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国際関係の構造的変化

『イスラエルとユダヤ人に関するノート』より

 1.過去二十年で、国際社会の構造が抜本的に変化している。その根本要因は、ソ連型社会主義体制の崩壊である。

 2.民主主義的な国家は、カネと情報に対する統制を失いつつある。

 3.以前から、世界全体の上位五パーセントの富裕層が、富の相当部分を保有していた。このような金持ちは、共産主義革命を恐れたので、国家の反共政策に協力し、富の再分配にも応じた。共産主義体制の崩壊によって、富裕層には政府の要請に応じて富の再分配を行なう動機がなくなった。

 4.さらに富裕層の上層部に富が蓄積される傾向が強まっている。個人で途上国の年間予算以上の資産を持っている人も珍しくない。IBMの資産は、中堅国家のGDPに相当する。このような事態は、過去になかった。政府の金融、財政政策が実体経済に与える影響もきわめて限定的である。
 5.さらに政府は情報に対する統制を失った。質量共に飛躍的に増大する社会の情報を政府部門は把握することができない。情報テクノロジーの進歩のスピードに政府機関はついていくことができない。

 6.もちろん民間部門は軍隊のような暴力装置を持っていない。従って、国家の暴力装置を背景にカネと情報を統制することが、理論的には可能である。しかし、現実的に考えた場合、民主主義制度の発達した国で、このようなシナリオを採用することは不可能である。

そもそも軍人は政治に関与してはならないという教育を民主主義国では、職業軍人に対して徹底的に刷り込んでいる。この刷り込みの枠組みから、軍隊全体が逸脱することはできない。社会における軍人の地位が高いイスラエルでも、将官クラスの経験を持つ軍人が政治に関与することが以前と比べ、はるかに少なくなっている。

 7.政府と民間部門のギャップを埋める新しいメカニズムが生まれている。ビル・ゲイツをはじめとする超富裕層に属する人々は、例外なく自らのファンド(基金)をつくり、そこに私財を投入している。大雑把に言って、超富裕層は個人資産の五〇パーセントを基金に寄付している。これは慈善事業ではない。超富裕層が、政府を経由しないで社会に富を還元するメカニズムを作ろうとしている。超富裕層が自らの地位を安定的に維持するためには、このような富の再分配機構が不可欠になる。この種の基金は、超富裕層と社会をつなぐパイプなのである。

 8.このようメカニズムが普及することによって、政府の社会に与える機能は、当然のことながら弱くなり、社会における国家の占める場も少なくなる。米国のケネディーセンターには、「あなたが国家から何をしてもらえるかでなく、あなたが国家のために何をできるかを考えよ」というスローガンが書かれているが、いまやそれを「あなたが国家から何をしてもらえるかでなく、国家なしにあなたが何をできるかについて考えよ」と書き改める必要がある。いずれにせよ、政府を経由しない富裕層から社会へのパイプが国内外の政策策定に無視できない影響力を行使するようになっている。

 9.ウクライナ危機で、民族問題の危険性が再認識されている。民族問題をめぐっては悲観論に立たざるをえない。歴史は繰り返す。民族問題は解決されたのではなく、停滞期に入っていたに過ぎない。再び民族意識高揚の波が世界的規模で襲っているのだと思う。人間の性格は百年程度の短期間に根本的に変化することはない。波動が繰り返すだけである。

 10.米国のオバマ大統領には、歴史哲学がない。それだから、民族主義の危険性を過小評価している。

 11.イスラエルとして警戒しているのは、世界的規模での民族主義の高揚が反ユダヤ主義と結びつくことだ。ユダヤ主義には、

第一に宗教的な反ユダヤ主義(ユダヤ人がイエス・キリストを殺したという類いの言説)

第二にユダヤ人は遺伝的に他の人々と異なるという人種主義的反ユダヤ主義がある。たいていの場合、反ユダヤ主義にはこの二つの要素が混在している。

特に、超富裕層の政治と社会に与える影響が大きくなりつつある中で、「金持ちのユダヤ人が世界を動かしている」という類いの反ユダヤ主義が再び台頭する危険がある。ユダヤ人に、金持ちもいれば貧乏人もいる。その点については、他の人々と変わらないのに、反ユダヤ主義者には現実が曲がって見える。ウクライナとロシアの双方で、反ユダヤ主義が高まりつつある。

 12.ウクライナ問題に関して、イスラエルは米国と一線を画している。この問題に深入りすることで、ロシアのユダヤ人に不利益があってはならないという観点でネタニヤフ政権は対応している。同時に、ロシアとウクライナの間でもイスラエルは厳正中立の立場を崩していない。どちらかに加担することで、両国に居住するユダヤ人に不利益が生じることを警戒しているからだ。

 13.ガリツィア地方(ウクライナ西部)のウクライナ民族主義者の反ユダヤ主義は、ナチス・ドイツに劣らない。ガリツィアからイスラエルに移住したユダヤ人の親族の多くがウクライナ民族主義者によって殺害された。この記憶が残っているので、イスラエル人はウクライナ新政権に対しても警戒心を持っている。

 14.ロシア、中国、イランなどは、十九世紀の古典的戦争観に基づいて政策を遂行しているように思える。すなわち、戦争には、必ず勝者と敗者があるという前提で、勝者には戦利品を獲得する権利があるという発想だ。

これに対して、米国、EU、イスラエルは、国内的コストを考えると、なかなか戦争という手段に訴えることができない。従って、外交への依存度が高くなる。問題は、イラン、ロシア、中国が、「欧米が強硬な警告を発してもそれは口先だけで、戦争には訴える腹はない」と、認識していることだ。

従って、今後、しばらくの間、戦争に訴える覚悟をした諸国が国際政治において実力以上の影響力を行使することになるであろう。
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