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未唯への手紙

未唯への手紙

『いないいないばあ』の絵本を分析する

2017年04月02日 | 7.生活
『絵本の魅力 その編集・実践・研究』より

乳児用の代表が「いないいないばあ」絵本なのです。その中で一番有名なものは松谷みよ子さんのものです(松谷みよ子/文 瀬川康男/絵『いないいないばあ』童心社 1967年)。「いないいないばあ、にゃあにゃあがほらほら、いないいない…」と猫が手で顔を覆っていて、ページをめくると、「ばあ」と笑顔が出てきます。

「いないいない…」のところで期待を持たせて、子どもの注意を引きつけておいて、「ばあ」でその期待を満たします。次々に同じ仕組みが出てきます。「いないいないばあ。くまちゃんがほらね、いないいない…」、ここでやはり期待を持たせて「ばあ」です。次に「いないいないばあ。こんどはだれだろ、いないいない…」「ばあ」。そして、「いないいないばあ。こんこんぎつねもいないいない…」「ばあ」。最後に「こんどはのんちゃんがいないいない…」「ばあ」です。

これはよくできていると思うのです。基本構成を見れば本当に単純にできています。「いないいないばあ」というのは普通にやる親子の遊びです。別に顔を手で隠してやってもいいわけですが、それを絵本で再現しています。ページをめくるのをいないいないばあの遊びに組み入れたという、言われてみれば当たり前のようなことですが、これを最初にやったわけです。この種のページめくりで次にびっくりさせるという方式はこの後もちろん定着して、ほとんどの絵本で使うところになったわけです。

『いないいないばあ』という絵本は超ロングセラーで560万部を超えたそうですが、絵本でなくてもいいのです。この『いないいないばあ』の絵本を読んであげなくても、親が顔を隠せばいいわけでしょう。あるいはネコにやらせたければ、ぬいぐるみを置いて「いないいないばあ」とやればいいでしょう。ですから、この絵本を700円出して買う理由は何もないわけです。この絵本に固有のものは別にないのだから、700円なんか要らなくて、手で十分なのです。この辺が絵本がぜいたくという所以です。なくてもいいものです。どうしてこんなに売れるのか不思議ではあるのですが、O歳後半から1歳前半向けと書いてありますが、これだけその年代の子どもに人気のある絵本はまずないのです。

なお、O歳後半の子どもに向けた絵本を作るのは絵本作家側から見ても難しいようです。大体この「いないいないばあ」タイプのものか、命名ゲームか、この2種類しかなくて、なかなか超えられないのです。あるいは、超える必要はないのかもしれません。

ではもう少し細かく、どうしてこれがそんなによくできているかという仕掛けについて考えてみます。絵の素晴らしさはあります。これは瀬川康男さんの傑作だとは思いますけれど、「ばあ」と言うときの表情に愛らしさが必要なのですが、その表情に愛嬌があります。「ばあ」と言うときには笑っていなければいけないのですが、その笑い顔に表情があるのです。この表情は、ある種のデザインには違いないのですが、アニメ的なデザインではなくて手描き的な感じがあります。線が温かい感じで、色がべたではないのです。そういうテクニカルな面で温かさが備わっていて、笑顔がいかにもほほえんでいるように感じます。

もう1つは、「ばあ」というこの字の大きさで、これはかなり大胆です。「ばあ」という字だけ大きく書いてあります。要するに、他の字と比較してみても活字の大きさが違います。こういうのは造本的には細かいことですが、大事なところです。「ばあ」というのは平仮名が読めなくても模様として大きいので、「おっ」という感じがあります。それに加えて、もちろんせりふが単純でなければならないというのが1~2歳向けの絵本の原則にはあります。そして、このネズミに移るあたりがうまいという感じがします。ソナタで言うと第3楽章のような感じで、ここでバリエーションを入れているわけです。このネズミは初めの絵では分かりにくいですが、その前のところにヒントが出てきます。そういう細かい点がなかなかやる!という感じです。

この本に欠点があるとすれば、キツネの処理ではないかと思うのです。キツネのところは納得がいきません。何回繰り返すのが適当かというのは、1~2歳向けの絵本として難しい問題なのです。繰り返しが多いと子どもは飽きるというよりも分からなくなってしまうのですが、3回ぐらいの繰り返しというのは多分子どもにとってはまあまあかもしれませんが、大人がつまらないのです。大人も絵本を読んであげる立場なので、何でもいいようですが大人も楽しくないと続かないのです。

そういう意味でどうするか難しいところなのですが、このキツネの処理に苦労している感じがあります。2回ネコとクマで繰り返していて、3回目にバリエーションを入れる。これは王道を行っている感じがします。世の中そういうもので、1、2、3の3でちょっと変化を入れることが多いのですが、4回目はちょっと難しいのでしょう。ここでちょっと気を抜いている感じはあるのですが、あるいは気を抜くことに意味があるのかもしれません。

どうしてかというと、最後に「のんちゃん」を出していて、「のんちゃん」は子ども本人のつもりだと思うので、ここで驚かせているわけではなくて、あなたもやりなさいねという呼びかけの意味でしょう。意図としてはそうで、これが成功したかどうかはまた別な話です。その後のこの種の絵本を見ると、大体その部分はあまり踏襲していないように思います。おそらくその呼びかけはあまり成功していないのかもしれません。子どもに読んであげても、あまりここは反応が良くなかったのですが、変化がないのでつまらないのでしょう。これは子どもへの呼びかけであることは大人は分かるけれど、子ども本人は自分のことだと思えず、ぴんと来なかったのかもしれません。そこにちょっと弱さがあるのです。

それにしても良くできていると思います。ということで、これは多分単独絵本としては、日本で一番売れている絵本なのではないでしょうか。今までの説明が、要するにおもちゃ型のある種のタイプであるということです。つまり、絵本であるということにさほど意味はなくて、どちらかというと動きを使っているということです。

もう1つは、絵本にはページをめくることに意味があるとは言いましたが、ページをめくるというのは通常は余分な動作です。なくてもいいかもしれない。しかしこの絵本ではそうではなくて、ページのめくりというものに積極的な意味を持たせているし、ページをめくるときの動きが大事なのです。「いないいない…」に点々が入っているのは、ここでためをつくれという意味でしょうが、子どもが確実にこのネコさんを見て楽しみな顔をしてから開くのだという指示みたいなものです。「いないいない…」と子どもがしっかり見て、わくわくという顔をしたところで「ばあ」とやります。そうすると子どもは喜ぶわけで、このめくり方にすごく意味を持たせているので、そういうことが絵本の工夫として面白いと思います。あるいは、紙芝居からきた技法かもしれません。

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1 コメント

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数直線 (式神自然数)
2020-07-10 05:21:18
「みどりのトカゲと あかいながしかく」スティーブ・アントニー文・絵,吉上 恭太訳 と 
「もろはのつるぎ」の
絵本を[重ね読み]すると興味深い。

絵本の≪…めくり方にすごく意味を持たせている…≫で、
観る[絵本] 『かおすのくにのかたなかーど』が、
[日の目を]みるといいのだが・・・

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