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メディアの強い効果 沈黙の螺旋 滋養効果

『政治学』より 世論とメディア マスメディアの世論への影響

フレーミング効果

 一般に、人々はある争点を理解する際に、何らかの枠組み(frame、フレーム)の中で理解しようとする。したがって、どのフレームを用いるのかによって、その人にとっての情報の持つ意味が変わる。ということは、ニュースで聞いた出来事に対する評価も、その人がどのフレームを用いてニュースを理解するかによって変わるということになる。そうすると、同じ事実を伝えても、情報の送り手であるメディアが報道内容をどのようなフレームで報道するかによって、情報の受け手の意見や態度が影響を受けると考えられる。これをフレーミング効果(framing effects)と呼ぶ。

 アメリカのマスコミュニケーション研究者は、そのようなフレームとして数種類を提示している。たとえば、「紛争フレーム」の例では、アメリカ大統領選挙における共和党と民主党の争いを両陣営の紛争としてとらえて、ことさら意見が衝突する側面を強調して報道すると、受け手もそのように理解する。また、「ヒューマン・インパクトのフレーム」は、事件の被害者などに対して共感や同情といった人間性を強調した視点からその問題を報道する際に用いられる。

 情報の送り手であるメディアがどのようなフレームでその問題を報じるかによって、同一の事実でも情報の受け手である人々は異なる世論を形成することになる。たとえば、先に例に出した旧ューゴの内戦の場合も、「紛争フレーム」で報道すると、旧ューゴの内戦をセルビアとクロアチアやボスニア・ヘルツェゴヴィナといった旧ューゴの共和国間の紛争ととらえ、受け手はそれぞれの共和国の利害のぶっかり合いとして理解することになるだろう。だが、先にあげたボスニア・ヘルツェゴヴィナの市場の空爆の報道を、非戦闘員が爆撃で殺されたという「ヒューマン・インパクトのフレーム」で報道すると、セルビアが許しがたい軍事行動をとっているという世論が形成されるだろう。

プライミング効果

 政治学者で認知心理学の研究を取り入れているアイエンガーらによれば、メディアが報道するニュースは、議題設定機能を果たすだけでなく、受け手(一般市民)がどの政治的争点が重要かを判断する際の基準の形成にも影響を与えるという。これをプライミング効果(priming effects)と呼ぶ。たとえば、メディアが政治指導者の業績や政治手腕について報道する際に、外交面における業績(もしくは失敗)にばかり集中してしまうと、ニュースの受け手である市民は、外交面ばかりに注目をして(そのウェイトを大きくして)、政治指導者の評価をすることになる。

 たとえば、G. W.ブッシュ第43代米大統領(2000年に当選)は、外交音痴と言われていたが、彼が大統領としてどのような能力を持っているのかを個々の政策領域ごとに判断するのは、普通のアメリカ人には難しいことであっただろう。そのような中で、2001年9月11日にニューョークの世界貿易センタービルとワシントンD. C.の国防省が同時にテロリストの攻撃を受けた(「9.11テロ事件」)。アメリカのメディアは、テロ直後のブッシュ大統領の愛国心に満ちた声明とテロに対しての強硬な姿勢を、大きく報道した。その結果、大統領の支持率は急上昇した。この例はメディアが意図的にプライミングしたものではないが、当時の多くのアメリカ国民は、反テロのリーダーの側面に焦点を合わせた報道(プライミング)から大統領の評価をしたのである。

沈黙の螺旋理論

 議題設定機能と同じく、1970年代に新たな強カ効果論の理論の一っとして登場し注目を浴びたのが、ドイツにおける世論研究の大御所ノエル=ノイマンの「沈黙の螺旋」(the Spiral of silence)理論である。彼女は、長年の世論調査データ分析の経験とコミュニケーション研究の理論的研究の蓄積の双方から、個々人は自分の意見が世間の大多数の人々の意見と異なると感じた場合、孤立することを恐れて沈黙してしまう、という理論を提示した。すなわち、メディアがある問題を報道し、さらにその問題に関してその社会の人々の意見分布を紹介すると、自分の意見が少数派だと感じた人は沈黙し、その結果ますます多数派の意見が強く報道されるよりこなるというメカニズムを、「沈黙の螺旋」とノイマンは呼ぶ。この沈黙の螺旋理論は、ある意味ではメディアの議題設定機能の一つの側面を強調した理論とみなせるので、新強力効果論の一理論としてとらえられた。

 たとえば、アメリカは2001年の「9.11テロ事件」後に、テロ攻撃を行ったタリバン勢力をアフガニスタンから武力的に駆逐したが、2002年になるとアメリカはテロ支援国家として、イラクに対して武力攻撃を行い、フセイン政権を崩壊させた。ヨーロッパや世界各国はアメリカのテロ勢力との対決は支持したが、イラクヘの武力攻撃には慎重な姿勢を示していた。しかし、アメリカ国内では、対テロの外交政策ではブッシュ大統領の支持が高く、反対を唱えることが難しくなっている状況だったと伝えられる。このような多数派の意見の前で少数派が沈黙してしまう状況が、ノイマンの主張する「沈黙の螺旋」現象である。

 この「沈黙の螺旋」理論によれば、軍国主義国や、全体主義国において、その政府の方針に対して疑念をいだいた個人がいたとしても、反対の声をなかなかあげられないのは、政府による弾圧への恐怖からだけではない。その社会全体の大多数が賛成している方針には声をあげて反対を叫ぶことが難しいと考えるのである。第二次世界大戦前から大戦中のドイツや日本で、政府の方針に内心は反対だった人がいたにもかかわらず、声に出せずに沈黙してしまったのはこのためでもあったと考えることもできる。

 「沈黙の螺旋」理論を突き詰めて考えると、情報の受け手である一般市民は、自分の意見がその社会の多数派と異なってしまう場合に、その社会の中で孤立し、何らかの不利益を被る(たとえば、就職ができない、会社の中での昇進が止まるなど)と考えるので、多数意見に同調すると考えられる。そうすると、「沈黙の螺旋」によって自分の意見を多数派に同調させる市民は、合理的に状況判断をしている市民ともいえる。彼らはメディアを、世間の多数派の意見分布を示す窓(もしくはモニター画面)のようにとらえているのだろう。

メディアの滋養効果

 1970年代以降の新たな強力効果論の中でも、メディアが人々へ与える影響が、短期的なものではなく、長期的なものであるとしたのが、「涵養効果」(cultivation effects)論である。これまでに見てきた新強力効果論は、「議題設定機能」理論、「フレーミング効果」論、「プライミング効果」論のどれも、ある程度短期的にメディアの影響が人々の政治的態度や意見に影響を与えると考えてきたものである。それに対して「涵養効果」論は、長期的な影響を想定した理論である。また涵養効果の研究は、メディアの中でもテレビの影響に注目したのであった。

 アメリカのガーブナーらは、1970年代に、長期にわたってテレビを長時間見ていると、ある一定の価値観を身にっけることになるのではないか、という仮説を示した。彼らはこの涵養効果の研究を長らく続けたが、テレビのニュースやドキュメンタリーなどの報道番組ではなく、主にドラマ番組に焦点を合わせて、どのような内容を放送しているかを分析したにのょうな分析を内容分析(content analysis〉と呼ぶ)。その結果、アメリカのテレビドラマには現実社会よりもずっと暴力行為が頻繁に出てくることが統計的に示された。さらに、ガーブナーらは視聴者の意識調査を行い、長時間テレビを見ている者の方が、短時間テレビを見ている者よりも、自分が実社会で暴力に巻き込まれる可能性が大きいと考える比率が高いことを示した。このように、テレビは人々の社会に対する認識に長期にわたって影響を与え、ある程度はその認識を形成していると考えられたのである。

 そのように考えると、長年にわたって、ニュース報道で汚職に手をそめる政治家ばかりを見てきた日本の有権者が、「ずるい、汚い」という政治家像を形成してきた可能性はあるだろう。
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