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25歳の自分に会うために枝幸へ行くことにしました

未唯へ。あなたはまだ一人旅をしたことはありませんね。北見枝幸という町はオホーツク海の沿岸の町です。学生の時に北海道20日間夜行電車の旅で見つけた町です。その時に、枝幸を自分の生まれ故郷に勝手に決めていました。ロマンが欲しかったのでしょう。
25歳の朝を枝幸で迎えたくて、東名バス、夜行急行、青函連絡船、急行を乗り継いで、朝4時に枝幸へ着きました。流氷が着岸している防波堤で、朝日を見ました。7時半ぐらいの電車で、ひたすら戻ってきました。3日間の一人旅でした。

再来週、旭川の販売店に行きます。旭川からバスで枝幸に行けます。というわけで、年休を取って、枝幸に行くことにしました。といったも、4時間バスに乗って、夜の8時に枝幸に到着して、次の日の朝8時から、4時間かけて旭川です。25歳の時の3時間半に比べて、12時間も居られます。

大量データの地上配信に絡むのは止めます! 電算部とは顔も見たくない。サファイアの考えで、販売店システム全体の構想で、2年以上かけて詰めてきたのに、電算部はユーザーが何を望んでいるか、インフラをどのようにしていくかにはまるで興味がなく、彼らの論理だけを押し付けてきます。

私が居た頃の電算部は、ユーザーの夢をかなえるのが仕事でした。そのために、システムを作りながら、自分たちの技術を磨くと同時に、その先のことを一緒になって考えていました。CADの連中に乗っ取ら電算部にマーケティングへの思いはありません。だから、否定します。

会議の途中に頭に来て、退席しました。人間として、頭にきます。夢を持ってない人が、夢を持っている人を攻撃するのは最低です。東富士のときはどんな職位の人でも、夢を持っている人に従い、その夢を実現するというDNAがありました。

本当は私の考えを通訳人が必要だと感じたが、現在の室長とか部長ではムリです。彼らの関心が狭すぎます。

席に戻って、「未唯への手紙」の背景をまとめてました。私の、仕事での夢はやはり、サファイア循環を仕掛けることです。それ以外は「ささいなこと」にすることにしました。組織で成果をあげるといっても、個人の思いがハッキリしていないと、自らの保身のために、お互いの足を引っ張るだけで、何も生まれてこないし、販売店のためであり、その先のお客様のための仕事ではなくなってしまうことを再確認しました。
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