『食で読み解くヨーロッパ』より グローバル化をコーヒーで読み解く
ヨーロッパに普及したコーヒーは、特に19世紀以降、世界の人やモノの流れが激しくなるにっれて世界各地で飲まれるようになった。コーヒーカップに砂糖やミルクを加えてコーヒーを飲む習慣は、広く世界に定着していった。これに応じてコーヒー豆の生産量も増加の一途をたどっており、2013年の世界生産量は約892万t。そのうちブラジルが297万tでトップを占め、ベトナム、インドネシア、コロンビアがこれに続く。コーヒーの生産量とともに消費量も増えており、まさに世界共通の飲み物としてますます浸透しつつある。
たとえば世界第2位の生産量を誇るベトナムのコーヒー栽培は、フランス植民地時代の1857年に始まったプランテーションでの栽培にさかのぼる。収穫されたコーヒー豆のほとんどはフランス本国に運ばれ、さらにヨーロッパ各国に輸出された。コーヒーは明らかにフランス経済を支え、ベトナムにおける主要産業に成長した。第二次世界大戦後にフランスの支配から脱し、ベトナム戦争を経て1986年にドイモイ(市場開放政策)が打ち出されると、ベトナムのコーヒーの生産量はさらに拡大され、この国の主要輸出品へと登りつめた。
その一方で、飲み物としてのベトナムコーヒーもよく知られている。強い焙煎による香り高いフレンチコーヒーに、酪農の発達が遅れていたことからコンデンスミルクが使用されるようになった。独特の風味と味わいが住民の間に定着し、今や毎日の暮らしに欠かせない飲み物になっている。
このほか、同じくフランスの植民地だったラオスや、ポルトガルの影響を受けたマカオでも、コーヒーは日常の暮らしの一部になっており、マカオの朝はもっぱらコーヒーとサンドイッチが定番になっている。日本でも、飲茶の伝統があるにもかかわらず、1864年に横浜の外国人居留地にコーヒーハウスが開かれて以来、コーヒーは次第に飲まれるようになった。今日の1人当たり年間消費量を見ると、コーヒーが2432 gで緑茶の847 gを大きく上まわっている(2015~2017年家計調査による)。
このようにヨーロッパから世界に広まったコーヒーを飲む習慣は、世界に共通の生活スタイルとして定着しつつあり、ごく日常的な暮らしに溶け込んできている。もはやコーヒーは、ヨーロッパの文化とはみなされないほどありふれた飲み物として各地で受け止められている。
ところがその一方で、1970年代以降に登場してきたアメリカ資本のコーヒー専門店によって、コーヒー消費の事情は大きく変わることになった。それは、これまでにないタイプのサービスを提供するもので、どの店でもまったく同じ手順で同じ装置を使って同じタイプのコーヒーがメニューに並べられた。店のレイアウトや看板もすべての店舗で同じような仕様になっており、注文方法やメニューもかなり共通のものにした。同じ名前の店であれば、世界どこでも同じ味のコーヒーを、同じサービスを受けながら飲むことができる。このタイプの店は、消費者に世界共通のものへの安心感や満足感をもたらし、あるいはアメリカ発信の新しい生活スタイルとして各地で受け入れられていった。
たとえばウィーンでは、この種のコーヒー店であるスターバックスが2001年に1号店をオープンさせた。1971年にシアトルで創業したこのコーヒー店は、それまでのいわゆるアメリカンコーヒーではなく、ヨーロピアンテイストのコーヒーを提供した。アメリカ合衆国内で反響を呼び、さらに世界的な展開を続け、そしてカフェの町ウィーンにもやってきた。当時、この開店計画が明るみになると、ウィーン市民の間には伝統的なカフェが客を奪われる恐れがあるとして反対の声があがった。しかし、予定通り1号店が開店。場所は、こともあろうか国立劇場が目の前という旧市街地の一等地にある歴史的建築物。まさにウィーンのカフェ文化に真っ向から挑戦するかのような進出ぶりだった。付近は往来が多く、観光客でにぎわう界隈でもあることから、コーヒー店の思惑は大いに当たり、連日多くの来訪客を集めてきた。
ただ、このコーヒー店進出の影響は、市民が恐れていたほどではなかった。従来のカフェは、引き続き多くの客を集め続けたのである。その理由は、カフェとコーヒー店それぞれで、訪れる客の利用のしかたにかなりの違いがあったからである。カフェでは伝統的な雰囲気のなかで会話や読書にふける人が多いのに対して、アメリカ系のコーヒー店では、カジュアルな感覚でコーヒーを飲むところとして、異なる客層の人気を集めた。その結果、カフェの大半が生き残り、その一方で、現在ウィーンには14軒のスターバックスが営業している。
このように17世紀以来、カフェの歴史を育んできたウィーンに、世界戦略を練った新しいタイプのコーヒー店が、20世紀後半以降、アメリカ合衆国から進出している。両者は激しく競合するように思われたところが、実際にはいずれも多くの客を迎えている。ウィーンにおいて、この新しいタイプのコーヒー店は着実に受け入れられており、ウィーン固有の伝統的なカフェと世界的なコーヒー店には一定の共存関係を見て取ることができる。
ここで改めて注目したいのは、ヨーロッパで普及したコーヒーを飲む習慣が世界各地に広がり、そしてさらに新しい世界戦略を練ったコーヒー店がヨーロッパに進出しているという事実である。同様のことは、ピザやサンドイッチなどのファストフードにも見ることができる。かつて世界各地へと広まったイタリア生まれのピッツァが、アメリカ経由でピザという世界共通の食としてヨーロッパ各地に浸透している。あるいは、冒頭に触れたヨーロッパにおける英語の普及も同じプロセスを踏んでいることがわかる。ヨーロッパから世界へと広まった英語が、今や国際語としてヨーロッパに定着しつつある、というわけである。
つまり現代のヨーロッパでは、世界各地に広がったヨーロッパ発祥の文化が世界共通の文化として、逆にヨーロッパに向かって流れ込み、取り込まれている。こうした一連の変化は明らかにヨーロッパでしか起こっていない。この流れをヨーロッパ固有のグローバル化とみなすならば、それは、それまで継承されてきた固有の伝統文化と、それが世界共通のものへと変貌した新しい文化が同居する状況をもたらすものということができる。つまり、ローカルな文化とグローバルな文化がせめぎ合い、共存するのが今のヨーロッパの姿といえるだろう。
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