未唯への手紙
未唯への手紙
自傷行為とプライマリ・ケア医
『依存とアディクション』より
内科外来でリストカットをしている女子高生を診た
あなたは、一般内科のクリニックを開いている開業医です。ある日、あなたの外来に嘔気と胃の痛みを主訴とする17歳の女子高生が受診しました。
嘔気と胃痛は慢性的なもので、顛に起床時から午前中がひどく、通学のために電車に乗っている時間がつらいとのことでした。しかし、食欲がないわけではなく、コンビニで大量の袋菓子、菓子パン、コーラなどを買ってきて、夜に自室で食べ続けることもよくあるといいます。遠方へ単身赴任中の父、看護師をしている母、中学生の妹の4人家族ですが、母親は夜勤があって多忙なため、ゆっくりと話す時間はないようです。診察では、心窩部に軽い圧痛があるだけでしたが、ふと左の前腕を見ると、明らかにリストカットによると思われる傷跡が多数認められました。
プライマリ・ケア医への設問
Q1 あなたは、この後の診察をどのように進めていきますか?
Q2 一般内科医として、患者の自傷問題に介入するにはどうしたらよいでしょうか?
プライマリ・ケア医による解答
1)自傷行為とプライマリ・ケア医
精神科を専門としない内科医・プライマリケア(PC)医でも、自傷行為をしている患者に遭遇する機会は、もはや「さほどまれなこと」ではありません。
私が経験した事例でも、提示されたケースのように身体疾患のために診察する過程でリストカットの傷を偶然発見したこともありますが、保護者や学校関係者から「切っているみたいなのですが、どうしましょう」という相談をもちかけられたこともありますし、(よくあることではありませんが)患者自身から「切っています」と告白されたこともありました。
ほとんどのPC医にとって自傷する患者と対峙することは、もちろん楽しいことではありません、「リストカット」と聞いただけで大いにうろたえてしまって、診察室から自分が逃げ出したい気分になるくらいです。なぜ、「見て見ぬふり」をしたくなるかというと、自傷する若い女|生たち(PC医の遭遇する自傷患者は、たいてい若い女性です)に対して、医師としてどのようにふるまったらよいかについて、私たちは教育や訓練を受けたことが全くないからです。
2)最低限これだけは押さえておきたい
見て見ぬふりから脱出するためには、自傷行為に関して最低限これだけは押さえておきたい理解のポイントがあります。ます、最初に知っておいてほしいことは、彼女らがリストカットを行う理由は、不快感情への対処のためであるということです。つらい出来事の記憶や、つらい感情に襲われたときに自傷を行うことで、「からだの痛み」で「こころの痛み」にふたをするのです。ここで問題となるのは、「からだの痛み」に慣れて自傷がエスカレートする、つまり「切ってもつらいが、切らなきゃなおつらい」という状態に陥ると、自傷行為が止められなくなってしてしまうことです(自傷行為の嗜癖化)。
次に自傷行為を繰り返している患者では、自分の気持ちを語る言葉をもっていないことが多いということも知っておいてください。彼女たちは、自分の気持ちがどういう状態になっているのかをうまく把握できない。あるいは自分の感情(否定的感情、肯定的感情ともに)を表す言葉をもち合わせておらす、「感情語の退化」などと呼ばれています。これが、彼女たちが診察室のなかで非常に寡黙である理由であり、他者に助けを求める援助希求行動がうまくできない障壁にもなっています。最後に自傷行為と自殺は異なる行為ですが、自己破壊行動の連続性(スペクトラム)のなかで捉えると、時間経過とともにより致死性の高い狭義の自殺企図へと進行することを覚えておいてください。生きるために自傷していたはずなのに、いつのまにか死をたぐり寄せているという意味で、自傷は自殺の危険因子なのです。提示されたケースの過食というエピソードについても,’自己破壊行動のスベクトラムのなかに含まれるものであると考えます。
3)「するべきこと」と「してはならないこと」
私たちPC医が、自傷している患者に遭遇した場合に「するべきこと」と「してはならないこと」をまとめてみました(表)。
精神科を専門としないPC医にとっては、いずれも簡単にはできない接し方かもしれませんが、援助希求行動がうまくできない自傷患者と面接する貴重なチャンスをむだにしないためにも、マイ人生哲学に基づく説教や叱咤激励は封印して、「敬意ある関心」をもって臨みましょう。
(表)自傷する患者に遭遇したときの心得
Do:するべきこと
①援助希求行動を支持・評価する
「よく診察・相談に奇てくれたね」といって相手をねぎらう
②肯定し、共感する
自傷の肯定的な面を確認し、共感する。「大変だったね」し『そのときはそうするしかなかったのだね」といった承認の言葉を使う
③懸念を伝える
「一般的には、自傷行為が癖になってくると、だんだん自傷の効き目がなくなってきて、死んでしまいたいなんて思うようになるものなのだけど、あなたがそうなったと思うと心配だな」という懸念を相手にしっかりと伝える
Don't:してはいかないこと
①禁止しない
頭ごなし([自傷を止めなさい」とはいわないこと
②無意味な約束はしない
「もう絶対に自傷しないって約束してね」などといってはいけない
内科外来でリストカットをしている女子高生を診た
あなたは、一般内科のクリニックを開いている開業医です。ある日、あなたの外来に嘔気と胃の痛みを主訴とする17歳の女子高生が受診しました。
嘔気と胃痛は慢性的なもので、顛に起床時から午前中がひどく、通学のために電車に乗っている時間がつらいとのことでした。しかし、食欲がないわけではなく、コンビニで大量の袋菓子、菓子パン、コーラなどを買ってきて、夜に自室で食べ続けることもよくあるといいます。遠方へ単身赴任中の父、看護師をしている母、中学生の妹の4人家族ですが、母親は夜勤があって多忙なため、ゆっくりと話す時間はないようです。診察では、心窩部に軽い圧痛があるだけでしたが、ふと左の前腕を見ると、明らかにリストカットによると思われる傷跡が多数認められました。
プライマリ・ケア医への設問
Q1 あなたは、この後の診察をどのように進めていきますか?
Q2 一般内科医として、患者の自傷問題に介入するにはどうしたらよいでしょうか?
プライマリ・ケア医による解答
1)自傷行為とプライマリ・ケア医
精神科を専門としない内科医・プライマリケア(PC)医でも、自傷行為をしている患者に遭遇する機会は、もはや「さほどまれなこと」ではありません。
私が経験した事例でも、提示されたケースのように身体疾患のために診察する過程でリストカットの傷を偶然発見したこともありますが、保護者や学校関係者から「切っているみたいなのですが、どうしましょう」という相談をもちかけられたこともありますし、(よくあることではありませんが)患者自身から「切っています」と告白されたこともありました。
ほとんどのPC医にとって自傷する患者と対峙することは、もちろん楽しいことではありません、「リストカット」と聞いただけで大いにうろたえてしまって、診察室から自分が逃げ出したい気分になるくらいです。なぜ、「見て見ぬふり」をしたくなるかというと、自傷する若い女|生たち(PC医の遭遇する自傷患者は、たいてい若い女性です)に対して、医師としてどのようにふるまったらよいかについて、私たちは教育や訓練を受けたことが全くないからです。
2)最低限これだけは押さえておきたい
見て見ぬふりから脱出するためには、自傷行為に関して最低限これだけは押さえておきたい理解のポイントがあります。ます、最初に知っておいてほしいことは、彼女らがリストカットを行う理由は、不快感情への対処のためであるということです。つらい出来事の記憶や、つらい感情に襲われたときに自傷を行うことで、「からだの痛み」で「こころの痛み」にふたをするのです。ここで問題となるのは、「からだの痛み」に慣れて自傷がエスカレートする、つまり「切ってもつらいが、切らなきゃなおつらい」という状態に陥ると、自傷行為が止められなくなってしてしまうことです(自傷行為の嗜癖化)。
次に自傷行為を繰り返している患者では、自分の気持ちを語る言葉をもっていないことが多いということも知っておいてください。彼女たちは、自分の気持ちがどういう状態になっているのかをうまく把握できない。あるいは自分の感情(否定的感情、肯定的感情ともに)を表す言葉をもち合わせておらす、「感情語の退化」などと呼ばれています。これが、彼女たちが診察室のなかで非常に寡黙である理由であり、他者に助けを求める援助希求行動がうまくできない障壁にもなっています。最後に自傷行為と自殺は異なる行為ですが、自己破壊行動の連続性(スペクトラム)のなかで捉えると、時間経過とともにより致死性の高い狭義の自殺企図へと進行することを覚えておいてください。生きるために自傷していたはずなのに、いつのまにか死をたぐり寄せているという意味で、自傷は自殺の危険因子なのです。提示されたケースの過食というエピソードについても,’自己破壊行動のスベクトラムのなかに含まれるものであると考えます。
3)「するべきこと」と「してはならないこと」
私たちPC医が、自傷している患者に遭遇した場合に「するべきこと」と「してはならないこと」をまとめてみました(表)。
精神科を専門としないPC医にとっては、いずれも簡単にはできない接し方かもしれませんが、援助希求行動がうまくできない自傷患者と面接する貴重なチャンスをむだにしないためにも、マイ人生哲学に基づく説教や叱咤激励は封印して、「敬意ある関心」をもって臨みましょう。
(表)自傷する患者に遭遇したときの心得
Do:するべきこと
①援助希求行動を支持・評価する
「よく診察・相談に奇てくれたね」といって相手をねぎらう
②肯定し、共感する
自傷の肯定的な面を確認し、共感する。「大変だったね」し『そのときはそうするしかなかったのだね」といった承認の言葉を使う
③懸念を伝える
「一般的には、自傷行為が癖になってくると、だんだん自傷の効き目がなくなってきて、死んでしまいたいなんて思うようになるものなのだけど、あなたがそうなったと思うと心配だな」という懸念を相手にしっかりと伝える
Don't:してはいかないこと
①禁止しない
頭ごなし([自傷を止めなさい」とはいわないこと
②無意味な約束はしない
「もう絶対に自傷しないって約束してね」などといってはいけない
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