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敗戦の原因は四つある

『戦後70年』より 昭和天皇独白録(抜粋)第二巻

宣戦の詔書

 東条は度ゝ宣戦の詔書案を持って来た。

 最后の案を裁可する時に、私は東条に対し明治天皇以来、英国とは厚い誼があり、私も外遊の際、歓待されたことのある、その英国と挟を別つのは、実に断腸の思があると話したが、東条は後で木戸に、対英感情は斯くも違ふものかと感想を述べた相である。

「ローマ」法皇庁に使節派遣

 開戦后法皇庁に初めて使節を派遣した、之は私の発意である。

 私は嘗て「ローマ」訪問以来、法皇庁とは、どうしても、連絡をとらねばならぬと思ってゐた、日本移民の問題に付ても必要があるからである。第一次近衛内閣の時、広田〔外相〕にこの事を話したら、広田も賛成したが、実現には至らなかった。

 開戦后、私は「ローマ」法皇庁と連絡のある事が、戦の終結時期に於て好都合なるべき事、又世界の情報蒐集の上にも便宜あること竝に「ローマ」法皇庁の全世界に及ぼす精神的支配力の強大なること等を考へて、東条に公使派遣方を要望した次第である〔昭和十七年四月、特命全権公使原田健着任〕。

 後では大使でもよかったと云ふので、大使を送って置けば良かったと思ふ。唯戦争中なので、内地から有能な者を選んで送る事が出来なかったことゝ、日独同盟の関係上、「ヒトラー」と疎遠な関係にある法皇庁に対し、充分なる活動の出来なかった事は残念な事であった。

詔書煥発要望の拒否及伊勢神宮親拝

 戦時中国民を鼓舞激励する意味で詔書を出して頂き度いと云ふ事を、東条内閣の末期、それから小磯〔国昭〕、鈴木〔貫太郎〕と引続き各総理から要望があった。

 が、出すとなると、速かに平和に還れとも云へぬからどうしても、戦争を謳歌し、侵略に賛成する言葉しか使へない、そうなると皇室の伝統に反する事になるから断り続けた。木戸も同意見であった。

 此際私が十七年十二月十日伊勢神宮に参拝した時の気持を云って置き度い、あの時の告文を見ればわかるが、勝利を祈るよりも寧ろ速かに平和の日が来る様にお祈りした次第である。

敗戦の原因

 敗戦の原因は四つあると思ふ。

 第一、兵法の研究が不充分であった事、即孫子の、敵を知り、己を知らねば、百戦危からずといふ根本原理を体得してゐなかったこと。

 第二、余りに精神に重きを置き過ぎて科学の力を軽視した事。

 第三、陸海軍の不一致。

 第四、常識ある主脳者の存在しなかった事。往年の山鯨〔有朋〕、大山〔巌〕、山本権兵衛、と云ふ様な大人物に訣け、政戦両略の不充分の点が多く、且軍の主脳者の多くは専門家であって部下統率の力量に訣け、所謂下剋上の状態を招いた事。

 「我が国人が あまりに皇国を信じ過ぎて 英米をあなどったことである

 我が軍人は 精神に重きをおきすぎて科学を忘れたことである

 明治天皇の時には 山鯨 大山 山本等の如き名将があったが 今度の時はあたかも第一次世界大戦の独国の如く 軍人がバッコして大局を考えず 進むを知って 退くことを知らなかったからです」

 天皇のいわば不動の太平洋戦争観が、この二つの文書からはっきりとみてとれる。

東条内閣の外交

 最初米英が「アフリカ」を攻略しよーとする計書の有った時、私は独乙がソビエト戦に重点を置くよりも寧ろ「アフリカ」に重点を置く様に勧めたらどうかと、東条に注意を与へた事がある。これを先方に通じたかどうか、大島の事だからはっきり判らぬ。

 次は米英が仏本土に上陸した時〔昭和十九年六月〕、独乙に対し、ソビエト側は単なる防禦に止め、主力を以て米英側に一撃を与へる様に頼んだ事がある。最后にソビエト軍が愈と独乙領に侵入した時、思切って独ソの和睦を申入〔込〕ませた、之は大島が先方に通じたと思ふ、然し之には独乙が承諾しなかった。

 日独利害関係の不一致は、外交上に於ける日本の敗囚となった。

 「陛下より、憲法を尊重せよ、ソ連を刺戟するようなことはするな、とのお言葉がありました」(『近衛日記』--小磯の挨拶)

 天皇がソ連にたいしてなみなみならぬ関心をもっていたことが窺われる。

 また、天皇発言にあるとおり、ベルリンの大島は九月四日にリッベントロップ外相、つづいてヒトラー総統とも会い、独ソ和平問題について仲介する用意のあることを伝えている。ヒトラーは答えた。

 「自分はスターリンの性格ややり口を十分に研究した。かれは弱味を認めないかぎり和平に応じることはないと思う。自分としてはもう一度東方においてソ連軍を叩かねばならないと考えている」

 ヒトラーは、新開発のロケット兵器V1号およびV2号に大きな期待をかけ、軍事的成功に望みをかけていた。
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