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シェール革命とチキンレース

『日本電力戦争』より 海図なき航海 何が変化を阻んでいるのか

国際的エネルギー複合体の圧力

 変化を拒む、もうひとつの硬い芯が、国際的なエネルギー複合体である。そういう名称の組織があるわけではないが、実態的に形成された複合体に日本の政官財はがっちりと組み込まれている。自らの都合で「」ができないような状態なのだ。

 その一部を、42~43頁の図3「核燃料サイクルと世界の原子力産業」に表した。図を一瞥しただけで原子力の国際的複合体の鎖の絡まりを想像していただけるだろう。

 川上のウラン鉱山開発は、ユダヤ系の資源メジャーや国営会社が握り、日本の商社も提携して加わっている。核兵器開発で始まったウラン濃縮と再処理は、欧州の多国籍事業体や各国の国営、国策企業が受け持つ。燃料加工は民間の領域といえようか。原子炉メーカーと電力会社の組み合わせを眺めれば、世界の原子力産業が国境に関係なくグローバルに動く、次の三つの多国籍企業グループに先導されている現状を知っていただけるだろう。

 三菱重工とアレバの日仏連合は、EDF(フランス電力会社)や関西電力、ドイツ有数のエネルギー企業E・ONと組んで原子力ビジネスを展開する。日立とジェネラル・エレクトリック(GE)の日米沸騰水型軽水炉コンビは、アメリカのエクセロン、東京電力などと深く関わって事業を拡げる。東芝はウェスティング(ウスを買収してアメリカのNRGエナジー、東京電力などと連携している。

 これら先進の三グループを、新興勢力のロシア国営原子力企業ロスアトム(旧ロシア連邦原子力庁)と韓国財閥系の斗山重工、中国核工業集団公司が激しく追い上げる。新旧の両勢力は、中東のアラブ首長国連邦やトルコ、アジアのベトナム、インド、モンゴル他で凄まじい原発受注合戦をくり広げる。通商上の電力戦争に日本の原子力産業も巻き込まれている。

 この状況で、アメリカは「新興国とのシェア争いに負けるな、原発の安全性と核不拡散のシステムを維持できるのは先進企業だけだ」と日本を鼓舞する。だが、当のアメリカ国内では電力会社の原発離れが著しい。自由化が進んだ’アメリカの電力市場では、巨額の建設費と維持費がかかり、事故リスクが大きな原発は淘汰されつつある。世界中に原発をひろめたGEには、いまや自前の原子炉生産ラインはなく、ウェスティング(ウスは東芝に取り憑いて生き残る。老朽化した原発は閉鎖され、廃炉へのレールに載っている。フランスのアレバも然り。世界各国の原発新設計画の凍結や安全対策のコスト増で収益が悪化し、赤字決算が続く。一四年末に財務目標を撤回し、倒産の危機と囁れた。先進国は原発事業を切り捨てつつある。

 それでもアメリカは「ロシアや中国の原発量産を抑える防波堤になれ」と日本に直言する。なぜか……。GEもウェスティングハウスも重要な核技術は特許で守り、外に出さない。つまり、頭脳は自らが担い、日本のメーカーを手足のように動かして原子炉をつくる。輸出のリスクは日本メーカーに負わせ、パテント料を稼ぐ戦術に切り替えたのである。「原発を放棄すべきでない」と語るオバマ大統領の背後には原発利権につながるシカゴ人脈が存在する。そういう事実はあまり語られてこなかった。

シェール革命とチキンレース

 「世界のなかの日本」の視点で自画像を描くには、北米のシェール革命が起こす大渦も把握しておかねばならないだろう。第2章末の図5「シェール革命が世界に与える影響」は資源エネルギー庁が発表した資料にもとづくが、ほぼこのとおりに現実は推移している。革命の中心はシェールオイルで、原油価格を引き下げる主役に躍り出た。オイルに付随して産出されるシェールガスはメタンが主成分なので、北米を網のように覆う天然ガスパイプラインにそのまま流して市価で売買できる。アメリカはエネルギー資源の大産出国の座を回復し、台風の目に返り咲いた。原油価格を押し下げる。

 これに対し、サウジアラビアを中心とするOPEC(石油輸出国機構)は、原油減産による価格維持策を選ばず、引き下げを受け入れた。石油業界はサウジの姿勢を「シェールとのチキンレース。価格を下げて、どちらが耐えられるか。シェール開発の歯止めを狙っている」「中東のライバル、イランに経済的打撃を与えている」と受けとめる。

 じつのところ、北米シェール革命の担い手は星の数ほどある中小企業であり、石油メジャーではない。メジャーはシェール開発に深入りしていないのだ。ゆえに「シェール開発の歯止め」を狙ったサウジの行動はメジャーにとって必ずしも敵対的とはいえない。逆に弱った中小業者を買収すれば権益を拡大できる。現に一五年に入って原油価格の急落で採算がとれなくなった中小のシェール関連企業が破綻している。

 サウジ自身は真相を語っていないが、世界を見回して原油価格の下落で最も痛手を受けるのはプーチン大統領率いるロシアだ。輸出収入の七割を占める石油、ガス価格の低迷は、プーチン政権に想像を絶する重圧をかける。オバマ政権はウクライナ危機からクリミアを併合したプーチンを敵視する。

 過去をふり返ると、アメリカとサウジは一九七九年にも同調して原油価格を大幅に下落させ、当時のソ連に致命的な打撃を与えている。ソ連軍のアフガニスタン侵攻への報復だった。イスラム同胞のサウジは、アメリカの要請に応えて原油生産量を一挙に五倍に増やし、一バレル=三〇ドル台だった価格を一〇ドル台に引き落とす。ソ連経済は衰退した。プラウダは「(原油価格の下落は)ソ連が崩壊する原因のひとつになった」と伝える。

 プーチンは明らかに追い込まれている。しかし強気だ。アメリカと共同歩調をとる欧州向けの天然ガスパイプライン「サウスストリーム」の建設を中止。代わりに原発輸出や食品の輸入で緊密な関係のトルコを通るパイプラインの建設を進めている。目には目を歯には歯を、とエネルギー資源を武器に新たな帝国主義的角逐に乗り出した。
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