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スターバックスの危機--イノベーター企業の悪夢

『ビッグバン・イノベーション』より

スターバックスは、危うく、みずからが起こしたイノベーションの犠牲になるところだった。

あちこちの街で見かけるこのコーヒーチェーン店は、驚異的な勢いで成長した。1987年にわずか17店だった店舗数は、1999年には2500店に達した。その後、店舗数は倍加し、2007年にはさらに倍加していた。

ところが、世界中で1万5000店を展開するまでになった頃、壁に突き当たる。1971年の創業から40年近くを経て初めて、1日の来店者数が減少に転じたのである。スターバックスは、出店したときと同じくらいの速いペースで、アメリカ国内の店を閉めはじめた。その年の末、株価は40%以上も下落する。

ハワード・シュルツは、自分が築きあげた企業を救うためにCEO職に復帰し、プレミアムな価格のコーヒーにふさわしい、プレミアムな体験を提供する店を取り戻す仕事に取りかかった。事業拡大に伴い、プレミアムな体験が失われてしまっていたのだ。

スターバックスが抱える問題の原因は、その破壊的な技術にあった--スターバックス自体が先駆者となり、擁護者となってきた技術である。1980年代、日常生活のなかでカフェラテを楽しむという習慣がアメリカの消費者のあいだで浸透するのに伴い、スターバックスは、リネアと呼ばれるイタリア製のエスプレッソマシンを全店に導入した。ハイテクで馬力のある、このコーヒーマシンは、6杯のエスプレッソを同時に滝れることができた(今でもシアトルの第1号店には、リネアが置いてある)。

リネアは〝職人向け〟のマシンだ。入念な訓練を積み、熱心に練習を積んだバリスタだけが使いこなせ、常に美味しいコーヒーを滝れることができる。ところが、新規出店のペースが速すぎて、高い技術を要求する職人技がネックとなり、客は待たされ、バリスタによってコーヒーの質に大きな差が出るようになってしまった。

そこで2000年、シュルツが最初にCEO職を退く前に、全店のリネアをセミオートマチック式のベリズモ801に替えた。この新しいエスプレッソマシンは、自動で豆を挽いてヲーヒーをプレスし、最先端のセンサーを駆使して、その日の温度や湿度、気圧などの微妙な変化に応じてコーヒーを抽出する。ペリズモを使えば、バリスタは最低限の訓練で、いつも同じ味のコーヒーを手早く提供できる。それがスターバックスの爆発的な成長を支えた。

だが、コーヒーマシンで滝れたエスプレッソが充分に美味しいとき、消費者はバリスタが滝れたコーヒーにわざわざ高い金額を支払いたいだろうか。スターバックスの売上げに刺激された、マクドナルドやダンキンドーナツなどのファストフードチェーンは、同様のマシンを導入してコーヒーを提供しはじめた。一部のレビュアーによれば、スターバックスに引けを取らない美味しさで、しかも値段はかなりお手頃だという。

2007年、マクドナルドは、店舗の一角で展開するマックカフェの事業を拡大する計画を発表する。そして全米1万4000店のほとんどに、エスプレッソマシンを導入した。マクドナルドが採用したのは、完全自動式のマシン。豆を挽くことはもちろん、挽いた粉を適量だけ抽出機に投入し、理想的な温度の湯を注ぎ、スチームミルクをつくってコーヒーに加える。この〝豆からカップまで〟のマシンを、次のように評した関係者もいる。「バリスタを雇う人件費をかけることなく、いろいろなコーヒーメニューを提供するバリスタの複製品」と。

対するスターバックスは、競合を真似ることで彼らを迎え撃った。ブレックファスト用のサンドイッチメニューの充実を図り、ドライブスルー店を増やしたのである。

だが、その戦略にシュルツが激怒した。朝食メニューの充実にはかねてから反対だったうえに、コーヒーの香りを台なしにする、店内に漂う焦げたチェダーチーズの匂いには我慢ならなかったのだ。「焦げたチーズのどこに魔法があったのか?」

シュルツは重役会メンバーを痛烈に批判するメモを書いたー店はJマンスとドラマ〃を浪費し、会社は〝その魂を失って〟しまった。これまでスターバックスが下してきた意思決定の多くが、事業を拡大するためだったことは、自分も承知している。だが、(イエンドなコーヒーというアイデアを軽卒にもコモディティ化し、同じ技術を用いた競合につけ入る隙を与えて、我が社の価値を傷つけてしまった--。こう書いたシュルツのメモが社外にリークされると、重役会は白旗を揚げ、シュルツにCEOへの復帰を要請した。

こうしてシュルツは、イノベーションを推し進めた。彼が掲げた7つの目標のなかには、全米600店舗の閉店や、13万5000人の従業員の再教育も含まれた。店内のレイアウトにもバリエーションをもたせ、〝近所の店の居心地のいいぬくもり〟を演出した。事業規模は縮小した。

とりわけ重大な改革は、シュルツがベリズモの使用を廃止して、近代的なデザインのコーヒーマシンを採用したことだろう。メタリック仕上げの新しいマシンには、上部に透明の〝大きな空飛ぶ円盤〟がついていて、なかに入れたプレミアムな豆を顧客もじかに見ることができた。新しいマシンは全自動ではないため、バリスタは豆の挽き方や湯を注ぐタイミングをうまくコントロールし、スチームミルクもこしらえなければならない。今回のマシンは、ペリズモよりも18センチほど背が低いため、顧客はまた以前のように、注文したコーヒーができあがる様子をカウンター越しに眺めたり、バリスタに話しかけたりできるようになった。

シュルツの改革は、みずから築いた帝国を救った。スターバックスはプレミアムなブランドを取り戻し、コーヒーだけでなく、店内での体験やバリスタの優れた技術を提供し、力強いイノベーションに挑むイメージも打ち出した。シュルツがCEOに復帰した2008年以降、店舗数は横ばいだが、売上げは危機の前と同じようなペースで伸びている。
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