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スペイン政治の今後

『北欧・南欧・ベネルクス』より スペイン--自治州国家と重層的アイデンティティ

以上、歴史的背景と関連づけながら、政権交代後のスベイン政治を、内政、外交両面から考察してきた。すでに見たように、国家(集権)か地方(分権)か、伝統主義・大西洋主義(保守)かヨーロッパ主義(革新)かという古くからの論争軸は、依然としてこの国を彩る特色となっている。けれども、こうした対立軸が不鮮明なものになってきていることもまた、事実である。

一方では、いかに地方主義の伝統を有する自治州であっても、独立の可能性を視野に入れた試みが住民の支持を得られないことは、バスク・イバレチエ案に6割の住民が反対を表明したことからも明らかである。むしろ、カタルニャにしてもバスクにしても、権限委譲を引き出しながら、できる限り連邦制に近い形で自治州国家体制にとどまり、政治・経済両面でEUとの直接的なつながりを強化しようとする方向性が主流になりつつある。サパテロ政権もこの方向性に理解を示しており、こうした流れの中で, 2005年11月になされたEU地域委員会とスペイン代表部大使との合意を皮切りに、EUの諸機関においてカタルニャ語、バスク語、ガリシア語の使用が認められるようになった。

他方、いかに伝統主義・大西洋主義に立つ保守派であっても、これまでのところ、EC・EUそのものに対する異議申し立ては行っていない。国益を擁護する目的で欧州憲法条約に難色を示したアスナル政権も、決して反EUではなかった。逆に、政治的、経済的な構造改革を進め、国際社会におけるスペインの地位向上を果たすための牽引力として、積極的にヨーロッパ統合-とりわけ経済収斂条件-を引き合いに出した。スペインの伝統を崩壊させる可能性も内包するヨーロッパの圧力は、必ずしも敵対すべきものではなく、むしろ自国の発展に寄与するものという認識が共有されつつある。

このように、自治州、スベイン、ヨーロッパという伝統的な3つのアイデンティティは、排他的なものではなく、複合的なものになってきている。加えて、国際化するテロリズムに対する抗議表明や世界的な景気悪化への対応などを通じて、政府だけでなく国民からも、これまでになく国際社会の一員という意識が表出されてきてもいる。すなわち、今日のスペイン社会では、地方、国家、地域、国際社会という重層的アイデンティティが形成されつつあるのである。ここに、スペイン政治の今後の方向性が表れている。政権交代によって再び政策が転換することはあろうが、この方向性が大きく変化することはないと思われる。
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