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クリチバ 市民の政治参加と社会的包摂

『社会自由主義国家』より 社会都市:クリチバの都市政策と社会的包摂

クリチバの都市政策を論じる際、しばしば行政の強いリーダーシップとともに市民参加の意義が強調される。クリチバの例に学ぶなら、市民の政治・政策への参加を保証することは、社会的包摂の重要な基礎だということになる。

ただし、この問題については議論が分かれている部分もある。ホーケンらは、幾多の都市問題に直面する開発途上国の町のなかで、クリチバが特異な成功例となった要因は、市民が都市政策の主体として尊重されたからだと述べる。ホーケンらによれば、総じて低コスト、小規模、単純で、地域に根ざしたプロジェクトを市民が主体となって提案し、それを責任感の強い行政が受けとめ、市場経済や地元の技術と巧みに結びつけたことがクリチバの成功の要因である。そしてそれが実を結んだのは、すべての市民(特に児童や青年)を、都市の未来を創造する貴重な存在として扱った町の姿勢による。すなわち、まずは市民からの政策提案があって、そこに行政の先見性と実践的な指導力、統合的な計画、市民と企業の積極的な参加、社会性に関するビジョンの共有といった要素がうまく結びついたことがクリチバの成功要因だとする。

これに対して、クリチバの成功要因は主に市政府の強いリーダーシップによるものであり、市民参加は重要ではなかったとする議論がある。ムーアは、3期にわたってクリチバ市長を務めたレルネルの政治姿勢を「有能な家父長主義(パターナリズム)」とし、住民はレルネルにとって「市民」ではなく「顧客」であったとしている。加えて、レルネル政権期に都市開発に関わった建築家ロドルフォ・ラミーナの発言を引いて、「レルネルとそのチームは市場(企業)に信頼を置いており、市民参加には懐疑的だった」としている。

ムーアはまた、クリチバの都市政策が統合的な計画に基づいて実施されたというホーケンらの理解にも異を唱え、むしろそれは場当たり的(ad-hoc)なものであったと述べる。一方シュワルツは、クリチバの成功要因は、統合的計画よりも個々のビジョンとその確実な実行、実施過程で政策の内容を柔軟に改善していく発見的解決法にあったと述べている。同時に、政策の立案や実施に関わったのは都市計画の専門家や経済学者など少数の人々であり、一般市民は関心を示していなかったとしている。

確かに、ムーアやシュワルツの議論にも一理はある。例えば、市中心部を走る「11月15日通り」(ブラジルの共和制宣言記念日に囚む)の歩行者専用道路化は、クリチバの都市計画の目玉ともいえるものであるが、これはレルネルの強いリーダーシップによって進められた政策だった。レルネルは、都市は車ではなく人のためにあるとの考えから、1972年に「11月15日通り」からの車の排除を決行した。それは市民の同意を得ずに行われた。客足に饗くと反発する商店主たちに対して、その場合は道路を元通りにすると約束して強行した。多くの店が閉まる週末に、警官を動員して警備体制を敷き、48時間で歩行者専用道路への改装を完了させた。今日この通りは「花通り」と呼ばれ、多くの買い物客や市民が集う場となっている。

クリチバに限らず、都市が抱える問題は多様である。それらの解決のために政策を立案し、個々のプロジェクトを実行に移す際には、さまざまな利害対立が生じる。財政に制約があれば、政策やプロジェクトを縮小したり、内容や優先順位を変更せざるをえず、それが利害対立をさらに先鋭化させる場合もある。市民・民間の複雑な利害が絡む都市政策においては、行政の高い能力と強いリーダーシップが必然的に要求される。市民の参加が重要であることは論をまたないが、スケールの大きな都市計画において、実務面で行政の役割が大きいことは否めない。都市計画を専門とする建築家でもあり、強いリーダーシップをもつレルネルは、そのような要求に合致した市長だったと言える。ただし、当然ながら、トップダウンの都市政策が正統性をもつには、地域性に即した優れた内容と確実な実現性が求められる。レルネルは、「改善に向けて目に見える変化があれば、市民の希望をっなぎとめることができる」と考えていた。

一方、クリチバの都市計画に統合性がなかったという指摘は必ずしも当たっていないと思われる。レルネルの都市政策の多くはマスタープランに沿ったものである。確かにその実施に際しては、シュワルツが述べているように、臨機応変の柔軟性があった。しかし、そこには明らかに、「包括的で調和のとれた開発」、「クリチバ大都市圏におけるコミュニティの生活水準向上」というマスタープランの理念(=都市計画の統合性)が貫かれている。例えば「緑の交換」は、ゴミのリサイクル、貧困・飢餓対策、余剰作物の有効利用など、複数の機能をもったプログラムであるが、そのような多機能性が事前にデザインされていたわけではない。しかしかといって、「場当たり的」にプログラムがつなぎ合わされたわけではない。「包括的で調和のとれた開発」と「コミュニティの生活水準向上」を目指すプログラムが、有機的に連結した結果と言える。いわば、クリチバの都市政策の成功要因は、開発理念とプラグマティズムの結合にある。
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