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未唯への手紙

未唯への手紙

曲面の幾何学としてのリーマン幾何学

2016年06月06日 | 2.数学
『科学という考え方』より

球面上の幾何学

 空間が曲がっていると言われてもイメージしにくい。のは当然で、直接目に見ることはできない。しかし、曲がっている2次元の面なら見ることができる。それは私だちが3次元空間にいるからである。例として、球面を見てみよう。

 曲面上の2点を通る「直線」は、その2点を結ぶ最短の線分(最短路)として定義される。球面上で2点を通る「直線」は、その2点と球の中心を通る断面に現れる、大円の円弧である。大円の円弧が球面上の最短路であることを、スイカなどで切り口を変えて確かめてみよう(☆)。

 具体的に地球儀を使って考えると、地球の赤道は大円だから「直線」である。しかし赤道を除く緯線(緯度線)は、大円の円弧ではないから球面上の直線ではないし、2点を結ぶ最短路でもない。

 次に、2つの極点を結ぶ経線(子午線)を何本か引いてみる。これらの経線も大円の円弧だから「直線」である。しかも、すべての経線は赤道と直交するから、経線は互いに平行だと思われる。ところが、これらの「平行線」は、両端がそれぞれ北極と南極で交わる。つまり球面上では、すべての「平行線」が必ず交わることになる!

 さらに、赤道と2本の経線という3直線から成る「3角形」、すなわち赤道上の任意の2点と、1つの極点を結ぶ3角形に注目すると、この球面上に描いた3角形の内角の和は180度を超える。なぜなら、2本の経線はどちらも赤道と直交していて、これら2つの内角を足しただけで180度となるからだ。

 また、半径rの球面上で3つの異なる大円の円弧から成る「3角形」は、すべて内角の和が180度(πラジアン、ラジアンは角度の単位)を超える。しかも、内角の和からπを差し引いた値にγ**2を掛けると、この3角形の面積となることが分かっている。

非ユークリッド幾何学

 三角形の内角の和が180度であることを示した『ユークリッド原論』(以下、『原論』)は、紀元前300年頃に書かれてから19世紀に至るまで、揺るぎのない存在だった。しかし1830年代から1850年代にかけて確立した「非ユークリッド幾何学」により、『原論』は平面にのみ成り立つものであって、曲面には適用できないことが明らかになった。ただし、その2千年を超える長い期間の間にも、何らかの予兆を感じていた数学者は少なくなかったらしい。事の発端は、次のような「ユークリッドの第5公準」だった。

  「1直線が2直線に交わり同じ側の内角の和を2直角[180度]より小さくするならば、この2直線は限りなく延長されると2直角より小さい角のある側において交わることご

 この「公準」とは、公理に先立って要請され、「公理」と同様に証明なしで認められる命題である(第2講)。全13巻から成る『原論』の第1巻の冒頭には、「1.点とは部分をもたないものである。2.線とは幅のない長さである」で始まる23個の定義の後に、5個の公準と5個の公理(9個とした版もある)が置かれている。各巻の冒頭では定義が適宜追加されるが、公準と公理は第1巻にしかない。

 ユークリッドの第5公準は、1行に満たない他の公準や公理と比べると、明らかに複雑であり、「命題」であるように思える。そこで、第5公準を他の公準や公理を用いて証明しようとする努力が傾けられたが、誰も成功しなかった。

 18世紀末には、「1直線に含まれない1点を通り、この直線に平行な直線は、1本あり、1本に限る」という「プレイフェアの公理」が、「第5公準」と同値であることが明らかとなった。他にも互いに同値な「予想」が提案されたが、どれもュークリ″ド幾何学の体系では証明ができなかった。

 『原論』では、直線、面、平面、そして平行線が次のように定義されている。

  「4 直線とはその上にある点について一様に横たわる線である。

   5 面とは長さと幅のみをもつものである。

   7 平面とはその上にある直線について一様に横たわる面である。

   23 平行線とは、同一の平面上にあって、両方向に限りなく延長しても、いずれの方向においても互いに交わらない直線である。」

 球面上の2つの異なる大円は、異なる2点で必ず交わるから、平行線を「互いに交わらない直線」と定義する限り、球面上に平行線は存在しないことになる。そこで、球面などの曲面に対して、「1直線に含まれない1点を通り、この直線に平行な直線は、1本もない」という新たな「公理」を考えることができる。

 曲面の幾何学に対して、大胆かつ勇敢に第一歩を踏み出しだのはガウスであり、1820年頃だったと言われている。ガウスは「非ュークリッド幾何学」の名付け親なのだが、残念なことに非ュークリッド幾何学の論文を発表することがなかった。

 それでも、球面上に引かれた直線(大円)は、やはり「曲線」ではないか、と思う人がいるかもしれない。確かに球の外から見ればそれは曲線だが、球面に張り付いている人から見れば、大円はあくまで直線なのだ。2次元の面が曲がっているかどうかは、3次元の空間に出てみないと分からない。同様に、3次元の空間が重力で曲がっているかどうかは、「4次元時空」に出てみないと分からないことになる。

リーマン幾何学

 曲面の幾何学を体系的に研究した先駆者の一人が、リーマンである。リーマンはガウスと同じゲッティンゲン大学にいて、文字通りガウスの後継者だった。重力場を扱うのに必要な数学は、リーマンによってすでに創られていたのである。曲面の幾何学を多次元に拡張した理論は、「リーマン幾何学」と名付けられている。

 リーマンは、「第5公準」の研究から非ユークリッド幾何学にたどり着いたわけではなかった。リーマンの基本的なアイディアは、「計量」と「曲率」である。計量とは距離を測ることであり、曲率とは空間の曲がり具合のことである。

 リーマンは、ガウスの前で教授資格講演を行った。この1854年の講演は、晩年のガウスを非常に感激させたと言われている。リーマンは、講演の中で次のように述べている。

  「多様体の計量関係は、曲率によって完全に決定されている。」

 ここで多様体とは、局所的に見ればユークリッド幾何学が成り立つような空間のことである。例えば球面は、どの1点を取っても、その近くを局所的に見れば、平面としてユークリッド幾何学が成り立つ。そのような性質を持つ空間で測った距離同士の関係は、その曲面がどの程度曲がっているか、という幾何学的な性質によって完全に決まる。これがリーマン幾何学の基礎となった。リーマン幾何学の対象となる空間のことを、リーマン空間と言う。

 例えば、曲面が全く曲がっていなければ(曲率ゼロ)、それは平面だから、2点間の距離は直線を引けば決まる。もし曲面が凸型に曲がっていて(曲率が正)、球面と見なせるなら、2点間を通る直線(大円)を引いて距離が決まる。この距離は、平面の場合よりも必ず長くなり、曲率が大きければその分伸びる。つまり、距離は曲率によって完全に決まるのだ。

 アインシュタインが描いた図を見てみよう。これまでの説明を読んだ読者には、平面に描かれたはずのこの図が、きっと「曲面」に見えて来たことだろう。このように曲がった縦糸と横糸を使って決められた座標のことを、ガウス座標と呼ぶ。

 リーマンは先ほどの講演の終わりで、「これは、もう一つ別の学問、すなわち物理学の領域へと越境するよういざなう」と述べている。これはまさに卓見であった。その60年後に、リーマン幾何学はアインシュタインによって物理学の領域へと導かれたのだった。

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