的に期待される慎み深さやきちんとした所作とは逆なのである。アルコールが「自信の増幅器」であるために、それは通常なら法を遵守する市民同士の対立や暴力を生み出す、強引なあるいは攻撃的な形で人びとを行動させうると語るインフォーマントもいた。
  〔アルコールは〕基本的にわけのわからないことを話させるし、そう、暴力的になる人もいます……私たちの宗教ははっきりと飲むなと言っていますが、私はなぜそう言われているのかよくわかります。飲酒は人に普段しないはずのことをさせたり、普段言わないことを言わせたりするからです……どのぐらい飲んだかによって、酒は人を完全に変えてしまいます……だから一定量以上飲むと人は人を尊重しなくなるんです、人を尊重しないんです。(ファルーク・フセイン、ストーク・オン・トレント、25~34歳、男性、NS‐SEC2)
 もちろん、どんな信仰でもそうであるように、毎日の実践のなかで常に宗教的な禁忌が忠実に守られているというわけではない。禁欲の文化があるにもかかわらず、パキスタン系ムスワムのなかにはアルコールを試してみたり、あるいは日常的に飲む人もいる。次節では、パキスタン系ムスリム・コミュニティ内での不在の存在としてのアルコールの役割を見ていく。

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