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現代のナショナリズム

『現代の政治学の世界』より 現代のナショナリズム

ナショナリズムの歴史的形成

 近代の国民国家の形成が地域ごとに異なるように、ナショナリズムの発現形態もまた地域や国によって異なった様相をみせてきた。近代の初期に主権国家の形成が始まったヨーロッパでは、当初は封建国家あるいは絶対主義国家という形態をとっていたが、近代市民革命が起こることによって、身分的な階級関係が廃止されて「市民」という階級横断的で等質的な諸個人が形成された。この「市民」の形成が同時に権利の上で自由で平等な「国民」という概念を作り上げたのである。1789年のフランス革命は、王政と身分制を撤廃することで、フランス国民という等質的な「市民」を作り出し、国民意識を形成したのである。この国民意識は、経済的には、国内市場での自由な活動を望んでいたブルジョアジー(市民)の統一国家への要求を背景としたものであった。こうした国民意識がナショナルなものにたいする熱狂的な意識、すなわちナショナリズムの基礎をなしていた。19世紀後半になると、ドイツやイタリアなど他のヨーロッパ諸国でもイギリスやフランスに遅れて国民国家の形成の動きを強めるようになった.

 20世紀に入ると、国民国家の形成は、ヨーロッパ諸国からアジア・アフリカ諸国に拡大していった。アジア・アフリカ諸国は、概して、ヨーロッパ諸国の帝国主義的な植民地支配のもとに置かれており、そうした状況のなかでは、植民地的な支配と従属の関係からの自立ということがそれらの諸国の大きな課題となっていた。こうしてヨーロッパの帝国主義諸国からの独立と国民国家の形成への動きが、ネイションの形成、国民国家の形成へとつながっていった。そのさいに生まれた国民国家形成に向けての独立運動がもう1つのナショナリズムを構成したのである。第二次世界大戦後のアジア・アフリカ諸国では、多くの国々が植民地支配国とのあいだの独立運動や独立戦争によって国民国家を形成した。アジアでは、インドはイギリスから、インドネシアはオランダから、そしてベトナムはフランスからそれぞれ独立した。

 以上のナショナリズムの2つの類型は、いずれも、国民国家の形成にさいして生まれたナショナルなものへの人々の熱狂的な意識を前提としたものである。しかし、ナショナリズムは、それが国民的な統合を前提にしていることから、対外的な侵略や対外的な攻撃のさいに利用される場合もありうる。国民国家としての統一を果たした先進諸国のなかにも、帝国主義的な進出をはかるさいに国民意識の高揚をはかる手段としてナショナリズムを利用したケースがある。1930年代のドイツのナチズム、イタリアのファシズム、そして日本の軍国主義的なファシズムは、対外進出を正当化するためのイデオロギーとしてナショナリズムを利用した。1930年代には、ヒトラーのナチス・ドイツはオーストリア共和国をドイツ帝国へ編入し、イタリアはエチオピアを占領し、日本は満州を占領するという帝国主義的な侵略政策を進めた。この場合のナショナリズムはネガティヴな側面をもっており、国家機構に権力を集中し国内的には総動員体制をとって対外進出を行う場合の国民意識の高揚に利用されたのである。その意味では、ファシズムやナチズムは、組織されたナショナリズムの運動であった。したがって、これらの国々においては、戦後世界において、ナショナリズムという言葉自体がマイナスのイメージで捉えられてきた。現代のドイツにおいては、依然として、ナチズム時代のドイツ・ナショナリズムをふたたび成立させてはいけないという考え方が支配的である。

リージョナル化とアイデンティティの拡大

 欧州連合(EU)は、現在のところ、28カ国から構成される国家連合(コンフェデレーション)である。1952年に石炭鉄鋼共同体が設立され、1957年にローマ条約が調印されて欧州経済共同体と欧州原子力共同体が発足すると、1967年にこれら3つの共同体が統合して現在のEUの原型を作り上げた。その後、1973年に、ベネルクス3国、ドイツ、フランス、イタリアの6カ国に加えて、デンマーク、アイルランド、イギリスが加盟し、その後ギリシア、スペイン、ポルトガルが加盟した、さらにオーストリア、フィンランド、スウェーデン、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ブルガリアなどが加盟した。

 このようなEUの拡大は、国民国家という従来のナショナルな枠組を超えた大きな地域統合体の形成をもたらした。こうした地域統合を示す用語として使われているりージョナル化は、加盟国国民の意識の面でもアイデンティティの拡大をもたらしつつある。1992年にオランダのマーストリヒトで欧州連合条約が調印され、翌年には現在の欧州連合(EU)が成立し、国境を越えた人・モノ・サービスの移動が自由になった。国境の垣根が取り払われて人の移動が自由になることは、従来のナショナル・アイデンティティが直ちに消滅することを意味しないとしても、少なくともその境界が撤廃されることで上位のアイデンティティが形成されることを意味している。そして1999年には統一通貨であるユーロが導入され、すべての加盟国ではないにしても通貨統合が達成された。通貨統合への参加国が同じ通貨を使用するということは、それまで以上にそれらの国々のあいだで連帯的な意識を高めることにつながっていった。しかし他方では、EU域内に経済格差が存在することが、今日のギリシアのデフォルト(債務不履行)とユーロ圏からの離脱の可能生という問題を引き起こしているというのも事実である。

 こうしてリージョナル化によって、ナショナル・アイデンティティという従来の意識に加えて、EUという拡大した公共的な政治空間にたいするアイデンティティの意識が生まれるような環境が作り上げられつつある、欧州連合条約の第9条には、「構成国の市民はすべて、連合の市民」であり、「連合市民権は、各国の市民権に付加して認められるものであり、それに取って代わるものではない」と規定されている。連合市民権、いいかえればEU市民権は、ナショナルな市民権に加えて設定された拡大された市民権ということができる。実際問題として、EU以外の国々にたいしては、自らをEU市民として認識するようになっている。このようにEUの市民のあいだには、ヨーロッパ市民という意識が芽生えつつあるといってよい。このことは、アイデンティティの水準が、ローカル、ナショナル、リージョナルという多層的な構造を作り上げていることを意味している。

グローバル化と排外主義的なナショナリズムの台頭

 グローバル化は、世界的な規模での人口移動を引き起こしている。グローバル化を広く捉えて近代以降の現象としてみると、近代以降に世界的な移動が生じたということができる。ヨーロッパ諸国から北アメリカヘの人口移動をみると、17世紀から今日までのあいだに、約4,500万人がヨーロッパから現在のアメリカとカナダにあたる北アメリカに移住した。今日の北アメリカに居住している住民の多くは、その祖先をこうした移住にまでさかのぼることができる。またヨーロッパ諸国から中央・南アメリカヘの人口移動については、スペイン、ポルトガル、イタリア出身である約2,000万人が、中央・南アメリカに移住した。今日これらの地域では約5,000万人がヨーロッパ系住民である。

 さらにヨーロッパ諸国からアフリカおよびオセアニアヘの人口移動についてみると、これらの大陸では、約1,700万人がヨーロッパ系移民である。これらの人口の流れがアメリカやカナダ、中南米諸国、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドにおけるエスニシティ構成の主な基盤となっていった。これらのすべての国々では、原住民は征服され、ヨーロッパ人の統治下におかれ、南北アメリカやオセアニアでは、ネイティヴの人々は比較的小規模のエスニック・マイノリティとなっていった.

 1980年代以降の新自由主義的にもとづくグローバル化の拡大は、発展途上国から先進諸国への人口移動を押し進めた。国際的な移民や難民の人口移動についてみると、その原因として指摘できるのは、第1に、発展途上国における極端な人口増加と経済発展の停滞とのギャップである。このため、南の貧しい国から北の豊かな国への人口移動が加速化された。第2に、発展途上国での内戦、飢餓、環境破壊が、とりわけ中東諸国やアフリカ諸国からヨーロッパヘの人口移動を増加させている大きな要因となっている。また2003年のイラク戦争後、イラクやシリアでは内戦状態となり、そこで勢力を拡大しているイスラム国によるテロ行為が、シリアからの難民をEU諸国へ移動させる大きな原因となっている。

 こうした移民の増加にたいして、EU諸国においては、極右政党を中心に移民排斥の動きが起こっている。フランスの極右政党である国民戦線や、ドイツの極右政党の国家民主党(NPD)などは、いずれも排外主義的なナショナリズムを掲げて移民や外国人の排斥を主張している。これらの極右政党が主張する排外主義的なナショナリズムは、移民や外国人を排除することによってナショナル・アイデンティティを高めようとするものであり、1930年代のファシズムやナチズムが国民統合のために利用したナショナリズムと類似している面があるということができる。とりわけヒトラーのナチズムは、ユダヤ人を排斥することで国民統合を推し進めたからである。これらの排外主義的なナショナリズムの台頭が、現代のナショナリズムのもう1つの特徴となっている。

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