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未唯への手紙

未唯への手紙

アメリカ法 マクドナルド・コーヒー事件

2014年01月07日 | 3.社会
『はじめてのアメリカ法』より 2つのマクドナルド事件

私が教えている大学では十数年前からミシガン大学とコロンビア大学のロー・スクールの先生に短期間ですが授業をしてもらう企画をしてきました。私は、必要な場合に通訳をしたりするためそれに参加し、ロー・スクールでの授業を再現してほしいという声に応えてそれぞれの専門について熱心に語る先生たちの授業を楽しんできました。といってもなかなか大変なこともありました。たとえば、ある先生(カーン〔Douglas Kahn〕教授)は「30年以上自分は連邦所得税法について教えてきた」といって、それを日本でも教えたいというのです。アメリカの連邦税制の話をいきなり聞いてわかる人がいるだろうか、そもそも興味を持つ人がいるだろうか、内容もわからない自分が通訳のような役割を果たせるだろうか、と心配になりました。偏見もあって、税法は技術的で無味乾燥に見える大量の条文を相手にする分野だと思っていたのです。ところが、彼の授業は、それらの根幹にある税法の課題とそれに対する基本的な考え方から始まり、彼がどんなにこの科目が面白いと思っているかが誰にでもわかるような授業で、さすがにロー・スクール教授としてのベテランの味と力を感じました。

ある年、このプログラムでやってきたのがライマン(Mathias Reimann)教授で、彼は製造物責任について話しました。そして冒頭に紹介したのがマクドナルド・コーヒー事件でした。彼はドイツ人で、ミシガン大学の教授です。ドイツ法を教えているわけではなく(アメリカのロー・スクールでドイツ法の授業はおそらく皆無に近いはずです)、アメリカの不法行為法や国際私法を教えています。その他、ヨーロッパとの比較法のゼミなどを行っており、ヨーロッパで不法行為法を統一するための会議に毎夏参加していました。

ともかく、彼がアメリカの製造物責任を中心とする授業をしてくれたのですが、教材のトップに1994年の判決とそれを報じるメディアの記事が載せられていました。この事件は、ニュー・メキシコ州の(アメリカでいえば)田舎で起こった事件ですが、アメリカの全国ニュースになったばかりでなく、ドイツでも日本でも、さらに大げさにいえば世界中で報じられました。

 マクドナルドのコーヒーでやけど、陪審、巨額な賠償認める:コーヒーをこぼしてやけどをした81歳の女性に対し、ほぼ300万ドルの賠償が認められた。」

この記事をまず示して、ライマン教授は「Crazy!(狂気の沙汰だ)」と叫びました。 ドイツ人をはじめ世界中の多くの人がそう思ったというのです。「アメリカでしか考えられないような裁判だ、訴訟社会ここに極まれり」という反応ですが、そこでまず学生たちに「なぜこの裁判の話を聞いてクレージーだと思うのだろうか」と尋ね、理由として考えられる点を列挙させた後、その真偽を一つひとつ検証する形で、本当にこの裁判はそれほどクレージーなものだったのかと話を展開しました。

▲コーヒー事件の概要

 1992年2月、当時ワ9歳のリーベック(Stella Liebeck)さんは、孫の運転する車で、マクドナルドのドライブ・スルーを利用しました。コーヒーを注文し、助手席でそれを受け取りました。(後続車がいますから)孫は車をいったん進めた後きちんと停車して、リーべックさんが砂糖とクリームを入れるのを待ちました。コーヒー・カップのふたがうまく外れず、リーべックさんは、助手席で足の間にカップを挟んでふたを取ろうとしたところ、コーヒーが足の付け根の部分にこばれてやけどをしたのです。コーヒーの温度は華氏180度から190度程度(摂氏だと82度から88度)だったろうとされています。リーベックさんはズボンをはいていたのですが、熱いコーヒーは瞬く間に染みこんで3度熱傷という重いやけどを引き起こしました。

 リーベックさんはその後マクドナルドに対し、入院費用1万1000ドルを支払うよう請求して拒絶され、そこでヒューストンの弁護士に相談します。この弁護士は、1986年にやはりマクドナルドのコーヒーで3度熱傷のけがをした女性を代理し、2万7500ドルで和解した経験があったからです。

 弁護士はマクドナルドに9万ドルでの和解を申し込みますが、マクドナルドは800ドルならと回答します。リーベックさんは、これにより本格的に訴えることを決意し、1993年に提訴、94年の歴史的判決に至るのです。彼女は退職するまでデパートに勤めていた人で、裁判で訴えることは初めてでした。

 訴訟では、次のような請求原因が主張されました。第1に、熱すぎるコーヒーは危険な製品であり、欠陥がある。第2に熱すぎる危険性について十分な警告がなかった点でも問題である。いずれも製造物責任(product liability)を問うものでした。弁護士は再度30万ドルでの和解申込みを行いましたが、マクドナルドは拒絶しました。いったん調停手続に移され、調停員は22万5000ドルでの和解を勧めましたが、これも拒否されました。

 陪審審理は1994年8月8日から17日まで休日を挟んで8日間連続で行われ、12人の陪審は、製造物責任を認めて次のような損害賠償を認める評決を出しました。

 ①原告の損害は20万ドル。だが、原告にも過失があり、その割合は20%であって、過失相殺の結果、損害賠償は16万ドル。

 ②懲罰賠償として270万ドルを認める。

 そして、このニュースが世界中を駆けめぐったというわけです。

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