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未唯への手紙

未唯への手紙

回答者は嘘をつく--定量調査の限界

2015年02月01日 | 3.社会
『マーケティングの嘘』より マーケティングが「偽物の消費者」を作り出す

定量調査がダメな二つ目の理由は、定量調査の対象者は嘘をつくことである。

『「社会調査」のウソ』(谷岡一郎著)という本によれば、選挙前に行なわれる調査では、毎度のように七割前後の人が「必ず投票に行く」と答え、「なるべく行く」を含めれば九割程度が投票に行く計算になるが、実際に投票に行った人の割合は、「必ず行く」と答えた人の割合より二割ばかり下回っているのが実情だという。

そもそも人間は忘れ、嘘をつく動物である。さらにいえば、もともと存在しない出来事ですら本人の記憶の中で程造されることもある。投票に行くか行かないかといった、人に知られてもどうということのないような質問にさえ嘘をつくのであれば、他人に知られたら本人に影響を与えるような質問の場合は、人は嘘をつくことを前提に調査する必要があると谷岡氏は述べている。

定量調査の場合、誰がどのような回答をしたかが人に知られることはない前提になっているが、たとえば「あなたは一日にタバコを何本くらい吸いますか?」という質問への回答は、恐らく実態よりも過少に申告されているはずだ。

もちろん対象者が意識的に嘘をつくことは大きな問題だが、ここで取り上げたいのは「無意識」の内に嘘をつくことである。無意識ということは、本人も嘘をついているという自覚がないのだから、さらに始末に負えない。

人間の生活行動のほとんどは無意識で行なわれる。行動の何割が無意識によるものなのかはよくわからないが(九割と書いてある本もある)、ほぼ事実と言ってよい。このことは、調査やマーケティングにも重大な影響を及ぼす。

アンケートでは、「その商品を買ったのはなぜですか?」といった質問をよくする。しかし、購入行動が無意識で行なわれたのならば、本人もその行動の理由をわかっていないことになる。「何となく」という選択肢があれば、それが最もふさわしいのだろうが、たいていそんな選択肢は用意されない(「何となく」と答えられても、調査している側も困る)。そのため、回答者は呈示された選択肢の中から「品質が良いから」とか「価格が安かったから」とか、もっともらしい回答を選ぶことになるのだ。

悪意があって嘘をつくわけではない。本当のことを答えたくても答えられないのだ。これは「心理的合理化」と呼ばれる機能の一種である。

言語化されない無意識の行動やニーズをどう捉えるか。これは、近年のマーケティングリサーチにおける課題のIつとなっている。商品や広告などに対する脳や身体の反応を測定することで、本人も意識していないニーズを明らかにする「ニューロマーケティング」はそのためのアプローチの代表格だろう。たとえば、テレビコマーシャルを見せて、どのシーンで脳波が反応するかを測り、広告への興味度を分析するといった試みが行なわれている。

二〇〇八年にオーストラリアで行なわれたコーラ飲料のテレビCM調査では、マッチョでハンサムな窓ふき男の登場シーンで、若い女性の対象者から高い脳波の反応が出た。このシーンに男性対象者はまったく反応していない。ただし、若い女性を対象に同時に行なわれたアンケートやインタビューでは、商品の飲用シーンや製品特徴への回答が大部分で、このシーンヘの言及は少なかったという。こうした調査結果は、本当に効く広告づくりに役立つのである(『マーケティングと広告の心理学』杉本徹雄編より)。

広告の世界では「単純呈示効果」というものが知られている。特定の対象をただ繰り返し経験するだけで、その対象に対する好感度、愛着、選好性(=その対象を選ぶ可能性)などが増大することを指す。「ただ繰り返し経験するだけ」というところがミソで、その対象について知識を与えられたり、何らかの関わりを持ったりする必要はない。さらにいえば、その経験を本人が忘れていて、その対象についてまったく見覚えもない場合も効果があるという(『サブリミナル・マインド』下條信輔著より)。

筆者が経験した卑近な例で説明してみよう。自宅から駅への道の途中に小さな駐車場があって、その前に有名飲料メーカーの自動販売機が設置されている。いつのことだったか、その自動販売機の側面に「立お小便厳禁」という貼り紙が貼られた。そこは繁華街に近い場所だから、被害に困った駐車場のオーナーが貼ったのだろう。毎日、自宅と駅を往復するたびにその貼り紙が目に入るので、どうも気になる。しばらくたったある日、いつの間にかその有名飲料ブランドに何かしらネガティブなイメージを抱いている自分に気がついた。無意識に「小便」とその飲み物が結びついていたのだ。

まさにこれが単純呈示効果であろう。これはマイナスの事例だが、屋外広告の効果はこうした多頻度の接触を通じて無意識の内にブランドイメージを蓄積することにあると考えられる。しかし、定量的な広告効果として測定するのはなかなか難しそうだ。ニューロマーケティングの手法は、商品でも広告でも何らかの刺激に対する即時的な生理的反応を測定することには長けているが、長期間にわたる蓄積効果を測るのには向いていないように思われる(ちなみに、その後、さすがにその貼り紙ははがされた)。

私たちが行なっている生活日記調査は、対象者に日記をつけてもらうため、彼らの行動のかなりの部分は、言語化されることによって意識化される。それでも、無意識に行なわれている行動やニーズを把握するには、「観察調査」などを併用する必要がある。

先ほど紹介した自動販売機の貼り紙の事例にもあるように、無意識を解く一つの鍵は、十分に注意を払うこともなく何度も繰り返される「習慣」にある。たとえば、一週間の日記をつけてもらうと、緑茶を一日に何杯も飲んでいる対象者がいる。もちろん本人は緑茶を飲んでいることを意識していないわけではないのだが、改めて言語化することで、「こんなにしょっちゅう飲んでいたのか」と驚く対象者もいる。

このように、半ば無意識となっている行動に焦点を当てて、「なぜこの時に緑茶を飲んだのでしょう?」とインタビューしていく。すると、本人も気づいていないニーズが明らかになってくるのである。食事の内容やそのカロリーを毎日記録することで、無意識に摂っていた間食などを自覚するという「レコーディングダイエット」(『いつまでもデブと思うなよ』岡田斗司夫著)と発想は近いように思う。

このあたりの具体的な話は、また章を改めてすることにしよう。

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