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国家たらんとする意志

『テロリストが国家をつくる時』より

グローバル化と貧困化は、世界のあちこちで武装集団が跋扈する無政府状態を生み出した。しかしこれらの武装集団と「イスラム国」を分けるのは、「イスラム国」が明確に国家たらんとする意志をもっていることだ。崩壊過程の国民国家の血を吸って。

二〇一四年六月からこの方、世界の指導者たちは「イスラム国」の台頭に頭を悩ませている。そしてあれこれと苦し紛れの説明を駆使して、この脅威に立ち向かう計画を国民に示してきた。これに対して「イスラム国」は、ときにはジェームズ・フォーリーやスティーヴン・ソトロフの斬首という残虐行為によって、ときにはヨーロッパ出身のメンバーや人質のジョン・キャントリーによる声明発表という形で反応している。

つまり三年前まではほとんど無名だった一武装組織が、世界の大国を悩ます存在になったのである。シリアとイラクの戦闘地域で、武力だけにモノを言わせてのし上がったわけではない。

最新のコミュニケーション手段を駆使して、イデオロギー的にも脅威となった。なぜそんなことが可能だったのか--シリアとイラクという国民国家が崩壊過程にあったからだ。どちらの国の政府も、国民を代表する役割を果たさなくなった結果、シリアもイラクも小集団が点在する前近代的な社会に退行してしまったのである。

近代国家の再定義

 「イスラム国」は、ヨーロッパの国民国家の建国者たちが抱いた野心的な目標をある意味で共有しており、それをきわめて現代的な方法で表現しているのだと言える。彼らの考える国民国家とは、同一民族で構成されるだけでなく、民族と宗教を共にする国家である。この点はイスラエルに似ている。「イスラム国」はまた、近代国家の要件をすべて満たそうと試みている。それはすなわち、領土であり、主権(目下のところは内部的に認められているだけだが)であり、正統性であり、行政制度である。だから彼らは、小さな飛び地のような領土では満足しない。求めるのは二一世紀のカリフ制国家の建国であり、他の集団のように恒久的な無政府状態を望んではいない。その証拠に、制圧地域で彼らがまっさきにしたのは、シャリア(イスラム法)の遵守を強制することだった。

 「イスラム国」は、法と秩序の維持を自らの務めと心得ており、やり方は乱暴で原始的にせよ、ともかくもそれを実行している。制圧地域を敵の攻撃から守ることも任務としているから、国家安全保障も担っていると言える。法と秩序すなわち治安の維持と、国家安全保障の二つは、じつに近代国家と部族社会や封建国家とを分ける二大要素である。また住民のコンセンサス醸成、ルソーが「社会契約」と呼んだ国家としての正統性の確保も、「イスラム国」の重要な特徴と言えよう。

 「イスラム国」があらゆる手段を駆使して住民の承認を得ようとしていることは、まちがいない。油田や水力発電所などの戦略的資源から得た収人を、戦争に投入するだけでなく、制圧地域内の社会・経済的インフラの整備にも充当している。この点も、他の武装集団とはまったくちがう。

 本物の国家だというイメージを植えつけ、ムスリムの問で正統性を確立するために、中東に限らず全世界を対象に洗練されたプロパガンダも展開している。アル・バグダディは、預言者ムハンマドを継ぐ新しいカリフとして姿を現し、全イスラム世界に向けてメッセージを発した。また正規軍を思わせるような映像を公開し、アルカイダやボコ・ハラムのようなごろつき集団とはちがうことを見せつけている。「イスラム国」の軍隊が戦うのは、最新の兵器(その大部分はイラクとシリアの正規軍から奪ったもので、皮肉にもアメリカ製かロシア製である)を使った伝統的な戦争であり、戦場の定まらないゲリラ的な戦いとは一線を画する。またプロパガンダの威力により、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、北アフリカ、さらにはオーストラリアやニュージーランドからも志願兵を呼び込むことに成功している。「イスラム国」がやっているのは「宗教的浄化」だとしても、彼らとしては布教活動をしているのであり、誰であれスンニ派サラフィー主義に改宗し、市民になる機会を与えている。しかし改宗を拒絶し、逃亡できない者は処刑する。

 「イスラム国」が近代国家とちがうのは、国家建設のために使う手段がテロだという点にある。近代国家としての正統性を確立する手段として、革命は認められるが、テロは認められない。

 多極化する世界で民主主義が存在の危機を迎える中、そして中東全域が不安定化する中、第三次世界大戦の脅威を背景に、「イスラム国」が世界に突きつけた切り札は「国家建設」である。カリフ制国家再興の試みが近い将来に成功するかどうかはともかく、いずれ他の武装集団が同じような野望を抱く可能性はなしとしない。欧米と世界がこの問題への対応を誤るなら、世界秩序に悲惨な影響をもたらすことになろう。
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