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第二次世界大戦 対独戦略とヤルタでの悲哀

『物語 イギリスの歴史』より 第二次世界大戦と帝国の溶解

対独戦略とヤルタでの悲哀

 一九四一年後半に、イギリスはソ連とアメリカという巨大な同盟者を相次いで手に入れた。しかし戦争そのものは、しばらくは枢軸国(日独伊)側の優位が続いた。翌年二月には、イギリスが東南アジアに築いた拠点シンガポールが日本軍によって陥落させられた。日本軍の実力を侮ったチャーチルや現地総司令部の戦略ミスであった。さらに北アフリカでもソ連領内でも、ドイツ軍の猛攻が続いた。

 それも一九四二年半ばからは、連合国(米英ソ)側の反撃へと転じていく。ミッドウェー海戦での日本の敗北(六月)、スターリングラードの戦いの開始(八月)、北アフリカ戦線での戦況の好転(一一月)などで、今度は逆に枢軸国側が追いつめられていくのである。最初に陥落しだのはイタリアであった。一九四三年九月にイタリアは降伏した。

 一方で、チャーチルがイーデン外相(一九四〇年一二月就任)とともに進めた戦時外交が、「頂上会談」を用いた手法であった。すでにアメリカが大戦に参加する四ヵ月前に、大西洋上でチャーチル=ローズヴェルト会談が行われていたが、これを嚆矢に、カナダのケべックやモスクワをチャーチルが訪れることで、米ソ両国との連携が強化される。また、イタリア降伏後の一九四三年一一~一二月には、対日戦略を検討するカイロ会談(米英中)と対独戦略を検討するテヘラン会談(米英ソ)が開かれた。

 一九四四年六月六日、アメリカのドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー将軍を最高司令官に「ノルマンディ上陸作戦」が成功を収め、こののちドイツ軍は東西から挟撃されることになる。八月にはパリが解放され、その他の西欧諸国も次々と連合軍により奪回された。翌年二月、クリミア半島の最南端で米英ソ三国の首脳によりヤルタ会談が行われた。ここではドイツの戦後処理問題が話し合われたが、もはやその主導権はアメリカとソ連という超大国により握られていた。チャーチルは、アメリカのローズヴェルト大統領とソ連のョシフ・スターリン首相の間に挟まれて、大国からこぼれ落ちていくイギリスの悲哀を肌で感じていた。彼は、ドイツの降伏後三ヵ月以内にソ連が対日参戦するという「ヤルタ秘密協定」の話し合いからも外されていたほどだった。

チャーチルの敗北--一○年ぶりの総選挙

 ヤルタ会談から三ヵ月後の一九四五年五月八日、ドイツ軍が連合国に降伏し、ヨーロッパにおける第二次世界大戦は終結した。この日、バッギンガム宮殿のバルコニーに、ジョージ6世とエリザベス王妃、さらに二人の長女エリザペス(のちの女王)と次女マーガレットの四人が、チャーチル首相を囲んで現れた。宮殿前には二五万人もの人々が集まり、五人はバルコニーから人々に向かって手を振った。エリザベス王女は三ヵ月前に婦人部隊に入隊したばかりで、軍服姿であった。将来君主になる女性王族が軍服で戦争に従事したのは初めてだった。

 残る敵国は日本だけとなったが、ドイツ及びヨーロッパの戦後処理問題を話し合うため、米英ソの三国首脳は空襲で廃墟と化したベルリン郊外のポツダムに集まった。ここでは四月に急逝した口-ズヴェルトに代わり、大統領に昇格したハリー・S・トルーマンとスターリンとが米ソの勢力圏をめぐって真っ向から衝突していた。ところが、チャーチルだけは会議でも上の空の状態に見えた。彼の頭のなかは、ヨーロッパの未来よりも、保守党政権が存続できるかどうかでいっぱいだったからだ。

 このたびの世界大戦にあたり、議会内では「ドイツ軍に勝つまでは総選挙を延期する」旨が合意を得ていた。ここに晴れてドイツを打ち破り、ポツダム会談のさなかの七月に、一〇年ぶりの総選挙の結果が明らかとなったのである。ヒトラーとの戦争のなかで強固な連立を組んでいた保守党と労働党はライバル関係に戻った。保守党側はチャーチルがお得意のVサインで微笑むポスターでヨーロッパ大戦での勝利を喧伝した。

 ところがふたを開けてみると、七月二六日に発表された選挙結果は、保守党が二一三議席に対し、労働党が三九三議席を獲得するという、労働党の圧勝に終わった。保守党が「世界大戦での勝利」という「過去」の栄光にこだわったのに対し、労働党が選挙スローガンに掲げたのは「ゆりかごから墓場まで」という戦後の社会福祉政策の実現という「未来」についてだった。それは一八六八年の第二次選挙法改正後最初の総選挙にも見られた、イギリス人に特有の冷徹で現実的な判断の表れだったのかもしれない。
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