goo

『世界覇権』日本語版によせて

『世界覇権2030』より

過去25年間、日本は困難な時期を過ごしてきた。政治的リーダーシップの欠如と経済の混迷は産業界の活力を奪い、国家を自信喪失に陥らせ、国際金融界における居場所を失わせた。

しかし未来に待ち受けているのはこれよりもはるかに困難に満ちた世界だ。なぜなら日本が直面する困難はなくならないどころか、すべての国に共有されるようになるからだ。

アメリカが現在の国際システムに見切りをつけた結果、同盟関係から自由貿易体制まで、すべてが衰退するにまかされている。日本がそれに気づいたのは、冷戦後の最初の景気後退であるバブル崩壊が1991年に起きたのに対して、アメリカ政府が極めて冷淡な態度をとった時だった。アメリカの行動如何では、あるいはその悪影響を最小限に抑えられたかもしれない。しかしいかなる対策も取られなかった結果が、日本の失われた20年間だった。深まるアメリカの無関心はいまや全世界に及んでいる。その主な理由は何といっても、シェール革命のおかげでこの国が経済安全保障を確保するために国際社会に関与しつづける必要がなくなったことだろう。中東から東アジア沿岸地域への極めて重要な原油の供給をはじめ、すべての海上貿易がいまや危機にさらされているのだ。

人口危機が世界じゅうで進行している。すべての先進国で高齢化が進めば、数年後には大勢の人間が一斉に定年退職し始めるだろう。色々な意味で、日本は最悪のタイミングで世界の先駆けとなっている。2025年には平均年齢が51歳になることが予測されているこの国は、すでに紛れもない世界最高齢社会だ。高齢社会では年金や医療費などがかさむために政府の支出が増大し、一方消費が冷え込むため、需要減、雇用減、経済の停滞という負のスパイラルが発生する。日本社会を見ればそれは明らかだ。日本人に馴染みの言葉でいえば、デフレが起きるのだ。

アメリカの無関心、人口の高齢化、そしてデフレスパイラルが今このタイミングで日本の問題から世界の問題になるというのは、この上なく間が悪い。

これまで日本は強い貿易競争力を活かして海外で資本を、そして国内で雇用を創出することができた。世界における日本の信用力のおかげで、衰退する一方の国内産業を支えることが可能だったのだ。しかしアメリカの無関心が世界に及び、世界中で人口減少と高齢化が進行すれば、外国の助けは期待できなくなる。今後、日本は新しい機能の仕方や新しい基準を見つけなければならない。そのうえ、世界システムがチャンスでなく脅威になる時代にこれを行わなければならないのだ。

このすべての鍵を握るのがアメリカだというのは、大きな不安要素だ。国際貿易を保障する力を持つ唯一の国、アメリカ。国際貿易なしでも繁栄できる若年人目を持つ唯一の国、アメリカ。海外からのエネルギー供給システムを必要としない、ある札度の人きさを持つ唯一の国、アメリカ。世界中どこにでも介入できる唯一の軍剌人国、アメリカ。これから時が経つにつれ、若く、エネルギー自給が可能で、行動の予測不可能なアメリカは、冷戦時代以上に日本の繁栄にとって不可欠な存在になるだろう。しかし逆はまったく正しくない。

アメリカは他国の不安をかきたてるほど内向的になるが、この国は無視することは許されない遠くの巨人のような存在だ。誰もが必要とするパートナーであると同時に他者に無関心なライバルでもある。この国と良好な関係を維持するのは、またしても日本政府にとって非常に困難な作業になるだろう。

しかし世界がばらばらになり、日本政府が新旧の課題に対処しなければならなくなっても、実のところ日本は他の多くの国よりもはるかに有利な戦略的位置に立っている。

 ・日本ではすでに高齢化が進行しているとはいえ、その人口構造には有利な点も見られる。この国では1970年代にベビーブームが起きた。当時生まれた人々は今では35-45歳になり、最も多額の税金を支払う年齢に達している。そのため資本蓄積という点では、特に高齢化が急速に進行している国々に比べると、状況はまだまだ良い。

 ・主要国の間ではほとんど唯一のケースだが、日本の借金はほぼ完全に国内にとどまっている。従ってこれにどう対処するかは国際金融の問題ではなく、内政問題なのだ。日本の銀行、金融当局、企業、あるいは有権者に対して、外部からは誰も指図できない。

 ・日本には世界で最も先進的な産業基盤と最も高い技術を持つ労働力が存在する。たとえ貿易関係の崩壊と財政赤字の増大によって技術の開発もその応用も不可能になっても、日本は相対的にも絶対的にも、非常に有利な立場からスタートできることに変わりはない。

 ・日本には世界で二番目に強力な海軍がある。エネルギー供給と貿易の安全確保のために船団を組まなければならなくなる時代には、これは非常に大きな意味を持つ。

 ・日本には陸の国境がない。また最も近いライバル--中国とロシア--は水陸両方で展開できる十分な戦力を持たない。

 ・住民の98パーセント以上が日本民族であるこの国は単一の文化アイデンティティを持つ。これは近代では極めて珍しいことだ。従って、これほど統一されていない国なら崩壊しかねない政策を実行したりプレッシャーに耐えたりする文化的体力を備えているのだ。日本は、下がる一方の生活水準に耐えられることをすでに示した世界でも少ない国の一つだ。

 ・移民にとって日本は魅力的な国でなく、彼らを同化できないという事実でさえ、利点がある。芝生の世話や建物の管理人といった単純労働は、他でもない日本の高齢者によって担われつつある。この人々がこうした仕事をする一日一日は、年金財政に対して増える一方の圧力が緩和されるI日でもある。

日本はいまだに--極めて大きな--困難の中にあるが、それはドイツやロシアや中国の行く手に待ち構えている運命ほど過酷なものではない。そして困難に見舞われているそれ以外の多くの国々と違って日本には十分な軍事的、文化的、体制的な底力があるので、問題の根本的な解決を図ることができる。イノベーションを通じて日本は産業の停滞から脱することができる。インフレ時代において、日本には税制上および金融上の新しい政策を採用するある程度の余裕がある。先の見えない時代に日本には軍事的解決策を探るという選択肢がある。アメリカを除けば、日本が競争相手と見なしているどの一国も、これほどの柔軟性や永続性を持たない。

日本の将来は必ずしも強くも安全でも安定してもいないかもしれない。しかし比較的強く、比較的安全で、比較的安定しているだろう。で、私は日本の将来を憂えているかって? もちろん、非常に。                      ‘

しかし、それ以外のほぼすべての国を憂えるほどではない。される余剰農産物は非常に少なかった。冷蔵技術や防腐剤が存在しなかった時代には、遠くまで食べ物を運ぶのはまったく無駄な作業だったに違いない。軍隊でさえ、18世紀以前にはロジスティクス体系が確立していたとはいえない。代わりに彼らがあてにしていたのは、他人の親切--あるいは防御カの欠如-だった。

その結果、当時の町のサイズはとても小さいままで推移した。1600年代初頭、産業革命以前には、地球上のすべての主要都市-ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、ローマ、上海-はどれも20・5平方キロメートルよりも狭かった。つまり市街地が正方形だったと仮定した場合、その一辺の長さは重い荷物を背負った人間が2時間かけて進める距離である4・5キロメートルよりも短かったということで、これは近代のほとんどの空港よりはるかに小さい。もし町がこれよりも大きかったら、住民は市場で買った食べ物を家に持ち帰り、さらに他の作業をする時間を持てなかっただろう。郊外の農家も、たとえ平時であろうと町の住民が飢えないだけの量の余剰農産物を生産することはできなかったに違いない。同じことは都市行政に関しても言える。収税吏、警察官、清掃人が効果的に地域の仕事をこなせなければ、政府も行政サービスもなく、外部の脅威から住民を守ることもできなかっただろう。この自然な限界を超えて都市を成長させようとした支配者は、飢餓とコレラの襲来によって町がたちまち元の20・5平方キロメートルの大きさに縮むのを見守るしかなかった。

この小ささこそ、人類が近代といわれる時代まで進歩するのに何千年もかかった理由だ。長い間、ほぼすべての人間が自分の食べる分を自分で作らなければならなかった。(歴史学で蛮族と呼ばれる)少数の人々は定住生活を送らず、一日中食料生産に励む代わりに、一日中せっせと他人の食料を奪っていた。農民が生き延びる唯一の方法は、仲間の一部を兵隊にして蛮族と戦わせるか、それとも技術者となって防御設備を建てることだった。とはいえ、農民でない人々も食料を必要とすることでは変わりない。安全と満腹をどちらも手に入れるためのバランスを見つけるめは、ほとんどの地では、不可能でないにしても非常に難しかった。集住-この時代においては普通、数家族が互いに近くに住むことを意味する--は一時的かつ稀で、地球上の人口は気が遠くなるほど長い間、少ないままだった。歴史家はしばしばこの時代を何と呼ぶか迷い、「前文明期」といった名称が好まれることが多い。筆者はもっとダイレクトに、「ろくでもない時代」と呼んでいる。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« トランプの方... これからの恐... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。