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スンナ派とシーア派 国が変れば立場も変わる

『シリア・レバロンを知るための64章』より

世界のイスラーム教徒の大多数を占めるスンナ派と、1から2割を占めると言われるシーア派との間の教義の違いやそれぞれの成立の歴史については、事典類の解説に譲り、本章では主にシリア・レバノンにおける両宗派の位置と今日の問題について扱う。ドルーズ派やアラウィー派、イスマーイール派など、シーア派からの分派とされる宗派については、それぞれの章をご覧いただきたい。

預言者ムハンマドの没後3年目の635年、初代正統カリフのアブ・バクルの時代にムスリム軍がダマスクスを占領し、それまでビザンツ帝国領だったこの地域のイスラーム化が始まった。661年からダマスクスに都をおいたウマイヤ朝は、現在の国で言えば東はパキスタンから西はスペイン、ポルトガルとモロッコに至るまでの大帝国を築いた。歴史地図帳を見ると、圧倒的な軍事力による「大征服」で、この広大な領域の住民が一気にイスラーム化したかのような印象を受けるかもしれないが、この時期、まだムスリムは少数派で、多数の異教徒を支配する形だった。一方、この段階ですでにウマイヤ家の支配の正統性を否定する一派が、今日私たちが「シーア派」と呼ぶ宗派として出現していた。

ウマイヤ朝は、750年にアッバース朝に取って代わられるまでの約90年間、「歴史的シリア」の中心都市ダマスクスを都として繁栄したのであるが、この歴史的事実はシリアの(特にスンナ派の)ムスリムたちにとって誇らしい、重要なよりどころとなる意識を植え付けたと言える。イスラームの共同体は、アラビア半島という生態的に厳しい環境に生まれ、世界中に拡大することになったが、最初に「歴史的シリア」という肥沃な農業地帯に多くの人口を擁する地域に政治的中心を移し、一挙に版図を広げたのである。

この当時からメッカヘの巡礼路には、イラン・イラク方面からアラビア半島の沙漠を縦断するルートや、エジプト方面から紅海を渡り沿岸を進むルートなどいろいろあったが、都のダマスクスから陸路南下してメッカに向かうルートが一番主要なものだった。これは時代が下ってオスマン帝国の時代になっても変わらなかった。都のイスタンブルをはじめアナトリア方面からメッカ巡礼する際、ダマスクスは陸上ルートの最後の拠点都市として位置づけられた。毎年巡礼月が近づくと、何千人もの巡礼者が各地から集まり、町は1ヵ月以上にわたり祝祭的な雰囲気に包まれた。出発の日には華々しく飾り立てられた千頭単位のラクダがキャラバンをなし、楽器が多数鳴らされるなか、ダマスクス総督が先頭に立ち、護衛の軍勢を従えて、長い列をなす巡礼団が賑々しく南に向かった。メッカまで40日弱の行程だった。

ダマスクスとアレッポという主要都市の中心の大モスクが、ウマイヤ朝期に建立された「ウマイヤ・モスク」であることは、以後今日に至るまで14世紀聞にわたりイスラームが絶えることなく生活に根付いてきたことを、常に思い起こさせる。ユダヤ教やキリスト教に比べれば新しい伝統ではあるものの、世界中のムスリム社会を眺望すると、シリア・レバノンのムスリム社会が最長の時間的伝統の上に成り立った地域の一つであることは明らかである。そして今日のシリアとレバノンの地域を総体で考えれば、ここで約8割の人口を占めているのがスンナ派であり、密度の差こそあれ、ほぼ全域に分布している。正統派の宗教として、地域全体に浸透・定着してきたことは疑いようがない。

ただし、この地域の地中海沿岸の山地に国境線を引いて、レバノンをシリアから切り離すと、そこではスンナ派がもはや多数派ではなく、あまたの宗派の合間に入って急にマイノリティになる。レバノン国内の分布は、ペイルートやトリポリ、シドンといった沿岸都市部とベカー高原の一部にほぽ限定され、山間部の町村にはほとんどプレゼンスがない。このためスンナ派は、レバノンという国を「レバノン山地」(アラビア語で「ジャバルールブナーン」)を基盤とする社会と認識する立場--マロン派とドルーズ派を中心とする--に対して明確に異を唱える傾向がある。全世界のスンナ派ムスリムの巨大な海の中にいつでも一体化できるのであり、より近くのアラブ地域のスンナ派とはそもそも自他を分かつ必要性はあまりなかったのである。これは独立前後の時期から、レバノンのスンナ派の多くをアラブ民族主義に向かわせる原動力となった。

シーア派も国境線が引かれることでその勢力図がガラリと変わる。現在のシリア・レバノンの地域全体からすれば、あくまでも少数派である。ざっくり言って、2700万人のうちの6パーセントくらいであろう。それがレバノンに限っては、400万人のうちの130万人、全体の3割ほどで、個別の宗派としては最大勢力となる。
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